第15話「栄光の帝都」

 帝都までの道のりを、俺たちは半年ほどかけてゆっくりと進む。世界の隅々にまでその威光を届かせる帝国は、広く平らに整備された街道を網の目のように張り巡らせているから、真っ直ぐに向かうだけなら半月程度で済むはずだ。しかし、俺たちは方々の町で長く留まり、その間に試合をして金を稼ぎながらの旅だった。

 炎龍闘祭にさえ間に合えば良い話であり、ドミナもそれを織り込んで旅程を立てていたのだ。

 ともあれ、ほとんどカニス以外の町を知らない俺にとっては、どの町も新鮮で魅力的に見えた。相変わらず獣人がほとんどではあったが、どこの町も活気に満ちているのを見ると、帝国という存在の強大さを実感させられる。

 内陸の町にも新鮮な魚があり、海沿いの港には見上げるほどの巨大な帆船がずらりと並んでいるのだ。帝国には世界中の珍品宝物が集まり、それらは大きな流れに乗って帝都へと向かう。


「ウィリウス、見てみろよ!」


 港町を脱し、川沿いを上流へと進む蜥蜴車。強い日差しに辟易として幌の日陰で休んでいると、何やら興奮したような声がする。興味をそそられて御者台の窓から覗き込むと、なだらかな丘が連なる広大な土地に、白亜の大都市が現れた。

 丘の上に壮麗な大神殿や宮殿が立ち並び、盆地には無秩序に組み上げられた街並みが連なっている。その雑然としながらも一種の統一感を共有する都市は、これまで見てきたどんな町よりもはるかに巨大なものだった。


「あれが帝都か」


 これまでの道のりを思い出し、つい感慨深くなる。

 いまだはるか遠方に捉えただけだが、あれこそが帝国の中心、帝都なのだ。

 長旅でだれていた車内の雰囲気も、目的地が見えたことで引き締まる。ずいぶんと苦労をかけた蜥蜴たちを労いつつ発破をかけて、俺たちはいよいよ都へと入場を――。


「あ、ここから先は蜥蜴車の乗り入れができないからな」

「なんでだよ!?」

「仕方ないさ。帝都はどこもかしこも人でいっぱいで、デカい荷車を通そうと思ったら夜を待たなくちゃならない」


 思い切り出鼻を挫かれて、ガックリと肩を落とす。

 とはいえ皇帝の命令に逆らうわけにもいかず、蜥蜴たちとはここで別れることとなった。立派な城壁の側で止まった蜥蜴車から荷物を下ろし、人力の荷車へと移し替えていく。正直、これなら蜥蜴車でも変わらんだろうと思ったが、そういう問題ではないらしい。


「ま、荷物はこっちで運び込んでおくし、あんたたちは帝都観光でもしてきなさいな」


 荷物を運ぶのはドミナが手配した業者だった。奴隷たちが黙々と荷物を抱えて、また荷車を押して町の中へと入っていく。急に降って湧いてきた自由時間に剣闘士たちは喜び、早速荷物をかかえて走り出す。

 なにせこの道中でみんなたんまりと金は稼いだのだ。ここまでの苦労もこのためだとばかりに、軽やかな足取りである。


「ウルザは帝都に来たことあるんだったか」

「何回かあるぞ」


 初めての帝都に男一人というのはあまりにも油断しすぎだろう。俺の意図を汲み取ったウルザはにこやかに笑って案内役を買って出てくれた。


「ウルザだけじゃ不安でしょ。わたしも付いてってあげよう」


 そこにフェレスも加わって、俺たちは三人で町へ乗り出す。

 城壁を一歩くぐったその直後、俺は早速帝都の洗礼を受けることとなった。


「す、すごい人だな……」


 かなり広いはずの石畳の大通りは左右に向かって緩い傾斜がつき、側溝へと雨水が流れ込むように設計された立派な道だ。だが、そこには前も見通せないほどの人々が闊歩し、お互いに肩をぶつけるほどの混雑ぶりだった。

 これは蜥蜴も入れないはずだと、俺は帝都の混雑ぶりを舐めていたことを思い知らった。


「ほら、離れるんじゃないぞ」

「ウィリウスなんてはぐれたらすぐ人攫いに連れられちゃうからね」


 ウルザとフェレスが両脇をしっかり固めてくれているから、なんとか人ごみの中でも進むことができていた。息が詰まるような熱気と、耳が麻痺しそうなほどの活気だ。道ゆく人々のほとんどは俺よりも背が高く体格もいい獣人族の女で、俺一人では自分が立っている場所すらすぐに見失ってしまうだろう。


「ちょうど昼時で人の多い時間だな」


 通りを歩くのは腹を空かせた職人や商人たち。彼女たちに元気よく声をかけているのは、軒を連ねる飲食店の店員たちだ。

 街並みを彩る建物は、どれも四階、五階建てで背が高い。木造建築とは思えないほどの乱暴な増築で、なかには今にも倒れてきそうな傾斜をつけたものまであった。


「相変わらずすごい町だよ」

「ウィリウス、軒下は危ないから気をつけなよ。ウンチ降ってくるから」

「ウンチ!?」


 ぎょっとして見上げると、ちょうど四階の窓から顔を出した獣人が、何やら壺を持っていた。躊躇いなく逆さまにしたそこから落ちてきたのは、あきらかに汚物と分かるものだった。

 当然、頭の上にそんなものが降ってきたら往来から怒号が吹き上がるのだが、帝都民はそんな些細なことは気にしない。

 帝都の過剰すぎる人口を吸収するため、町にはインスラと呼ばれる集合住宅が高密度で建てられた。立派な上下水道こそあるものの、その恩恵に預かれるのは一階の店舗だけ。基本的に階数が上がるほど住環境は劣悪になり、家賃が安くなるという。

 無計画な増築でインスラが崩壊したり火を出したり、皇帝としても悩みの種となっているらしいが、下手に制限しようにも住民たちはお構いなく建ててしまうため、根本的な解決はできないようだ。


「空から汚物が降ってくるなんて……」

「汚物ならまだ良い方さ。モノグサな奴は壺ごと落とすからな」

「凶器じゃないか」


 わざわざ四階から一階へ重たい壺を抱えて往復するのも面倒だと言う気持ちは分からなくもないが、突然臭いものを浴びせられたらたまったものではない。

 過密すぎる人口に、油断ならな空からの奇襲。立て続けにやってきた帝都の凄まじさに、早くも目眩を覚えてしまう。俺の顔色が悪かったのか、ウルザは仕方ないと肩をすくめた。


「帝都に失望されたままってのも良くないな。そうだウィリウス、旅の疲れを落としに行こう」

「旅の疲れを?」


 任せろとばかりに胸を叩くウルザ。彼女の意図が掴めないまま、俺は人混みを掻き分けて帝都の中心部へと向かうこととなった。

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