クズが好きな社会人とスパダリ大学生
@koko-0102
段階を踏め!段階を!
昔から煙草やお酒やギャンブルなんかに憧れがあった。
煙草は吸えたものじゃなかったし、お酒は例えば女の子が男にぶりっ子する時に飲むようなお酒一本でべろんべろんに酔っちゃうし。
ギャンブルなんかは何が面白いのかまったく分からなかったけど。
それでも、それらに対する憧れは今も尚、20半ばになった今でも色濃く私の中に残っている。
だから、だからかな。
私が好きになる男は尽くクズばかりなのだ。
酒、煙草、ギャンブル、この三重苦が、私的クズの絶対的要因の3つが、揃っているような男ばかりなのだ。
今回の男も例に漏れずそうだった。
私は今回もやはり、彼の穴付きATMに過ぎなかったらしい。
さっき別れたばかりの、(別れたというのは私だけが付き合っていたと思っていた訳だから少し表現が間違っているかもしれない)彼にこっぴどく振られて弱いくせに嫌いじゃないお酒を8杯も飲んでフラフラになりながら給料の割に古い二階建てのアパートに帰る。
3回ぐらいゴミ箱に思いっきりぶつかって、その内の2回はゴミ箱にダイブしたし、階段を一段一段、コケないように上がっていたら脛を打った。
さんざんだ。
今日はデートだから、なんて思って1時間もかけて女性地下アイドルの可愛い曲を聞きながらデパコスでバッチリ仕上げたメイクも涙で落ちきってるし、髪もケープでまとめたのにもうベショベショだし。ある程度メイクは涙で落ちてるけどマスカラは残ってるからメイク落としはしなきゃいけないし。足は痛いし。
なんなら鍵も落としていたらしい。
今朝見た星座占いじゃ、5位なんていう別にそんなにアンラッキーなはずでは無い日な筈なのに。
時刻はもう11時過ぎで、大家さんに連絡だって入れられない。
かと言ってホテルまで行く気力も無い。
もういっそここで寝てしまいたいくらい。
やけくそになって鍵の掛かったドアをガチャガチャ音を鳴らして開けようと試みるも、まぁ当然の如く開かない。
これで開いたらそれはそれで問題だ。
「あかなーい!」
なんだかそんな不憫な状況が段々面白くなって、年甲斐にもなく大きな声をだして笑ってしまった。
そうしていると、ガチャ、と一つ音がして扉が開いた。
空くはずの無いドアと、お金も防犯ブザーもギリギリ罪に問われそうな武器も護身術も何も身につけていない私。
この間宗教勧誘しに来てたおばさんが言ってた通り、なんかよくわかんない刃物とか持ってた方が良かったかな、なんて少し思う。
「おかえり、随分遅い帰宅じゃないかい?」
ふわりと香る花の匂いと彼女のサラサラで長めのボブを羨ましいと思ったのはこれで8回目。
綺麗な流れ目と、私と違って高い鼻筋。
私のコンプレックスの丸顔と違って、シュッとした、いかにも勝ち組すぎる顔の骨格。
まつ毛なんて横から見たら毛量も長さも全然私と違っていて、何度かその横顔から目が離せなくなった事がある。
あまりに勝ち組すぎる彼女のその貌に見蕩れてしまいそうになるが、そこで我に返った。
「聞いて!鍵失くしたし彼氏に振られたしゴミ箱に突っ込んで怪我したし、階段で脛打ったの!!」
148で身長の止まった私をすっぽり覆い隠してしまえるぐらい大きくなりやがった、私より7つも年下の超お金持ちな私の幼なじみは、年に二回ペースで行われるこの行事にもう慣れっこらしく、彼女の胸に飛び込んだ私をしっかりと抱きとめてくれた。
「鍵は玄関先に落としていたよ。」
見上げればニコニコして、玄関横の棚を指さした。
棚には白と茶色のくまの色違いのぬいぐるみのキーホルダーが付いた鍵が2つ。
一つは私ので、もう一つは私が一人暮らしを始めた時に彼女に渡したもの。
これで鍵代がかからなくなったと、安堵のため息をつく間もなく、彼女からの苦い質問。
「で、だ。今日は何杯飲んだんだい?」
「そんなには……?」
「まさか、覚えてない程飲んだのかい?」
「ううん!それは神に誓って絶対ないよ!言ってもたったの8杯くらいしか飲んでない!!」
「しかじゃないだろう、全く…。」
そう言って私のほっぺたをぎゅーっと伸ばす。
ほっぺたを伸ばすな!丸顔が進行して楕円形の顔になってしまう!
