第2話 見えてますよ

『あれ? どうしたんだろ。僕は死んだハズなんだけど……でも、目も開かないし、手足も動かせない。口も開かない……もしかして、まだ、ベッドの上なのかな……』

 歩はどうやっても体の自由が効かないことから、自分は死んでおらずベッドに縛り付けられているのだろうと考える。

『なんか眠たいや……』

 そのまま、意識を失い深い眠りに就く。


 あれから、数日が経過した頃、歩の耳に遠くから呼ぶような声が聞こえてくる。

「お母さんですよ~」

「お父さんですよ~」

 言葉はよく分からなかったが、なんとなくそう呼ばれているような気がした。

『お父さん達が呼んでいるのかな?』


 また、数日が経ったと思われる頃、少しだけ歩の体に変化が現れる。

『んん? なんだか、今日は体が動きそうだ。よし、試しに……うん、ちょっとだけど動かせるみたい。足はどうかな? うん、足も動く。なんだか、入院前よりもしっかり動かせるような気がする! ふん!』

 そして、いつもの歩を呼ぶ声が嬉しそうに聞こえる。

「ね、さっきから凄く激しく動くの。もう少しで会えるのかな。私、凄く楽しみ! だって、こんなに元気に動くんだもの。あ! ほら、今もお腹の中を蹴っているの。ね、触ってみて」

「どれ? あ、ホントだ。凄く元気だね」

「ふふふ、早く会いたいな~」


 歩はなんだか騒々しい様子で目を覚ます。

『なんだろ。目は見えないけど、なんだか周りが騒がしそうにしているっぽい』

「ほら、頑張りな。お母さんになるんだろ。ほら、ひっひっふぅ~ひっひっふぅ~」

「ひっひっふぅ~ひっひっふぅ~」

「旦那はしなくていいんだよ! もう、アンタは部屋の外で待ってな!」

「はい!」

「ふふふ、いい人なんだけどね。ちょっとね……ひっひっふぅ~」

「そうそう、あんたは丈夫な赤ちゃん産むことだけを考えてな」

「はい! ひっひっふぅ~ひっひっふぅ~」

「いいよ、その調子だよ。お! 頭が見えて来た! もう少しだよ!」

「ん~~~ひっひっふぅ~ひっひっふぅ~」

「おぎゃぁ~おぎゃぁ~」

「よし! 頑張ったね。産まれたよ、可愛い女の子だよ。ほら!」

「ふふふ、初めまして。私の可愛い赤ちゃん」

『バン!』と勢いよく扉が開かれ男が入ってくるなり、叫ぶ。

「産まれたのか! アイタ!」

 部屋に入ってきた男が叫んだ後に頭を小突かれる。

「バカ! まだ、入ってくるんじゃないよ!」

「すみません!」


 歩は瞼に光は感じられるが、まだ目を開けることは出来ない。それでも、耳には色んな音はもちろんだが、歩を呼ぶ声も聞こえる。だが、よく聞くと、その声は日本語とは思えない。他の国の言葉はよく知らないけど、聞き覚えもない。だけど、不思議と何を言っているのかは理解出来る。歩はどういうことだろうかと考えてみるが、たった十年の人生ではそれを理解出来るだけの材料がない。

 だけど、手足は動くには動くが、思い通りに動かせるほどではない。それに歩こうにも座ることすら出来ない。

『おかしい。何かに繋がれている感触はないけど、どうしても体が動かせない。でも、体に痛みはないから、その内動かせるのかな』


 数日経つと、やっと瞼が開くがまだ、物を見るというよりは輪郭だけが分かる程度で歩には、その輪郭が何かは分からない。

 やがて、その輪郭が歩を覗き込むように近付いてくる。

「あ! やっと目が開いた。でも、まだ見えてないのかな? アビー、またね」

 歩は声がする方に顔を向けるが、やっぱりよくは分からない。でも、『アビー』と言うのは自分の名前だろうかと考える。

『あれ? 僕の名前は歩なのに?』

 歩は自分のことをアビーと呼ぶ輪郭の人物に対し、一生懸命に『歩』だと訴えるが、その口から出るのは言葉ではない。

「あ~う~う~」

「あら? 何か言いたいのかな? ひょっとしたら、オムツかな?」


 やがてその目でちゃんと物を捉えることが出来る様になった歩は自分の手を見るとびっくりしてしまう。

『あれ? 僕の手ってこんなに小さかったかな?』

 歩は自分の指先の小さな爪を見て、不思議に思う。

『どうしたんだろ。まさか、縮んだの?』

「あら、アビー。今度はどうしたのかな? 自分のお手々をそんなに見たりして。小さくて可愛いわよね。まだ、そんなに慌てて大きくならなくてもいいんだからね。可愛い私のアビー!」


 歩は女性が話す内容から、どうやら自分はあの女性の子供で名前を『アビー』と名付けられたことを理解する。

 だが、それでも分からないことがいっぱいあった。

 自分は結局、死んだのか?

 ここはどこなんだ?

 そして、さっきから飛んでいる光っているはなんなんだ?


『ねえ、やっぱり見られてるよね?』

『気にしすぎだよ。ポポ』

『そうだよ。気のせい、気のせい』


 だけど、歩の耳にはその光っている人型の何かが話している内容がハッキリと聞こえる。


『やっぱり、見られているよ』

『そんなことないよ』

『そうだって、ポポ。ほら、その証拠にこんなに動いても……あれ? 追い掛けてる?』


 さっきから、人型の何かは歩を試すようにあちこち飛び回っているが、歩はそれをジッと目で追う。


『え~なんで? なんで見えているの?』

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