ストレッチ、少しだけ


「うう……ひどい目にあった……」

「……ふっ」

「向こう向いても笑ってるのバレバレですよ。しょうがないじゃないですか。歯磨きって苦手なんです」

「ほんとに子供っぽいよ、そういうとこ」

「結構ですとも。ふんっ」

彼女はねたまま、ぼすっとベッドに飛び込む。


「あー、お子ちゃまな私は疲れちゃったのでもう動けませーん。マッサージとかなんかやってほしいですー」

「いい加減自分の部屋に帰ってくれよ……」

「いーやーでーすー」

やれやれ、面倒なことになった……仕方ない。ベッドに近づき、バタバタと動く彼女の足を押さえる。


「な、なんですか、急に。マッサージ、してくれるんですか?やるなら丁寧にお願いしますね!」


「あの、あ、足放してください。いきなりそんな積極的になられても困ります、心の準備が……!きょ、距離が近い……!」

ずいっと顔を近づけると思いのほか彼女は大人しくなった。


「やめて、ほこり。やばいから」

「……へ?ホコリ?」

「うん、舞ってる」

「それはすみません……」

謝罪に免じて足は放してやった。


「少し期待した私が馬鹿みたいじゃないですか……!」

「ん?ごめん、何か言った?」

「いいえ、私は一人でストレッチでもします。ここで。嫌がらせです」

「は?」

急に不貞腐れたかと思うと、本当に床でストレッチを始めた。一体なんなんだ。


「ふっ、ほっ、とうっ」

「うぅ……体が硬いぃ……」

足を揃えた、いわゆる長座体前屈だがどう見ても手がつま先どころか、膝を過ぎたあたりまでしか届いていない。


「あの……ちょっとだけ手伝ってくれませんか?」

「やったら帰ってね」

「どんだけ帰したいんですか……。チャンスとか思わないんですか……。それとも私には魅力がないっていうんですか……」

また何やらぶつぶつ言っているがスルーし、傍まで寄ってひざまずく。


「背中を押してくれるだけでいいので。さすがにここまで硬いと悔しいです……」

「まあ、確かに」

今度は開脚でやるらしい。


「足はこれが限界ですけど90度よりは開いてる!……はずです」

「これちょっと押したら股関節とかどっか外れたりしないよな?そしたら俺直せないけど大丈夫?」

「…………自己責任でいいです」


そっと小さい背に手を添える。

「や、優しめでお願いします……!」

ぎゅっと彼女の体に力が入る。

「ま、まだですか」

「目は開けろ。あと力入り過ぎ。こういうのって確か、ゆっくり息を吐きながらやるんじゃなかった?詳しくないけど」

「わかりました。気を付けます」

ストレッチの介助でなんでこんなに緊張感が漂っているんだろう……。


人体からしてはいけない音がしませんように、と願いつつゆっくり力を加える。

「ふーーっ。…………ぎ、ギブです。手、離してください……!」


「はぁ、どうでしたか?今の、かなり、よかったのでは?個人的には、多分新記録です」

「怖いよ。勢いが。まあ、よかったんじゃない?……多分」

今、俺は無事ストレッチを終えられた安心で胸がいっぱいだけど。


「はぁ……よし、落ち着きました。あなたのおかげですね。いい感じにリラックスできた気がします」

「そう。よかったよ。じゃあ帰って」


「良ければやりますか?私も手伝いますし、たまには悪くないと思います」

「……」

論点のすり替えが下手というレベルではないが、面倒なことになりそうだ。


「……あれ、もしかして嫌なんですか?そういうことなら話は変わりますね」

「うん、もう帰っ」

「当然、やってもらいます。私と同じ苦しみを味わうのだー、ふっふっふ……」


「絶対やだ」

「あ、逃げた。なんで逃げるんですか!」







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