第19話「前哨戦」
五年に一度、剣闘士の頂点を決める炎龍闘祭。その大舞台に立つために、帝国の各地から腕自慢の剣闘士たちが続々とやってくる。となれば、前哨戦も活発になる。俺たち〈ソルオリエンス〉も本番前の肩慣らしということで、いろいろな剣闘士たちとの試合が組まれていた。
「我が名はフォルティス! 我を侮る者から死んでいった。貴様はどうだ!」
「“怪力”フォルティスと言えば西方で知らぬ者はいない勇士。俺も若輩者ながら、ぜひ手合わせ願いたい」
その日、帝都の片隅にある小闘技場(と言ってもカニスのそれと張り合えるくらい立派なものだが)で俺が対峙していたのは、獣人族にしてはかなり小柄な剣闘士だった。その背丈は実に160cmほど。俺よりも更に小さいとなると、もはや子供のようだが、彼女もしっかりと成人している。
「ふっふっふ。お前のような小息子にも名を覚えられるとは、なかなかこそばゆい気持ちになるものだな」
ちゅぅ、とフォルティスが笑う。彼女の頭に載っているのは大きな丸い耳。腰からはすらりと細長い尻尾が垂れている。“怪力”と恐れられるだけのことはあり、得物は身の丈ほどもある大きな棍棒だ。
“怪力”のフォルティス。彼女は鼠獣人の剣闘士だった。
「始めっ!」
審判の合図で、俺たちは一斉に動き出す。しかし、加速は圧倒的だった。フォルティスは二歩目にはトップスピードに達し、地面スレスレを這うような前傾姿勢で一気に肉薄する。
「くっ、やりにくい!」
「ちゅふふふっ! 小柄だと馬鹿にした奴は全員足の指を潰されて倒れていったさ!」
「やってることが狡いな!」
「なんとでも言うがいい!」
固く詰まった丸太をそのまま削り出したような無骨な棍棒が、容赦なく俺の脚を狙う。チョロチョロと下の方を動き回られると、その体を捉えるのも難しい。“怪力”の二つ名から純粋なパワータイプのようにも見えるフォルティスだが、実際のところはスピードとテクニックも高いレベルで備えた熟練の闘士だ。
「せぇいっ!」
「ぬはっ!」
しかしいつまでも防戦一方というわけにはいかない。こちらへ近づいてきたフォルティスに、俺も一歩踏み出して間合いを崩す。彼女の棍棒が詰まったわずかな隙を狙って、容赦なく腹を蹴り上げた。
昔は女だからと少し躊躇うこともあったが、そもそも獣人族の女は身体強度が根本的に違う。俺なんかが多少蹴ったところで鉄板のような腹筋は動じない。むしろ俺の脚のほうがジンジンと痛みを訴えてくる。
「男の割にはやるようだ!」
「ええい、揃いも揃っておんなじ事しか言わないな!」
良い加減聞き飽きた賞賛の言葉にうんざりしつつ剣を構える。渾身の力で腹に蹴り込んだというのに、鼠獣人は平然と立っている。防具も何もつけていない滑らかな腹は見た目よりもはるかに固くしなやかだ。
「ウィリウス! 頑張れ!」
「そんなチビやっちまえ!」
後方から応援の声が上がる。ウルザたち暇な剣闘士が見物に来ているのだ。ここで負けたら彼女たちにも後々イジられることになるだろう。
俺は気合いを入れ直して、まだ笑みの崩れていないフォルティスに攻勢をかける。
「はぁあああああっ!」
「ちゅちゅっ!」
だが、大振りな攻撃では当たり前のように避けられる。だからと言って小技を弄してもいなされる。全く、厄介な相手だ。
剣を中段に構え、突撃。フォルティスは棍棒を斜めに構え、受け止めようとする。俺は無理に避けようとはせず、真正面から棍棒に剣を突き刺した。と、同時に剣を手放す。
「ちゅっ!?」
武器を手放すというのは、結構相手の意表を突くのに効果的だ。実際、自滅と見られかねない行為であることに違いはないのだが。
実際、フォルティスも剣を手放して棍棒に手をかけた俺を見て一瞬動きが止まる。それだけの隙があれば十分だ。
「せいやぁああっ!」
「ちゅわっ!? きょべっ!」
いかに獣人が屈強とはいえ、その体重ばかりは体格に強く依存する。身の丈ほどの巨大な棍棒を振り回すのは流石の怪力と賞賛するが、それだけの重量を一気に押しつければ多少重心も揺らぐ。
俺は空いた両手でフォルティスの腕と首を絡め取り、回転の勢いを付けて砂地へ押し倒す。重い棍棒を持ったフォルティスは独楽のようにくるりと回り、そのまま背中から倒れ込んだ。
すかさず腹の上に跨り、肩と二の腕を抑える。じたばたともがく鼠獣人は驚異的な膂力でなおも起きあがろうとしてきたため、俺は更に力を込める。
「ちゅっ!!? な、何をやって――」
「これで起き上がれないだろ!」
フォルティスの小さな体を覆うように、胸と胸を重ねる。体を密着させてしまえば、腰や背骨を曲げることを封じてしまえば、もう起き上がれない。
しばらく抵抗を続けていたフォルティスも、やがて精魂尽き果てたようにぐったりと力を抜いた。
動きを封じて三十秒。審判が時間を数え上げ、判定を下す。
「勝者、ウィリウス!」
円形闘技場に歓声と怒号が飛び交った。
俺は立ち上がって砂を払い、仰向けのまま呆然としているフォルティスに手を差し出す。
「……お前、いっつもそんな闘い方してるのか?」
俺の手を借りる事なく立ち上がったフォルティスがそんなことを聞いてくる。
「まあ寝技は実際有効だからな。フォルティスくらい華奢な相手に掛けるのは初めてだったが、なんとかなって良かった」
「いつか刺されないように気をつけるんだな」
「ええ?」
何やら含みのある言葉を口にして、小さな剣闘士はトボトボと去っていく。一人取り残された俺は、きょとんとして立ち尽くすのだった。
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