第25話 サウードの秘密
昼になり、ウィリアムが「仕事が立て込んでいる」と言ったので昼食は別でとることになった。彼は一瞬書斎に顔を出し、アリスを補給して去っていった。
食事の準備はしてあったのでピエールや子供たちと済ませ、昼寝の支度をして一息つく。
「ピエールさん、子供達のお昼寝が終わったら庭にお花を摘みにいってくるわ。天気がいいし、たまには外遊びもさせてあげないと」
「かしこまりました。私も同行いたします」
それからしばらくして子供たちが起きた。アリスはピエール同行のもと彼らを前庭に連れ出した。色とろどりの花を摘んだり、ベンチ型のブランコに乗ったり、芝生の上を走り回ったり。子供達ののびのびとした姿をアリスは微笑ましく思いながら見守っていた。
「助けてください!」
突然、門の方から女性の叫び声が聞こえた。アリスが声の方角に視線を移すと、門の外にいる女性が内側にいる使用人に何か話しているようだった。女性は小さな子供を抱き抱えている。一体どうしたのか。
「アリス奥様、一旦子供達を連れて書斎に戻ってください」
ピエールが門の方からアリスを隠すように立って、屋敷のドアに向かうよう促した。状況を確認したかったが、彼の表情は険しく纏う空気が張り詰めていた。アリスは黙ってピエールに目を合わせて頷く。
「みんな〜、一旦中に入りましょうか。おやつの時間を忘れていたわ」
「「は〜い」」
アリスは子供たちを集め屋敷の中に向かう。外で食べようと持参していたおやつのバスケットも忘れずに手に取った。屋敷に入るとき、もう一度だけ門の方を見やる。使用人と、ピエールも話に参加しているようだった。
(彼女は一体誰? どうしてピエールさんはあんなに警戒していたのかしら?)
書斎に戻ってからも外の様子が気になってたまらなかった。女性は随分と疲弊しているように見えた。
アリスは子供達に気取られないよう努めて笑顔で過ごした。しかし内心は不安でいっぱいだ。チラチラと何度も入り口のドアを見てピエールが戻るのを待っていた。
「アリス奥様、お待たせして申し訳ありません」
「ピエールさん!」
しばらくしてから書斎のドアが開き、ピエールが戻ってきた。アリスはすぐさま彼に駆け寄った。
「あの、さっきのは一体なんだったの?」
アリスの問いかけにピエールは目元をわずかに引きつらせ息を吐いた。あまり言いたくはないといった様子だ。しかしアリスが彼から目を逸らさずにいると、観念したのか語り始める。
「まずさっきのは……この地の領民です。彼女はどこからか屋敷で子供を預かってくれる場所があることを聞きつけ、自分も雇って欲しいと言ってきました」
「それで? 雇うことにしたの?」
アリスが話の続きを促すと、ピエールは静かに首を横に振った。
「人は足りていますし、サウード家の使用人は領地から募集しません。私やファハド様が外から連れてきた者を雇うと決めています」
「けど、あの女性は『助けてください』と言っていたわ。なんとかならないの? そうだ、お金はあるみたいだしウィルならきっといいと言うわ。早速……」
「アリス奥様——」
ピエールはアリスの言葉尻に被せ再び首を振った。不満をあらわにして彼を見上げるアリスに対して、肩をすくめる。
「理由があるのです。聞いていただけますか?」
アリスは口を尖らせ「わかったわ」と返した。困っている領民を追い返すなんて領主にあるまじき行為だった。彼の話で納得できるかはわからないが話を聞いてみよう。子供達に一声かけてからソファに腰掛けた。
ピエールは微笑してから「ありがとうございます」と言って話を続けた。
「ことの発端は二年前。ウィリアム様の養父母である前領主夫妻が亡くなった頃に遡ります」
いつの間にかピエールの表情は堅く、冷ややかになっていた。アリスは勝手に事故か何かで亡くなっていると思い込んでいたが、この様子では違いそうだと感じた。緊張で背筋がピンと伸びる。
「そういえば、亡くなった原因については聞いていなかったわね……」
「はい。彼らは二年前、暗殺されたのです」
「えっ!」
アリスはエメラルドの瞳を大きく見開き驚嘆した。視線の先にある切れ長で暗闇色の両眼は、全く感情が表れていない。
淡々と話すピエール。彼が何を思っているのかも、この話の行く末もわからない。アリスの心は激しく揺さぶられた——。
>>続く
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