第3話 聞こえてますよ

 歩ことアビーは光っている十センチメートルほどの背中から羽を生やした何かをジッと目で追い掛けている。

 この三体の人型の何かは歩の目が輪郭を捉えられるようになってから、度々見かけていたのだが、こうしてハッキリ人型と認識出来たのは最近のことだ。


『ねえ、ププ。この子は私達が見えているだけじゃなく、話も聞こえているみたいよ』

『なに言ってんのポポ。そんなことあるわけないでしょ。まだ、話すことも出来ないってのに。ねえ、ピピ』

『そうだよ。ププの言う通りよ。ほら、この子だって私達を珍しがって見ているだけよ。ねえ、あなたもそうよね?』

「あう~きゃっきゃっ」

『『『返事した? ……』』』

「あぅ~」

 アビーは人型の何かに問い掛けられ『そうだよ』と言ったつもりでも、口からは思いとは別に「あう~」としか言えないが、三人には分かってもらえたようだ。


『やっぱり。ねえ、あなたは私達が見えてるのね?』

「あぃ~」

『うん。ちゃんと見えてるし聞こえているみたいね』

『じゃあさ、話は理解出来るの?』

「あぃ~」

『私はププ。言ってみて!』

「ヴウ~」

『ずるい! 次は私! ピピよ』

「イィ~」

『もう二人とも。ズルい! ポポ。ポポよ』

「オォ~」

『うん、もう疑いようがないわね。私達の姿も見えるし、声も聞こえるし、内容もちゃんと理解しているわ』

『もう、ピピが赤ちゃん見たいって言うから来たけどさ、もし人間に捕まったらどうするのよ』

『ポポは心配し過ぎ。こんな赤ちゃんだもん。まだ、何も出来ないわよ。ねえ?』

「あぃ~」

『『『ん~可愛い!』』』


 三人がアビーの可愛さにメロメロになっていると、アビーの母親であるジュディが部屋に入ってくる。

「あら、アビー。随分、ご機嫌ね。もしかして精霊にでも会えたのかしら?」

「あぃ~」

 アビーはジュディの言葉にある一点を指差すが、ジュディは気付かない。

「うふふ。そう、お母さんに教えてくれているのね。じゃあ、精霊さんにもう少し遊んでいてってお願いしておこうかしら」

「あぃ!」

「うん、そうね。いっぱい遊んでもらおうね」

「あぃ!」

 ジュディはアビーのオムツを確認し、ベビーベッドを直すと部屋から出て行く。


『『『ふ~ビックリした!』』』

「あぅ~」

『あんた、さっき私達の場所を教えたでしょ!』

「あぃ!」

『もう、いくら私達の姿が普通の人に見えないって言っても、分かる人には分かるんだから、教えちゃダメでしょ!』

「あぅ……」

『もう、ポポ。言い過ぎよ。ねえ、ごめんね~』

「あぃ!」

『……悪かったわよ。でも、本当に他の人に教えないでよ。いい?』

「あぃあぃ!」

『驚いた。本当に会話出来るのね』

「あぃ!」


 それからの日中はジュディがいない間は三人の精霊がアビーの相手をしてくれているので、普通ならむずがって泣くことが多いはずの赤ん坊が全然泣かないことにジュディは気付く。

「もしかして、本当に精霊が来てくれているのかしら?」

「もし、そうなら、精霊にお礼として蜂蜜とかお菓子を用意してあげるといいらしいよ」

 ジュディの悩みともなんとも言えないことに夫であるマークが、昔祖母に聞いたことがあると言って、ジュディに提案してくれた。

「そうね。もし精霊がこの家に来てくれているのなら、嬉しいことだもんね」

「ああ、そんな精霊に祝福されているのなら、アビーは大物になるのかもな」

「もう、マークったら。アビーにはそんなこと期待していないの。元気ならそれでいいんだから」

「それもそうだな。でも……」

「いいの。それにもし精霊がアビーを本当に祝福してくれているのなら、バレないようにしないと大変よ」

「ふふふ、それこそ。心配しすぎだよ。いくら、『精霊教』でもこんな奥深い村まで来ることはないさ」

「それでもよ。心配し過ぎても困ることでもないんだし」

「分かったよ。でも、精霊が来てくれるって、誰かに自慢したくならない?」

「マーク……本当にやめてよ?」

「わ、分かったから。な、冗談だって」

「例え、冗談でも言わないでよ」

「……」

「返事は?」

「はい!」

 マークの言動に少しだけ不安を覚えたジュディは、マークに気付かれないように精霊達にお礼をすることをそっと心に誓う。


『聞いた?』

『聞いた! ヤバいわよ』

『ヤバいわね』

 二人の会話を盗み聞きするつもりは無かったが、おやすみの挨拶をアビーにしに来たところを偶然にも聞いてしまったのだ。


『精霊教ってあのアレでしょ?』

『そう。話に聞くところだと、どうも私達を捕まえて無理矢理言うことをきかせようとするみたいよ』

『噂じゃ、大精霊様も捕まっているとか聞くけど本当かな?』

『どうかな。それよりもアビーがそんな連中に捕まらないようにしないとね』

『『うん!』』

 三人の精霊はアビーを守ることを密かに誓い合うと森の方へと帰って行く。


 翌朝、アビーが目を覚ますと、アビーの顔をジッと覗き込んでいた三人の精霊と目が合う。

「あぃ~」

『うん。今日も元気ね』

『ねえ、それよりさ、こんなのが置いてあったわよ。これって私達に用意してくれたのよね』

『え~何? うわぁ~美味しそう!』

 精霊は洋服ダンスの上に置かれていたたっぷりの蜂蜜が入った小皿に群がる。

『多分、この子の母親からの贈り物なんでしょうね』

『じゃあ、もらってもいいのよね?』

『いいに決まっているの!』

『もう、慌てないの。先ずは小皿から離して……』

「お?」

『それから、三つに分けて……』

「おぉ!」

『じゃあ、頂きます!』

『『頂きます!』』

 蜂蜜を前に気分が高揚してしまうピピとププをポポが落ち着かせるとポポは蜂蜜全体を小皿から離すと球状にして宙に浮かせると、今度はそれを三つに分けて、ピピとププに渡す。その様子を見ていたアビーはポポが何かをする度に感心したような声が漏れる。


『ふぅ~ごちそうさまでした』

『『でした!』』

「あぃ~」

『とても美味しかったわ。お母様によろしくね』

「あぁ~」

『もしかして、さっきの魔法に興味があるの?』

「あぃ~」

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