第38話「自由な世界」

「剣闘士ウィリウス。貴殿の鮮やかなる剣技、なによりその勇猛なる精神に敬意を示す。ここに貴殿の栄光の証として冠を授けよう」


 鉄拳皇帝ベスティア・パトリア・レギナ。帝国の頂点に立つ、雌々しい覇気に満ちた彼女から直接、炎龍王の証である燃える炎を象った冠を受け取る。炎龍闘祭の長い歴史の中で初めて、この冠が男の頭を飾った瞬間だ。

 華々しい音楽が奏でられ、万雷の拍手が送られる。名実ともに最強の剣闘士となった俺に、多くの人々が惜しみない賛賞を送っていた。


「次に、トリクスからも副賞を贈ろう」

「え?」


 闘技場の中央に設けられた表彰台から降りようとするも、皇帝から引き止められる。尻尾をふりふり現れたのは、皇太子らしい立派な服装に身を包んだトリクスだった。


「ウィリウス、よくぞ勝利した。我は信じておったぞ!」

「こちらこそ。トリクスがいなかったら決勝にも上がれてなかったさ」


 彼女の正体が判明した後も、俺たちは友達のように言葉を交わす。他ならぬトリクス自身がそれを望んだのだ。彼女が準決勝の時に声をあげてくれなければ、俺はリーシスに押し切られて脱落していただろう。こうして冠を戴くことができているのは、彼女のおかげだ。


「おかげで随分と儲けさせてもらったぞ。ぬふふふ……」

「ほう? それは良いことを聞いたな」

「は、母上!?」


 ぱしん、と鞭のように尻尾をしならせる皇帝陛下にトリクスはさっと顔を青くする。なぜ母親が真横にいる状況でそんな迂闊なことを言うのか。


「こほん! と、とにかくウィリウスは栄えある初めての男の王者なのだ。これを記念して、予定外ではあるが記念品を用意させてもらった」


 トリクスが仕切り直し、合図をすると、キュオラたちが何かを運んで来た。正体を隠す分厚い布を、トリクスが自慢げに取り払う。


「これは……剣と盾じゃないか」


 見事な意匠が施された鋭利な直剣だ。鍔に炎を吐く龍の猛々しい姿が刻まれている。盾には雌々しい獅子がデザインされている。しかも薄く金属が貼られた、見るからに高級そうな盾だった。


「むふん。我が用意したのだ。なかなか素晴らしい出来だろう」

「たしかに……。しかし、一朝一夕には用意できないだろ。俺が優勝するとも分からなかっただろうに」


 仮にウルザが優勝したら、この剣も盾も無駄になる。人間族の男が扱いやすいサイズと重量で、俺の使用を想定していることは明白だった。


「こやつは一度そうと決めたらのめり込む悪癖がある。驚いただろうが、受け取ってくれ」

「それは、頂けるならこれほどありがたいことはありません」


 皇帝直々にそう言われては、断ることもできない。ちょうど、剣も盾も(ついでに左腕も)壊れてしまったところで新しいものを揃えたかったのだ。いささか豪奢にすぎるところもあるが、ありがたく受け取る。


「うむ。剣闘士ウィリウスの活躍、今後も期待しているぞ!」


 皇太子トリクスはそう言って、嬉しそうに尻尾を振る。そういえば、彼女との主従関係は有耶無耶になったと考えていいのだろうか。流石に皇太子からの庇護を得るというのは、現実的にあり得ない話だが。


「ところで、ウィリウスよ」

「はっ」


 現皇帝ベスティアがおもむろに口を開く。


「お前とウルザの決着がついたあと、炎龍が現れたのではないか?」

「それは……。はい」


 直接的な言い方に驚きつつも頷く。ウルザが倒れ、勝敗が宣言された直後、俺のすぐそばに幼い赤髪金眼の少女が現れた。しかし、その姿は多くの観客たちには見えていないようだった。


