2020年のタイムトラベラー

夏伐

僕の世界の青い鳥

 俺はスマホを片手に、もう一方の手に缶チューハイを持って公園のベンチに座っていた。

 深夜、誰もいない公園でこうして一人酒を飲む癖がついたのは、世界的に感染症が流行り、外出を自粛するように政府が働きかけていたからだ。


 夜なら人ともほとんど会う事はないと思い、気晴らしに公園へ。


 同じ考えの人が多かったのか、一定以上の距離を保ちつつ顔見知りが数人いた。

 だが、そんな彼らも感染症の危険度レベルが下がってからは合わなくなった。人々は久々の外出を楽しんでいる。


 深夜の散歩癖がついた俺みたいなのは少数派だったらしい。


 安い缶チューハイを飲む。

 度数が高いだけで、酔うためだけに存在するようなものだ。いつかは味を楽しむためにアルコールを飲んでみたい。


「はぁ……」


 結局、外に出たところでスマホでSNSを眺めていると、視界に影が現れた。

 目だけでそちらを向くと、見知らぬ男が俺のスマホを覗き込んでいた。


「うわっ!」


 反射的に叫ぶと、男も驚いていたが、何か言いたそうに口をはくはくと動かしている。

 やばい奴だ!


 逃げなければ、と思いつつも俺はスマホもチューハイを手に固まってしまった。


「すみません、それは〇イッターですか!?」

「はぁ、ツ〇ッターといえばツイッ〇ーですね」


 俺の言葉に男はその場にしゃがみこんだ。

 さり気なく、ほんの少し距離をとる。


「帰って来たんだ!!!!! やったーーーーー!!!!」


 深夜の公園で男はジャンプしながら喜んでいる。


「はは、良かったですね」


 やばい奴は刺激するとやばい。街中で包丁を持ってるおっさんが車道を歩いていて、周りが誰も反応してなかったら、気づかれないように距離をとって素知らぬ顔をするだろう?


 緊張を和らげるために俺はチューハイを飲み干した。一気にアルコールが頭に巡り思考を鈍らせていく感じがたまらない。

 この男も酔っぱらないなのかもな、そんな結論が出てから俺は男の話に合わせてみることにした。


「ちなみに、どちらからやってきたんです?」


 俺の言葉に、男は嬉しそうに「2020年からやってきました」と西暦を答えた。


「タイムトラベラーじゃあるまいし、場所を教えてくださいよ」

「タイムトラベラーなんです!」

「は?」


 男は真面目そうにそんなことを言う。


「突然、平行世界に行けるようになったんです。最初は気づかなかったんですけどね」

「電波っぽいっすね~」

「まあそうですよね……、ほんの少しだけ違う世界なんで私も最初は気づかなかったんですよ。でもここは私の元いた世界みたいじゃないですか! やっと帰って来れた~~!」


 男は妄想だか何だか知らないがとても喜んでいる。

 水を差すようで悪いが……、俺は一つ訂正することにした。


「今は2023年ですよ」

「え”ぇ”?」


 男は困惑し始めた。


「ちなみにツイッ〇ーはちゃんとあるんですよね……?」

「ありますけど……」


 どうしてここまでSNSにこだわるのか。

 男は自分のスマホを操作して、絶望の声を上げる。


「スマホが文字化けしている……!」

「まあツイッ〇ーももうすぐエッ〇スに変わっちゃうみたいですからね」


 笑いながら言うと、男は大げさに地面に膝をついた。


「〇ーロンですね! 別の世界でもコ〇ミコマンドは残しているのに青い鳥を叙任したり、〇イッターに似ているという別のサービスを立ち上げたり! 宇宙に行ったり!」

「まだ宇宙に行ってないっぽいっすけどロケットは上げてますね。ス〇ッドは〇ーロン冤罪だと思いますけど、概ね流れはそんな感じかもです」


 やっぱりただの酔っ払いだろうか。


「くそ……アインシュタインが生きてる世界よりはだいぶ近くに来たっていうのに……!」

「アインシュタインに会ったんですか?」

「なんかめっちゃ偉人が生きてる世界があって、オリンピックに知恵比べとかありましたよ」


 別の世界のオリンピック見てるなんて、こいつもトラベラー感出して来たな……。


「すみません、私はもう行こうと思います。帰りを待っているフォロワーたちがいるので……」


 ひとしきりうなだれた後、男はツイ廃のような事を言いだし、よろよろと立ち上がった。


「それじゃあ」

「ちょっとまってください。タイムトラベラーなら、なんか予言とかしてくださいよ!」


 俺は少しいじわるのつもりで、そんなことを言ってみた。都市伝説に出てくるタイムトラベラーは何かしら予言してたりするし!


「いや、ここ未来なんだから、あなたが私に予言くださいよ」


 酔いのテンションで聞いたら、男に冷静に返されてしまった。

 そりゃあそうだ。


「特にこれといって……」


 しょんぼりと答えると男は軽く会釈をした。


「短い間ですけど、ありがとうございました! 僕は僕の世界の青い鳥を探しに行きます。お元気で!」


 その場からスッと立ち消えるように男の姿は消えた。


 夢か現かは分からないものの、最後の挨拶は絶対うまいこと言うつもりの決め台詞なんだろうな……。


「ていうか、偉人がめっちゃ生きてる世界線って……何……?」


 しんと音の少ない公園のベンチから空を眺めると、いくつかの星がとても小さな光を輝かせていた。

 今度こそ俺の疑問には誰も答えてはくれないかった。

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