第15話 甘いティータイム

「ジャクソンがつかまり立ちしてる……奥様、このために私を呼んでくださったのですか?」

「ええ、そうよ。きっとジャクソンもママに見てもらいたかったでしょうし」


 アリスはジャクソンがつかまり立ちしてる姿を見つけ、すぐにエミリーを書斎に呼んだ。彼女はベッドに立つ息子を見て「ありがとうございます」と涙を流しアリスに感謝の言葉を述べた。


「いいえ。やっぱり子供成長を見届けるのは母親の醍醐味よね。せっかく会える距離にいるのだから、今後もなにかあればすぐ知らせるわ」

「奥様のご配慮、心より感謝いたします。私にも何かお力になれることがあればいつでも仰ってください。そうだ——使用人たちとの面談がうまくいくよう、他の者たちに奥様ときちんとお話しするよう伝えておきますね!」


 エミリーは深く礼をして顔を上げた。満面の笑みで黒い瞳が輝いている。

 アリスは彼女と出会った日の悲壮感あふれる表情を思い出した。たった一週間でここまで素敵な笑顔を見せてくれたことが嬉しい。「ありがとう」と返しながら目を細めた。


 昼食後、アリスは第一の面談場所である厨房に向かった。夕食の準備があるため他の使用人たちの手が空く夕方では都合がつかないからだ。


「失礼します!」

「奥様、このようなところへご足労いただき恐縮でございます……」


 厨房には五人の使用人がおり、時間通りに現れたアリスに対し体を直角に折り曲げていた。


「皆さん、どうぞ座って。こちらこそ時間を作ってくれてありがとう」

「あ、ありがとうございます」


 アリスは自身の簡単な自己紹介をしたのち「早速だけど」と話を切り出した。


「現在の待遇に不満はないかしら? 例えば給金が低いとか、人手不足とか、言いにくいとは思うけど正直に教えてほしいの」

「いいえ、滅相もないことでございます!」


 料理長のノアは慌てて首と手を横に振って否定した。彼は前料理長の息子でおそらく年齢は義兄ファハドと同じ頃。やはり黒髪に黒い瞳、褐色の肌をしていた。他の者たちも同様に首を振っている。落ちたついたところでノアが再び口を開いた。


「給金も充分ですし、人手はむしろ余っているくらいでございます。今の旦那様へ代替わりしてからは来客がほぼなく、パーティーも開かれておりませんから……」

「そうだったの」


 アリスは寂しそうに語るノアを見て、彼の不満を感じ取った。領主をしている貴族ならば、定期的な来客やパーティーは必須。自分の腕を披露することもなく、客人に喜んでもらうことができない。そんな現状が手持ち無沙汰だろうと容易に想像がついた。


「ノア、もしよかったら私たち夫婦の披露宴を開きたいのだけれど、料理をお任せしてもいいかしら?」

「も、もちろんでございます! 腕によりをかけてご用意いたします。奥様、ありがとうございます!」

「「ありがとうございます!」」


 ノアはアリスの提案に目尻を下げ、深々と礼をした。他の使用人たちも嬉々としてアリスに笑顔を向けた。


「それじゃあ皆さん、よろしくね!」


 厨房を出たアリスは、他の使用人たちとの約束まで時間があるので一度書斎に戻った。ドアを開けるとウィリアムが駆け寄ってきて、アリスをソファに引っ張っていく。


「アリス! ちょっとお茶にしようよ、ここに座って!」

「まあ、おいしそうなお菓子ね」


 アリスが席に着くと隣にウィルがピッタリとくっついて隣に座る。

 涼しい顔をしたピエールがカップにお茶を注ぎ差し出してきた。


「お茶をどうぞ、アリス奥様」

「ありがとう、ピエールさん」


 ピエールはアリスがお茶を飲み始めたのを確認し「それでは私も少し休憩をいただきます」と言って部屋を出ていった。ジャクソンは昼寝中だ。


「アリス。少しでも君と一緒にいられて嬉しいな」

「私もよ、ウィル。今日は夕食まで会えないと思っていたから……」


 アリスがカップを置くとウィリアムはその手を握って蜂蜜色の瞳を向けた。もう片方の手でアリスの金糸のような髪の毛を梳くように滑らせている。

 その心地よさにアリスは吐息混じりに夫の名を呼ぶ。応えるように、ウィリアムはアリスの唇に自身の唇を重ねた。


「アリス、僕はもう君なしではいられないな」

「少し大袈裟な気もするけど嬉しいわ。私もあなたが大好きよ」


 ふたりは顔を見合わせて微笑み、時間が許す限り何度もキスをして、互いに心を満たし合った。


>>続く

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