第14話 アリスはアリスで癖がある

「エミリーおはよう。ジャクソン、今日も私と遊びましょうね〜」

「奥様、おはようございます。それでは今日もよろしくお願いいたします」


 朝。アリスはいつも通り書斎でジャクソンを預かり、一日が始まった。エミリーと出会って一週間。彼女は仕事中に息子の心配をしなくてよくなったせいか、顔色が良くなり表情も本来の明るさを取り戻したようだ。ジャクソンもアリスにすっかり慣れ、機嫌良く毎日を過ごしていた。


「アリス奥様、ついに使用人たちと面談することになったそうですね」

「ええ、あなたやファハドさんの思惑通りにね。ペースとしては順調かしら?」


 ピエールの淡々とした口調に、アリスは少し棘のある返事をした。やはり思ったとおりこの従者はアリスの行動を予測しており、エミリーと引き合わせるため他の使用人がいない時間帯に屋敷内をあえて走り回らせていたのだ。


「はい。我が王ファハド様の予測通りでございます」

「あっそうですか」


 涼しい顔で一礼するピエール。

 アリスは彼らの思惑を知ったときに抗議したが、その返事は「あなたが自力で使用人と関わることが大事なのです」と微笑されたことを思い出した。確かにその通りだとは思ったが、彼らの手のひらで踊らされていたような展開は正直面白くない。


「アリス〜!」

「ウィル、昼食には早いわよ。どうしたの?」


 アリスがぶすくれて口を尖らせていると、勢いよくウィリアムがやってきた。彼は意外にも数日でジャクソンに慣れた。かわいがるわけではなかったものの、人見知りすることは無くなった。昨日からはジャクソンの前でローブを脱いで過ごしている。


「だって、昨日はアリス忙しいからっ全然僕をかまってくれなくて……」

「ごめんなさい、ウィル。昨日はどうしても面談用の質問事項をまとめたくて、つい夜更かししてしまったわ」


 アリスは昨夜遅くまでベッドには入らず、書斎で使用人たちへの面談資料を作っていた。彼女が寝室に戻った頃にはウィリアムは眠りについており、恒例となっていたおやすみのキスができなかったのだ。


「だから今日はまだ早いけどアリスが足りなくなっちゃったんだ。補給させて」

「困った人ね、ウィル」


 縦に長い体を折り曲げグズる夫に、アリスは苦笑して肩をすくめた。両手を広げて「さあ、どうぞ」と言うとウィリアムががっしりと抱きついてくる。


「だめだ、足りない。これじゃあ……。そうだ、昨日の分もキスしてアリス!」

「ウィル? む、無理よ。ピエールさんだっているんだからっ」


 名案と言わんばかりのウィリアム。アリスはたじろいだ。

 ピエールが「席を外しましょうか?」と口角を上げている。しかしアリスはそれを真っ赤な顔で首を横に振り拒否した。


「ピエールさん、変な気をまわさなくて結構です!」

「……失礼いたしました」

「ええ、アリス〜」


 自分にべったりくっついて離れないウィリアムを引き剥がす。アリスは両手を腰に当て半べそをかく夫を睨みつけた。


「ウィル、駄々をこねないの。今日は早めに休むようにするから我慢してちょうだい。勉強にも差し支えるし、昼食まで書斎にはきちゃダメよ!」

「そんなあ……」


 ウィリアムは顎に皺を寄せ口角を下げた。自分よりずっと小柄な妻に気押されてしまう。


「わかったよ。仕事してくる……」

「またお昼にね」


 ウィリアムは「うん」と寂しそうに頷いてローブを纏い書斎を出ていった。

 ドアが閉まったあと、アリスは大きく息を吐いた。


「もう、ウィルの甘えたには困っちゃうわね」


 だがあそこまで好意をぶつけられ悪い気はしない。三人きょうだいの一番上で世話焼きのアリスにとっては、むしろ庇護欲を掻き立てられる。自分好みのイケメンからの溺愛はたまらないとすら思えた。


「アリス奥様、困っているわりに随分と目元口元が緩んでいますよ」


 隣から聞こえた指摘の声。アリスが声の方に顔を向けると、ピエールがふっと鼻から息を漏らしていた。


「そ、そんなわけないじゃないですか! ほっといてください!」


 アリスは羞恥心からみるみるうちに首から上が真っ赤に染まった。慌ててピエールから顔を逸らす。その熱を覚まそうと両手を扇いで顔に風を送り続けた。


(恥ずかしい〜。もう、全部ウィルのせいだわ!)


 そんなアリスの様子を、ピエールは涼やかに笑みを浮かべ、ジャクソンはベッドの柵を掴み立ち上がって注目していた——。


>>続く

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