優しい甘み、の時間

パタパタとせわしない足音が戻ってきた。


「あ、すみませ~ん。開けてくださ~い」

仕方なく重い腰を上げ、ドアを開ける。


「ありがとうございます。両手ふさがっちゃって……」

「……それ」

「ホットミルクですよ。お砂糖も入れました」


彼女はベッドに座った。なんでそこに座るのか。


「行儀悪いよ」

「え?大丈夫、ベッドにこぼしたりなんてしませんから。こっちで一緒に飲みましょ?」

「……」

再びベッドに座る。


「えへ、やった。はいどうぞ。……ズズ。うん、熱くないです。ゴク。……ふー、あったまる……」

彼女の横顔を見ながらゴクリ、と同じように飲む。


「こんな時間にホットミルク……」

「いいじゃないですか。寝る前に飲んだらよく眠れると思いますよ」


「どうですか?私の愛情たっぷりホットミルク、美味しいですか?」

「あい、じょう……?」

「え、なんですかその反応。甘いでしょ?美味しいでしょ?…………ふふ、そうでしょうそうでしょう」

黙っているうちに自己完結されてしまった。まあ、不味いわけはないしいいけど。


「そういうわけなので、勝手に牛乳と砂糖使ったのは見逃してくださいね。てへ」

「……」

「あ、いらい~。ほっふぇつねるのはやうぇてください~。牛乳、牛乳こしていいんですか⁈」

「……」

「う~、嘘です、ごうぇんなさい、ごうぇんなさい!うごん無言うぇて~」


***


「……ふぅ、えーと一日お疲れさまでした。あなたはどんな日でしたか?」

「いつもと変わらない。仕事行って、ご飯食べて、あんたのゲーム趣味に付き合わされた。おかげで」

「私は割といい日でしたよ!いつも通り仕事は大変でしたけど、昨日後輩くんがお手柄だったんです。私も先輩として鼻が高いです」

「……はぁ」

話をさえぎられた上、何を聞かされてるんだ。俺は。

「む、信じてないんですか?私は外では結構ちゃんとしてるんですからね。それとも……やきもち、ですか?」


ニヤニヤしながら寄ってきた彼女はこそっと耳打ちする。


「大丈夫ですよ。私の一番はいつだってあなたですから」

急に暖かい吐息と共に意外なことを言われ、とっさに身を引く。

「なんてね。どうですか?少しはドキッとしました?」

「ある意味びっくりはした……」

「いっつも子供っぽいってバカにしてくる罰です。私はこんなに華麗でおしとやかな大人の女性だというのに。……まあ、今のは正直ちょっと大げさかもしれませんが」


「それにほら、今日は趣向を変えてココアじゃなくて牛乳です。甘さも控えめですし」

「ああ、確かに。なんで?絶対なんかやらかしたろ。キッチン爆発とかしてないだろうな」

「待ってください!私をなんだと思ってるんですか⁈いくらなんでもそんなことしません!大人ですよ?立派な成人した女性です!」

「ぐ、苦しい、離せ……」

引き留めるためとは言え思い切り腰を掴まれている。腕が腹までまわっているため、圧迫されて少し気持ち悪い。


***

とりあえずベッドに座り直す。

「疑われたくないならさっさと理由を言って」

「……うぅ。本当はココアにしようと思ったんですけど、ちょうど切らしちゃってて……そんな目で見ないでくださいよぉ」

こんなときは声が小さい。仕方なく小さくなっている彼女に違う話題を振ってみる。


「そういえば、このマグカップ、うちのじゃない。わざわざ持ってきたの?」

「ああ、気づきましたか。新しく買ってきたんです。……お揃いにしたくて」

最後の方は声が小さすぎて聞き取れない。


沈黙の中、二人並んでホットミルクを飲む少しむず痒い時間が流れる。

「……ゴク、ゴク。……ほっ……甘い」

「……ゴク」



「あ、飲み終わっちゃった……。カップは私が片づけますから、ゆっくりしててください」

「一緒に行く」

「え、でも……」

「だって一人で行かせたら絶対歯磨きしないだろう」

「……しなきゃだめですか?今夜くらいしなくても……」


「……」

「あー……自分で歩くので強制連行やめてー……」


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