「皇帝陛下もご覧になられたのでは」

「一応、レギナは炎龍の血縁である故な。しかし時の中で随分と血も薄まったのか、赤いゆらぎのようにしか見えなかった」

「おお、やはりあれは炎龍だったのだな! ウィリウスの熱気かと思ったぞ」


 皇帝家が炎龍の血縁というのも衝撃の事実だが、トリクスやベスティアは存在を感知しつつもはっきりと目視できていたわけではないらしい。俺はまだ脳裏にはっきりと残っている少女の姿を、彼女たちに伝える。


「なるほど、少女の姿を。伝承の上では、片翼で百里に跨る巨龍であるらしいが」


 伝承に尾鰭どころか胸鰭まで付いていそうな勢いで、つい苦笑してしまう。それでも、神々と呼ばれるものが実在していることは確かであり、その事実に衝撃を受ける。

 ここは神話が神話のまま、息づいている世界なのだ。


「して、炎龍はなんと?」

「そうですね……。俺たちの戦いを妹たちも見たがっていた、と」


 炎龍との会話を思い出し、記憶に残っていたところを抜き出す。それをそのまま伝えると、ベスティアはほう、と顎に指を添えて頷いた。


「これはどういう意味なのでしょう」

「この地には五龍祭があるのは知っているな?」


 問いに首肯する。

 帝都で行われる炎龍闘祭を含め、帝国各地に存在する五つの大祭。毎年順番に行われる、どれも炎龍闘祭に匹敵する神聖な儀式だ。

 剣闘士が力量を競う対人戦、炎龍闘祭。

 荒れ海で繰り広げられる海戦、水龍闘祭。

 割れ谷の狭間で行われる空中戦、嵐龍闘祭。

 広大な荒野で激突する戦車戦、土龍闘祭。

 大型兵器や無数の兵士が繰り広げる大乱戦、鋼龍闘祭。

 これらを合わせて、五龍祭と呼ぶのだ。


「それぞれの祭りに、それぞれの龍への奉納という意味がある。ウィリウスよ、もし興味があるのならば炎龍の意思に従い、それらを巡ると良いだろう」

「その時はぜひ我に声をかけるのだぞ! 我も知識はあるからな、しっかりと案内してやろう」

「トリクスは自分が観たいだけじゃないか……?」


 他の四つの戦いも、それぞれに最強を決めるというものだ。炎龍闘祭にも負けず劣らずの華々しい闘争を見ることができるだろう。ベスティアにそう言われるまでもなく、俺はすでに興味が向いていた。


「とはいえ、俺は〈ソルオリエンス〉に所属するいち剣闘士です。一人で決めるわけにもいかないでしょう。ドミナにも相談してみようかと」

「うむ。そうするといい」


 皇帝は満足げに頷く。その姿はとても鉄拳皇帝と恐れられている人物には思えなかった。


「ウィリウス、帝都を発つ前に我に知らせるのだぞ! 絶対だからな!」

「ええい、うるさいぞトリクス! お前は放っていた勉強がまだ済んでおらんだろうが」

「ぐえええっ!?」


 早速皇帝の鉄拳が炸裂したところで、俺は表彰台から降りる。再びの拍手に送られながら、足早に客席の下にある医務室へと飛び込んだ。


「ウルザ、大丈夫か!?」

「お、ウィリウスも来たな」


 ドアを開けると、そこにはリニカだけでなく〈ソルオリエンス〉の剣闘士たちが集まっていた。彼女たちが囲むベッドの上に横たわるのは、腹に包帯を巻いたウルザの姿があった。


