第31話「色仕掛けの妨害」

 炎龍闘祭の本戦に勝ち進めたのは六十四人の剣闘士。六回の試合に勝たなければ、栄冠は掴めない。トーナメント方式の初戦となる第二試合、ここで負ければ当然その後の道筋もなくなるのだが。


「へっへっへ。可愛い坊ちゃんがいるじゃないの」

「ちょっとお姉さんたちと遊ばなーい?」


 試合会場となる闘技場への道すがら、俺は狭い路地でエロい女に絡まれていた。

 ジャラジャラと金属のアクセサリーを身につけた、いかにも遊び人といった風の獣人二人だ。一人は胸元を大きく開き、煮卵のような褐色肌をあらわにした猫獣人。もう片方は、異国風の衣装に身を包み深いスリットから艶かしい足を覗かせる蝙蝠獣人だ。いかにもギャルといった雰囲気で、帝都の治安に首をかしげたくなる。


「なんだぁ、テメェら」

「こっちは忙しいんだよ。すっこんでろ」


 俺のすぐ側についていたウルザとカウダが、そんな遊び人たちを睨みつける。

 この猫獣人と蝙蝠獣人は十中八九元老院議員リーシスの差金だろう。トリクスの言った通り、早速妨害を仕掛けてきたというわけだ。

 当然、俺が定刻までに闘技場へ辿り着かなければ、棄権したと見なされる。


「ああ? なんだこいつら。今気づいたぜ」

「男ひとりを仲良く分け合ってんのか? わびしいわねぇ」

「おおん?」

「いい度胸してんなゴラァ」


 ギャル二人の安易な煽りに、ウルザとカウダは易々と乗っかってしまう。両者一歩も引かずに睨み合い、そのうちこちら側が手を出しそうな雰囲気だ。二人とも張り切って護衛を引き受けてくれたのはありがたいが、あまりにも血の気が多すぎる。

 これではどっちがチンピラか分からない。通報されたら四人まとめてお縄にかかりそうだ。


「お姉さん、俺と遊んでくれるって? 何をしてもらえるんだ」

「えっ?」


 ウルザとカウダの間をかき分けるようにして、褐色の猫獣人の方へと近寄る。はち切れんばかりに上衣を圧迫する大きな胸は、強い日差しを浴びてしっとりと汗ばんでいる。剣闘士ほどではないが、しっかりとした筋肉のついた力強い腕だ。そこにそっと触れると、彼女の尻尾がぴんと伸びた。

 そのまま腕を伝うように指を滑らせ、彼女の手を握る。ぷにぷにとした柔らかい感触が、普段生活を共にしている剣闘士たちのそれとは違っていて少し面白い。


「えっえっ」

「俺はそういうことはよく分からないからな。教えてくれると嬉しいね」


 囁くように言うと、猫獣人の口がだらしなく緩む。


「ふへっ。じゃ、じゃあ向こうで――」

「ふんっ」

「きょべっ!?」


 鼻の下の伸び切った猫獣人の首筋に手刀を当てる。一瞬血管が圧迫され酸素の供給が滞った彼女の脳は、あっという間に強制シャットアウトを選んだ。気を失って膝をおる彼女を、腕で抱える。


「あ、あなた、何を!」

「お姉さんも、できれば静かにしててくれよ」

「ひぇっ」


 蝙蝠獣人の方は背が高過ぎてうまく首筋に手が届かない。しかし近づいてそっと囁くように言うと、顔を赤くしてこくこくと頷いた。なんでこの人ら遊び人してるんだ、と不思議に思ってしまうほどウブだった。

 気を失った相方を蝙蝠獣人に預ける。流石に一対三では勝ち目がないと分かったのだろう。彼女は大人しく俺たちが歩いていくのを見送った。


「え、エロい男……!」


 去り際、背後で聞こえた言葉は、意識して振り払うことにした。


「ウィリウス、なんか手慣れてないか?」


 闘技場に向かって急ぎながら、ウルザがどこか不満げな様子が口を開く。


「ウルザたちがあしらってくれてれば、俺がしなくても良かったんだぞ」

「うぐ、それはそうだけどな……」

「フェレスから色々教えられてたんだよ。あいつ、意識刈り取るの上手いだろ」


 格闘家スタイルで戦うフェレスは人体の弱点についても熟知しており、素手で相手を無力化する方法にも詳しい。男でも使える護身術、という名目でちょくちょくレッスンを受けていたのだ。

 まさか、こんなに早く実践編がやってくるとは思わなかったが。


「くそ、斧が使えりゃアタシだって」

「街中で凶器を振り回していいわけないだろ」


 それこそ正当な理由で失格になる。剣闘士はどれも血の気が多くて面倒だ。


「な、なあ、ウィリウスはああいう女が好みだったりするのか?」

「うん?」


 横から脈絡のない事を聞かれて振り返ると、カウダがぽりぽりと頬を掻いていた。

 早速色仕掛け(?)の妨害を受けたわけだし、それがどれくらい効果があったのか知りたいのだろうか。


「まあ魅力的だとは思うけどなぁ。あんまりあからさますぎて、白けると言うか」


 猫獣人もフェレスと違ってちょっとむっちりタイプだったし、蝙蝠獣人は背の高い異国風の麗人といった雰囲気で素晴らしかった。下心というか、俺を妨害してやろうという気持ちが明け透けになっていたから冷静に対処できたが、普通に迫られてたらちょっと困っていたかもしれない。


「ああいう細い奴とか、デブがいいのか?」

「やけに詳しく聞きたがるな……。まあ筋骨隆々な奴は〈ソルオリエンス〉で見慣れてるからなぁ。新鮮に映るのはあるかも知れん」

「そ、そうか……」


 なぜかカウダはしゅんとする。


「てめぇ、何考えてるんだ?」

「べ、別に!? ウィリウスの好みを聞き出そうとかしてねぇよ!」


 ウルザがカウダの耳元に寄って、何やら囁いている。こいつら、真面目に護衛をやるつもりはあるのか?


「ま、でもああ言う刺客を送り込んでくるなら、カウダやウルザみたいな奴にしとけば良かったのにな。それなら俺も諦めざるを得なかったかもしれないし」

「なっ」

「おま、何を……!」


 軽い気持ちでそんなことを言うと、二人の動きがぎこちなくなる。二人とも〈ソルオリエンス〉屈指のパワータイプで、俺がいくら手刀で首筋を叩いても一切ダメージが通らないだろう。そうなれば、そのまま袋にでも詰められて攫われても抵抗できない。

 そう考えると、改めてここは怖い土地だと思う。


「ウィリウス、お前……エロいな」

「もうちょっと紳士らしくしたほうがいいぞ」

「は?」


 挙動不審になった二人に諌められ、俺は首を傾げた。

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