第24話 ピエールはアリスいじりで田舎暮らしの憂さを晴らしているに違いない

 翌朝、夫の言う準備がなんなのか気になって眠れなかったアリスは、ぼうっとする頭を振りながら身を起こした。


「おはよう、アリス」

「おはよう、ウィル」


 目の下にクマを作っているアリスとは対照的に、ウィリアムは蜂蜜色の瞳を輝かせていた。昨晩よほどぐっすり眠れたのか肌艶もいい。


「アリス、なんか朝から疲れてる? 具合でも悪い?」


 自分の目元に手を添え心配そうに見つめる夫に、アリスは「大丈夫よ」と言って身支度を始めた。そして一緒に朝食を済ませてそれぞれ仕事の準備をする。


「それじゃあ行ってくるね!」

「いってらっしゃい。お仕事頑張ってね」


 ウィリアムが「アリスもね」と言い軽いキスをしてローブのフードを被った。アリスは彼に背を向けて書斎を目指した。


「おはようございます。アリス奥様」

「おはよう、ピエール」


 アリスが書斎に着くと、すでにピエールが子供たちの世話をしていた。ピエールと子供たちに挨拶して、エプロンをつける。


「アリス奥様はどうやら寝不足のようですね?」


 しょぼつく目を擦ると、ピエールが含み笑いでアリスを見ている。ああ、何か勘違いしている。あまり頭が働かなかったがそれくらいはわかった。アリスはハアとため息をついた。


「あなたが想像しているようなことはなかったわ」

「なんと、ウィリアム様も難儀なお方ですね」


 ピエールが眉を上げ驚きの表情を見せた。さすがの彼も驚くのかとアリスは気落ちするのと同時に、自分の感覚は間違っていなかったと安堵した。


「あ、そうだ……」

「どうかしましたか?」


 ふと昨夜ぐるぐると考え込んでいたことを思い出すアリス。せっかくだからとピエールに聞いてみることにした。


「ねえピエールさん、アラービヤではその……男女が前に、何か準備が必要なの?」

「はて、準備……ですか?」


 ピエールが首を傾げる。そのまま斜め上に視線を送り、自分自身の記憶を呼び覚ましているようだった。彼は一呼吸おいて話し始める。


「アラービヤのしきたりには特に必要な準備はありません。しかし……ふたりが楽しむためのものであればいくつかあるかと。キャンドルやお香、刺激的な夜着。それから媚薬ですとか……」


 アリスはピエールの話を聞きながら、まだ来ぬ自分と夫のめくるめく夜を想像していた。媚薬……魔法薬師なら簡単に作れるのだろうか。いや、でもそういうのは少し慣れてきたときに——妄想は膨らむ。


「アリス奥様、顔が赤いですがお体の具合でも?」


 ピエールが口角をたっぷりと上げている。どうして顔が赤いのかわかって聞いているのだ。

 アリスは慌てて「いいえ」と否定し、子供の世話を始めた。だが結局、ウィリアムの準備のことはわからずじまいで気は晴れなかったのだった。


>>続く

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