第4話 金色の航海路

「わあ、本当に砂の上を滑っているわ」

「アリス! あまり身を乗り出したら危ないよっ」

「…………」


 アリスは身を乗り出し外を眺めた。一面に広がる砂の海を、二頭のシャラパカに引かれながら颯爽と進んでいく。 アリス、ウィリアム、ファハドの三人は砂漠に囲まれた国アラービヤ限定の移動手段、砂船すなふねに乗っていた。


「ねえウィル、シャラパカってラクダに似ているけど足の速さは馬並みね。風がとっても気持ちいいわ」

「シャラパカはラクダが高速移動のために進化した動物と言われていて、コブがない以外はラクダにそっくりなんだ。って、もう危ないからちゃんと座って!」


 窓から身体を出して風を感じるアリスを、ウィリアムが嗜めながら引っ張り込み席に座らせる。「はーい」と言いながらアリスは肩をすくめた。視線は窓の外だ。


 アリスの故郷ラウリンゼ王国には砂漠がない。粒子の細かい黄土色の砂粒が時折太陽の光を反射してキラキラと輝いている。気分は金の海を渡る航海士だった。少し暑いがカラリと乾いた風もまた心地よい。


「……ウィリアム、本当に連れてきてよかったのか? やはり屋敷に帰すべきでは?」


 ファハドが足を組み、頬杖をつきながら唇を尖らせていた。昨日アリスが実家に同行したいと申し出たとき、彼は断ったのだ。


「兄さん、その話はいいじゃないか。僕もこうして一緒に行くし。僕はアリスを信じるよ」

「ウィル、ありがとう」

「簡単に言いくるめられて……バカな弟だ」


 手を取り合い笑顔を交わすウィリアムとアリス。その向かいに座っているファハドは不満そうに鼻を鳴らしそっぽを向いた。結婚を承諾したとはいえ元は攫ってきたのだ。数日後に実家に戻したらもう帰らないと騒ぐかもしれない。ファハドは弟が傷つく姿を見たくなかった。


「ファハドさん、本当に私は逃げません。約束通り手紙も書きましたし、家族に正体も表しませんから……」


 アリスが困り顔でファハドに言った。変装し家族にバレないようにするのが、同行するための条件だった。アリスはファハドの言いつけ通り、男性従者用の白いシャツと幅の広いズボンに腰巻きをして、その上に袖がない黒のロングコートを着ていた。さらに白い帽子に黒い薄布で顔を隠す完全防備。話さなければ家族でも正体はわからないだろう。


「もし逃げたら、支度金もなくなるからな。ウィリアム、アリスから目を離すなよ」

「わかってるよ、兄さん」


 不機嫌な兄の顔色を窺いながら、ウィリアムがアリスの手を握り直した。彼女のことを信じてはいるものの、やはり家族との暮らしを望むかもしれないことが不安ではあった。


「大丈夫よ、ウィル。私はを取り戻して、あなたと一緒にアラービヤに戻るわ」


 アリスはウィリアムの手を握り返し彼に微笑みかけた。ラウリンゼに戻るのには目的があった。実家に置いてきたあるものを取り戻したかったのだ。


……ウェディングドレスのことだよね?」

「ええ、そうよ」


 ウィリアムの問いかけに、アリスは険しい表情で頷いた。

 元婚約者ハリーとの結婚式で着るはずだったウェディングドレス。仕事の傍ら自分で生地を選び、レースを編み、嫁入りする日を心待ちにしながら一年かけて縫い上げた。

 アリスはそれを、どうしても自分の手で取り戻したかったのだ。


「無事取り戻せるといいね」


 アリスの手を握り朗らかに笑いかけているウィリアム。強張っていた顔の筋肉が緩む。アリスは「ありがとう」と言ってウィリアムに笑顔を返した。


「できればあなたとの結婚式で着たいわ」

「今も綺麗だけど、ドレスを着たアリスはもっと綺麗なんだろうな。楽しみで仕方ないよ」


 アリスとウィリアムは互いに見つめ合い、昨日出会ったとは思えないラブラブっぷりを向かいのファハドに見せつけていた。彼は大きなため息を吐き窓から遠くを見ていた。


「そろそろ国境だ。お前たちも今は一応、男同士なんだからイチャイチャするなよ」


 アリスとウィリアムは慌てて握っていた手を離した。

 直後に砂船がスピードを落としていき、ゆっくりと停止する。続いてファハドの従者が乗った砂船も停まる。

 金の海の航海は終わり、一行は陸地に降り立ち馬車に乗り換え、アリスの故郷ラウリンゼ王国を目指した。


>>続く


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