第20話「新しい料理」

 帝都フェルズに来て一月ほど。数度の試合もこなし、炎龍闘祭に向けて体も用意が整ってきた。とはいえ、連日のように厳しい鍛錬を繰り返していると疲労も蓄積していく。団員たちの動きが少し鈍くなってきたのを見て、ドミナが一日休暇を与えてくれた。

 他の剣闘士の試合を観に行く奴、昼間から酒を呑みに行く奴。おのおの好きに過ごしているのを見ながら、俺はケナと一緒に野菜の下処理をしていた。


「ごめんねぇ。せっかくのお休みなのに」

「特に行きたいところもないからな。それに、休みと言っても飯は作るんだろ」


 恐縮しきっているケナではあるが、その手は次々と野菜を切って止まらない。剣闘士たちが休みでも、〈ソルオリエンス〉の食卓を一身に引き受ける彼女は休むわけにはいかないのだ。

 俺は別に行きたいところもないし、散財するような趣味もない。それなら宿舎の炊事場で芋の皮を剥いている方が暇が紛れて良かった。


「そうそう、ウィリウス君が色々新しい料理を考えてくれたでしょ」


 作業自体は子供でもできるような単純なもので、量だけが多いこともあり、つい雑談に花が咲く。ダンッと勢いよく根菜を刻みながら、ケナが嬉しそうに尻尾を振った。

 以前、というか入団初日に鳥の唐揚げなんかを作ったこともあり、その後もちょいちょいと料理を手伝ったり新しいレシピを考えたりしているのだ。とはいえ油を大量に使う揚げ物はそう頻繁にできるものではなく、設備的な点から色々と制約も多いから、ケナの審査を通るのはごく一部だけだったが。


「あれで私も色々と考えてみたの。やっぱり、みんなには美味しいものを食べてもらいたいし」


 俺が考案する料理の元となっているのは、ほとんどが前世の記憶から手繰り寄せたものだ。おそらくこの世界にはまだない料理ということもあり、大食らいな剣闘士たちからの受けもよかった。

 ケナはそこにライバル意識を燃やしたのか、自分でも新しいレシピを考えていたようだ。


「でも難しいわね。あんまり手の込んだ料理だと、たくさんは作れないし」


 しかし、基本的に目新しさ以外は何も考えていない俺とは違って、彼女は団の食費を預かる立場だ。総勢十七人の胃袋を満たすだけの料理となると、食費や調理時間など考えることは多いようで、なかなかレシピ作りも難航しているらしい。

 実際、普段の食卓で大量に芋が並ぶのは、それが安価で栄養もあり腹にも溜まるという優秀な食材だからだ。


「マヨネーズとか作れたら、料理の幅も広がるんだけどな」


 この世界で多少生きてみて分かったのは、前の世界の技術の高さだ。マヨネーズも原材料となるもの自体はあるのだが、作るとなると色々な壁が立ちはだかる。まず第一に衛生的な卵の入手が難しいし、撹拌し乳化させるのも手動だと面倒くさい。祈祷術という魔法じみたものはあるとはいえ、さすがにマヨネーズを作る魔法はないしな。


「あ、チーズはあるんだよな」


 マヨネーズ、乳化、ミルク、チーズ。連想ゲームのように単語がつながり、ふと気付く。断じて、隣でゆっさゆっさと揺れるものを見たからではない。


「チーズ? いっぱいあるわよ。栄養たっぷりで美味しいもの」


 チーズやバターといった乳製品はそれなりにポピュラーな食べ物だ。以前、ケナに牛獣人的にはどう思っているのか尋ねてみると、きょとんとされた。当たり前だが、家畜の牛と獣人は全く違うという認識でいいらしい。

 保存が効き、栄養もあるということでチーズは〈ソルオリエンス〉の食卓でも定番だ。ついでにワインもあるし、市場に腸詰や燻製の肉が売られているのも見たことがある。野菜もたくさんあるし、これならチーズフォンデュができるじゃないか。

 ケナにそのアイディアを伝えると、彼女も耳を揺らして喜んだ。


「結構なご馳走になるけど、時間はかからないだろうし美味しそうね! 野菜やお肉を切るだけでいいの?」

「調理しながら食べるような形だからな。そういうのも面白いんじゃないか?」


 いかにチーズが定番の食材とはいえ、鍋いっぱいに溶かすのは結構な贅沢だ。けれど他ならぬケナが気に入ったようで、早速今夜にでもやってみたいと息巻いた。


「そうなると色々食材を揃えたいわね。ウィリウス君、悪いけどちょっとお使い頼んでもいいかしら?」

「もちろん。なんでも言ってくれ」

「一人じゃ危ないし、宿舎にいる女の子を適当に連れて行くのよ」


 どうせあの子達も暇でしょう、とケナは笑う。彼女は手早く食材を確認し、足りないものを挙げていった。


「ふぅ、腹減った……。ケナ、なんか食べるもんないか?」


 ちょうどその時、寝起き顔のウルザがポリポリと腹を掻きながら炊事場に入ってきた。今日は休みということで、惰眠を貪っていたらしい。彼女を見たケナが、ぱちんと手を叩く。


「ちょうど良いところに来たわね。ウルザ、ウィリウス君と一緒に買い出しに行ってもらってもいい?」

「別にいいよ。どうせ暇なんだ」


 特に波乱もなくウルザは二つ返事で引き受ける。彼女も降って湧いた休日を持て余していた。


「それじゃあよろしくね。夕方までに帰ってきてくれたらいいから」

「はいよー」


 メモを携えた俺と、大きな欠伸を漏らすウルザ。

 ニコニコとしたケナに見送られながら、俺たちは賑やかな帝都へと繰り出した。

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