第5話 憶えられたよ

 五歳になったアビーは朝食を済ませると、使った食器を流しへと持って行く。

『お母さん、遊んでくるね』

「気を付けるのよ」

「は~い」

 アビーは母親に元気よく返事をすると、そのままの勢いで外へと飛び出す。

「ふふふ、走っている! 走っているんだ! 凄いな! 気持ちいい! これが走るってことなんだね」

『随分、ご機嫌ね。アビー』

『そんなに走ったら疲れるのに』

『まだ、長老との時間には余裕があるわよ?』

 赤ん坊の頃から顔見知りのポポ、ププ、ピピがアビーの横を飛びながら、アビーに話しかけてくる。

「だって、走れるんだよ! 凄いことなんだよ!」

『そう、言われてもね~』

『うん、私達は飛んでいるし』

『アビーも飛べばいいのに』

「それは長老さんがまだダメだって」

 歩だった頃には走るどころか満足に歩くことさえ出来なかったアビーは、自分の足で走る感覚が楽しくてしょうがなかった。確かにププの言うように疲れることはあるが、その疲れさえもアビーにとっては新鮮だった。むしろ、疲れる感覚さえもアビーには楽しくさえあった。


 三歳までは走るというよりは、とてとてと家の中を早く歩ける程度だったが、月日を重ねるにつれ、足腰が丈夫に発達すると、早歩きが駆け足へと変わり、今の様に山の中を自由に走れるほどになっていた。


 山の中を掛け回り、やがてアビーは森の中の小さな池の畔に辿り着く。

「来たよ! 長老!」

『うん、今日も元気なようじゃな。上出来、上出来』

「うん。どこも悪くないよ。元気だよ」

『うん、そうかそうか』

「それで、長老。今日は何を教えてくれるの?」

『そうじゃな。こういうのはどうじゃ?』

 アビーが長老と呼ぶ精霊は見た目はサンタクロースの様な髭を生やしたおじいさんで、ポポ達が住む精霊の里の長老である。


 長老と知り合ったのはポポ達が長老にアビーのことを伝えた翌朝だった。

 ある日、アビーが精霊魔法を使えたことに驚いたポポ達が長老に相談した際に長老から三人揃って叱られ、お尻を叩かれたのは三人にとって苦い記憶だが、次の日には長老がアビーの元を訪れ、三人の精霊の不手際を謝り、今後は長老自ら精霊魔法を教えると約束してからの付き合いだ。


 そして、長老がアビーに見せたのは『異空間収納インベントリ』の魔法だった。

 長老の手の平に乗っていたドングリを長老はアビーの目の前で消して見せる。

『どうじゃ? これが『異空間収納』の魔法じゃ。覚えれば便利じゃぞ』

「え? 出来るの?」

『出来るとも! 少なくともアビーはそこの三人よりはワシの教え子としては優秀な部類じゃからな。そして、そこの三人は、まだ『異空間収納』は憶えておらん』

『『『……』』』

「へぇ~そうなんだ。ふ~ん」

『ち、違うのよ。アビー。私達は出来ないんじゃないの!』

『そうよ。私達のせいじゃないわ!』

『長老の教え方が悪いのよ!』

『黙れ!』

『『『……』』』

 ポポ達三人は長老に叱られシュンとなる。


 三人が静かになったところで、長老はアビーに対し、『異空間収納』を教える。

「ん~よく分からない」

『ほら、やっぱり長老の教え方のせいじゃない!』

『やかましい!』

 アビーが思ったより『異空間収納』の習得に手こずっているとポポがやっぱり長老のせいだと言い出すのを長老が叱り飛ばす。

「あっ! そう言えば……確か、こうやって……あ、出来た!」

『え? 出来ちゃったの?』

『ほら、見ろ! やっぱり、アビーは優秀じゃて』

『でも、さっきまで苦戦していたのにどうして、出来たの?』

「それは……」

 アビーが急に出来たのには理由というか、どうイメージ出来たかということだろう。そして、アビーは日本にいた頃の記憶の中のアニメの一シーンを思い出していた。

 だけど、それをポポ達にどう説明したものかと考えてしまう。

『な~に、自分が出来たらそれでいいの? それ、ちょっとズルくな~い?』

「え? ズルいの?」

『『『ズルいわよ!』』』

 ポポ達にズルいと言われ、戸惑うが確かにズルいのかもとアビーは考えてしまう。アビーは日本のアニメの記憶はあるが、ポポ達にどうやって説明すればいいのかと考えてしまう。しかし、長老はそんなアビーの考えを知らず、ズルいという三人を叱る。

『こら! 自分達のことを棚に上げて、アビーを責めるのは筋違いじゃ!』

『『『だって……』』』

『だってじゃない! アビーに謝るんじゃ!』

『『『……ごめんなさい。アビー』』』

「長老、皆。謝らなくてもいいよ。実際に長老の教え方が悪いんだし」

『アビー!』

『『『ほら、やっぱり!』』』

『アビー、嘘じゃろ?』

「ううん。嘘じゃないよ。だって、長老って基本は『ダ~ッとして、ガ~でドンじゃ』って音ばっかりだもん。そんなの普通の人には無理だもん」

『あ~そう言えば、そうだよね』

『今、思うとそれで私達もそれでよく憶えられたよね』

『不思議よね~』

『そんな……アビーにまで言われる戸は……』

 擬音ばかりの感覚的な説明ばかりで、理解するのは難しかったとアビーに言われた長老はガックリと肩を落とす。

 そしてそんな様子を見たアビーは長老に言う。

「あのね、長老。水魔法とか風魔法なんかは感覚的な説明でも分かるんだけど、『異空間収納』は無理だって」

『そんなこと言われてものぉ~ずっとこうやって教えてきたんじゃし……』

『ねえ、ならさアビーが出来た方法を教えてよ』

『あ、それいいかも!』

『そうね。長老よりは分かり易いかもね』


 ポポ達三人がアビーに『異空間収納』を教えてくれと言い出した。アビーも出来ればそれに答えたいが、どうやったら、分かってもらえるのだろうかと考える。


「あのさ、ポポ達は異空間っていうのが分からないんだよね」

『『『そう、それ!』』』

「そっか~どう説明すればいいのかな~え~とね……」

 それから、アビーは苦労しながらもポポ達に異空間とはこういう物だという概念を伝えるのに苦労したが、その甲斐もあってなんとか無事に三人は『異空間収納』を取得出来た。

『『『やった!』』』

『ぐっ……ワシが教えるよりも早い……』

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