第21話 そうだ、経験者に聞いてみよう
「アリス、それじゃあまたあとでね」
「ウィル、またあとで」
仕事に戻るウィリアムを見送ったあと、アリスはソファに座り子どもたちの昼寝が終わるまでの休息時間を過ごしていた。頭の中は任務——ウィリアムとの初夜のことでいっぱいだ。
アリス・サウードはそういったことへの免疫が全くない。どんなに考えても良い答えは出てこないだろう。そこで前世の自分、立花ありさの記憶を呼び起こすことにした。
「ダメだわ……全く思い浮かばない」
立花ありさには高校時代と大学時代にひとりずつ恋人がいた。大学時代の恋人については体の関係もあったが、そういえばそれなりの期間の交際を経て、相手主導で至ったため自分から誘いをかけるということはなかった。正直なんの参考にもならない。もうお手上げだった。
「かなり悩まれておりますね、アリス奥様?」
目の前に紅茶を注いだカップを差し出される。昼食から戻ったピエールだった。どうやらアリスの考えていることはダダ漏れだったようだ。彼は微笑している。
「ちなみに、あなたは恋人とそうなるとき、どうするのかしら?」
このいつも不敵な笑みを浮かべている従者が恋人とはどう過ごすのか。全く想像はできないし、なんなら別に知りたくもなかった。しかし背に腹は変えられず、アリスは彼に問いかけた。
ピエールが鼻から小さく息を漏らす。
「私側の話は参考にならないのでは?」
「うっ……。確かにそうね。それじゃあ、お相手に誘われた時のことなんてどう?」
アリスの質問にピエールは笑みを深め、人差し指を立てて唇の前に持っていった。
「それは、彼女たちと私だけの秘密です」
そう言って、ピエールは微笑みながら肩を小刻みに揺らしている。アリスにはまるで大笑いしたいのを必死に堪えているように見えた。不快でたまらない。アリスは険しい表情で彼を睨む。こんなことなら最初から話を振らないでほしかった。
「ふふっ。だったら最初から話しかけるな、と言ったところですか」
笑い声を漏らしながら返事をするピエールに、アリスは「え!」と目を丸く見開いた。ここまで思考を読まれているなんて。羞恥心が込み上げてくる。
「からかわないでちょうだい」
「申し訳ありません。お詫びにと言ってはなんですが、聞く相手は経験がある女性がよろしいかと。たとえば子どもたちの母親とか——」
「そっか!」とアリスは右手に拳を握った。そうだ、そう言った経験もある女性といえば彼女たちだ。なぜすぐ気づかなかったのか。
「ピエールさん、今日の夕食は彼女たちとここでいただくわ。皆さんに伝言してくれる?」
「はい、かしこまりました」
ピエールは右手の肘を折り曲げ、アリスに向かってうやうやしく礼をした。
>>続く
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