「見てやれよ、ウィリウス」

「全くあの程度の傷でなに気絶してんだか」

「なんか間際に話してたよな? なんて言ってたんだ?」


 フェレスたちの表情は緩んでおり、ウルザの命に危険はないことは理解した。それどころか、彼女たちはニヤニヤとしてウルザの脇腹を突いていた。


「ウィリウス、い、言わなくていいからな!」


 薬の匂いを漂わせるウルザがぶんぶんと手を振る。いろいろやり遂げた末にあんな事を言って、そのまま気絶したのだ。目が覚めた直後の彼女の気持ちは、推し量るのも申し訳ない。


「まあ、元気そうで何よりだ」

「あの程度で獣人が死ぬかい。唾つけて寝てりゃ三日で治るさ」


 獣人族のタフネスは、俺の想像を遥かに上回っていた。人間なら明らかに致命傷となるような傷を受けてなお、数時間後にはこうしてすっかり意識を取り戻しているのだから。帝国の強さの秘訣を見たような気がして、力が抜ける。


「それよりもウィリウス、優勝おめでとう。似合ってるぞ、その冠」


 ベッドの上のウルザが優しい笑みを浮かべる。急いで来たから、皇帝から頂いた冠もそのままだった。


「ありがとう。すまないな、俺が取ってしまって」


 そう言うと、ウルザは好戦的に口元を緩めて鼻を鳴らす。


「油断しやがって。五年後にはアタシが力づくで奪ってやるから、覚悟しな」


 未来を見据えた言葉だった。俺は彼女が当たり前のようにそう言ったことに、少なからず衝撃を受けた。五年後、俺は前回優勝者として彼女の前に立ちはだかるのだ。


「そりゃ、負けてやるわけにはいかないな」

「言ったな。ヒトオスめ」


 挑発しあう俺たちを囲み、仲間たちが囃し立てる。リニカが「安静にしてなさいよ」と声をかけているが、ウルザは聞いていないようだった。


「あらあら、心配して来たのに元気そうじゃない」

「ドミナ!」


 その時、医務室の扉が開いて団長が現れる。相変わらず煙管を燻らせ、優雅な物腰だ。


「祝勝会と慰労会を合わせてやろうと思うけど、何か食べたいものはある?」

「肉が食べたい!」


 ドミナの問いかけに、ウルザが俺よりも早く答える。いくら屈強とはいえ、血が足りないのだろう。今すぐにでもベッドから飛び出しそうな勢いだ。


「今日はトリクスが奢ってくれるらしいから、遠慮なく食べるといいわ。今回の祭りでずいぶん稼いだらしいし」


 腹を空かせた剣闘士たちが、その一言で歓声をあげる。俺が優勝した時よりも喜んでないか?

 首を捻っているとドミナが近くへやって来る。


「優勝おめでとう、ウィリウス。やっぱり良い買い物をしたわ」

「期待に応えられて良かったよ」


 思えば、彼女に取引を申し込んだところから始まったのだ。ドミナにも感謝してもしたりないくらいの恩がある。彼女は紫煙を纏い、艶然と笑みを浮かべる。


「皇帝陛下はなにか言ってた?」

「炎龍の意志に従い五龍祭を巡るといい、と」

「なるほど。それは良いわね」


 詳しく説明もしていないのに、俺が呆気に取られるほどすんなりとドミナは頷いた。


「どうせ根無草の剣闘士団なんだから、好きなところに行きましょう。他の戦いを見るのも、きっと良い経験になるわよ」

「そうか……。それは楽しみだ」


 この世界にはまだ見ぬ戦いがある。その事実だけで胸が躍る。

 俺は今や、どこへでも行けるだけの力があるのだ。



━━━━━


「貞操逆転獣人世界のヒトオス剣闘士」これにて完結です。

1ヶ月の間、応援ありがとうございました。とても励みになりました。

本日から、新連載「飯マズパーティ冒険譚〜勇者なのに料理番やらされてます〜」が始まります。こちらもどうぞよろしくお願いいたします!

https://kakuyomu.jp/works/16817330662940185708

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【完結】貞操逆転獣人世界のヒトオス剣闘士 ベニサンゴ @Redcoral

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