第20話 夫の愛は家系ラーメンより重い
ファハドが去った後、アリスは書斎に行きピエールと預かりの子供達を世話して過ごした。昼になってウィリアムがやってくる。
「アリス、お昼にしよ〜」
「お疲れ様、ウィル」
ウィリアムがローブを脱いで席についた。彼は屋敷内でいまだにローブ姿で過ごしているが、子供達相手だと平気なようで書斎では素顔を見せて過ごしている。
「旦那様! 今日は俺の隣に座ってよ!」
「僕も旦那様の隣がいい〜」
「僕はアリスの隣って決まってるの、ごめんね」
意外にも子供達にウィリアムは人気だった。美しい顔立ちだけではなく、幼さが残る態度や言動に子どもたちは親近感を覚えたようだ。ここではピエールが父親、アリスが母親、ウィリアムが兄のような役割を果たしていた。
昼食を終え、アリスは子どもたちを昼寝させてウィリアムの待つソファに座った。
「あらウィル。少し顔色が悪いわ。お仕事大変なの?」
朝に比べてウィリアムの目元が若干影っていた。アリスは彼の頬に触れ顔を覗き込む。
「仕事は順調なんだけど、今もう一つ新たな薬を作ろうとしていて手こずっているんだ」
ウィリアムがアリスの手に自分の手を添え頬擦りする。気持ちよさそうに目を閉じる夫に母性本能をくすぐられるアリス。空いたもう片方手で彼の艶やかな黒髪を撫でた。
「ねえウィル。あなた、どんなお薬を作りたいの?」
「記憶を消す薬かな! ほらアイツ……君の元婚約者に飲ませるんだ」
「え?」
アリスの手がピタリと止まる。一瞬自分の耳を疑った。なぜここでハリーの話が出てくるのかがわからない。考えても答えに辿り着くのは不可能と判断し、素直に問いかけてみた。
「えーと、どうしてハリーの名前が出るの? あなた一体彼をどうしたいのかしら?」
ウィリアムは無邪気な笑顔でアリスに応えた。
「僕、アリスのことが大好きなんだ。独り占めにしたいって思うくらいに。太陽みたいな金髪も、エメラルドの瞳も、陶器のような白い肌も、果実のように甘く柔らかい唇も……全部ね」
蜂蜜色の両眼がアリスを捉える。ウィリアムはさらに目を細めアリスにキスをした。
「僕以外の人間が君に触れたってことをどうしても許せない。けれど過去に戻ることはできないからね……せめてあっちの記憶を消してしまおうと思って」
アリスは驚愕した。思わず「ひえ……」と顎を引く。夫からの惜しみない愛を日々感じてはいたが、まさかここまでの重量級とは思わなかった。
「お、落ち着いて、ウィル。その薬は必要ないわ」
「どうして?」
ウィリアムが眉を寄せた。名案を否定され悲しげな視線がアリスに刺さる。妹に先を越されたという自らの傷口を抉るようなこと、わざわざ言いたくはなかったが仕方がない。早急にこのモンスターの手綱を握らなくては。
「その、恥ずかしいのだけど……。私、あなたと結婚するまでキスどころか、ダンス以外で男性と手を握ったことすらないわ。全部ウィルが初めてよ」
「ほ、本当に?」
食い入るようにウィリアムが顔をずいっとアリスに向かって突き出した。アリスは彼と一定の距離を保ちながら「本当よ」と頷く。するとウィリアムは安堵の笑みを浮かべた。
「よかったあ~。じゃあアリスのこんなにかわいらしいところを知っているのは僕だけなんだね!」
「ええ、そうよ」
アリスは引きつり笑いをしながら、とにかく全力で首を縦に振った。
>>続く
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