そう思って私のほっぺたを伸ばすその手の首を掴んで制止しようとするが、私よりずっと力の強い彼女は止まらない。
「おしおきだからね。暫くはこうさせてもらうよ。」
そういえば私がこんな風に二日酔いになった時いつも介抱してくれるのは彼女でその度に彼女ともうヤケ酒をしないと約束をしていた事を思い出した私は、もう何も言えなかった。
――――
彼女が好きになった男がクズなのか、彼女が好きなのがクズなのか。
卵が先か鶏が先か、みたいな話だ。
特にギャンブルが好きなわけでも、酒が得意なわけでもない彼女がどうやってそんなクズを見つけて来るのか私には全くわからないが、例の如く今回の男もクズだったらしい。
初めて出来た彼女の彼氏も、そういえばクズだった。
私が数えて10歳の頃に、彼氏ができたんだ!といつもの3倍は明るい彼女に言われて、例の如く彼女の家に上がり込んで、対面したそいつ。
まぁ、初めはいかにも好青年ですみたいな顔をしていた。
私にも、「いつも彼女がお世話になってます」なんて、立派な彼氏面をしてきたぐらいだ。
お前より私の方が彼女の事を分かっているし付き合いだって私の方が長いし彼女の事をより好きなのは私の方だ、なんて小学生ながらに噛みつきそうになってしまったが、彼女のためとぐっと堪えたのも、今は懐かしい思い出だ。
それから何ヶ月かして、泣きながら彼女が私の元へやってきたのが、おそらく今も続くあの行事のはじまりだったと思う。
まだその時は追い越せていなかった、私より一回りも二回りも大きな彼女を宥めるのに私がどれだけ必死になったか。
「初めても全部持っていかれちゃった」
なんて、下手くそな笑顔で泣きながら言う彼女の言葉の意味が当時は全く分からなかったけれど、とにかく私の目の前で泣く、私の好きな人に笑って欲しくて、必死で私より体の大きい彼女を抱き締めていた。
当時から既に、元彼へ対してへの恨みつらみはさんざんあったけれど、やはりあの言葉の意味が分かっていれば、私は彼女の初めてを奪ったそいつを生かしてはおけなかったと思うから、何時もは憎い彼女との年の差をその点に置いてだけは少し感謝している。
彼女が20歳を迎えると、その行事にさらに酒で酔うというオプションがついて、さらに彼女の苦しみが尾を引いてしまうようになった。
それを見る度、思ってしまうのだ。
私だったら彼女にこんな思いをさせないのに、なんて。
子供の時から、ずっと彼女に自分を選んで欲しいと思い続けている。
だから、酔って、どうせ明日には記憶の無くなるという確信のある日にしか、私は彼女に告白は出来ないし、彼女がその告白に頷くことも無い。
「好きなんだ、君が。」と言えば、
いつもさっきまで泣きながら吐いていたのが、嘘のように、ニコニコわらって、私に言うのだ。「じゃあ大人になったら付き合ったげる。」
じゃあ、大人になるってどうゆう事なんだい?と聞けば、この間はブラックコーヒーを飲めるようになる事、彼女が20歳になったばかりの頃には、クラシックを分かるようになること、とふわふわしながら言っていた。
当の本人は、ブラックコーヒーは苦いから人間の飲み物じゃない!なんて言って飲めた試しがないし、クラシックなんて子供の頃から聞いている私と違ってショパンとバッハの曲の見分けもつかないだろうに、そんな事を言うのだから笑えてきてしまう。
「じゃあ、私がブラックコーヒーを飲めるようになったら付き合ってくれるのかい?」
「そりゃあ、もちろん!」
そう言って、少し背伸びをして笑顔で私に抱きつくのだから、つくづく彼女は恋愛強者だなと感心してしまう。
さて、ブラックコーヒーは飲めるし、クラシックも分かるようになって、来月誕生日を迎えて20歳になる私は、そろそろ君に選んでもらえるようになるだろうか。
――――
「それで?あなたのだーいすきな彼女さんとはそろそろ付き合えそう?」
中学からの私の友人は、割と興味なさそうに聞いた。
目に見えて落ち込んだ私をこれまたやっぱり興味なさそうに、目の前のグラスに入った氷をグルグルかき混ぜながら、フォローするように、
「だって、貴方その彼女さんが一人暮らしするようになってから、週に3回以上その子の家に居座ってるでしょ?いくら幼なじみっていう代議名分があるといえ、それだけの実行力があるなら告白どころかプロポーズぐらいしちゃえそうだけど」
なんて無責任な事を言った。
けれども、付き合いとはやはり恐ろしいものでそれは案外的外れで無い。
「そう、彼女にプロポーズしようと思うんだ。」
咳き込む音がして隣を見れば、飲んでいたロイヤルミルクティーを思いっきり喉に詰まらせたらしく、苦しそうにむせていたが、それでもこちらから目を見開いて離すことはなかった。
「今なんて??」
「だから、プロポーズしようと」
「なんで?今までの貴方からしてみれば、彼女さんに選ばれるのをじーっと待っていそうなのに。それに!大体、告白からじゃない?!どうして段階をすっ飛ばしているの?!」
「いや、彼女から選ばれるのを待っていては一生進展が無いと思ってな。それに、一刻も早く私の元に彼女を置いておきたくてね。」
「いや、別にいいのよ。貴方がそうしたいなら…いいんだけど、いいんだけどねぇ…」
なぜか、そう含んだ言い方をする彼女に少しの不信感を抱きながら、本題に入る。
「私とてプロポーズなんて一世一代の大勝負なんだ。だから親友としての君の意見が欲しくてね。私のプランを聞いてくれないだろうか?」
「いやプランも何も先に言いたいことが色々あるんだけど、いいわよ。聞かせてちょうだい?」
――
「えぇ、まぁ、そうね。流石って感じだわ。私は彼女さんじゃないからちょっとなんとも言えないけど……これ絶対断れなくない?」
「当たり前じゃないか、断れないようにしているんだから。」
「うっわ…性格悪ぅ…」
いつの間にか2杯目に突入していたロイヤルミルクティーを飲み干した彼女は、目を細くしてそういった。
――――
「ハッピーバースデー!!」
誕生日、ご両親と一緒に居なくていいのかと昨晩聞けば、生憎今週、両親は多忙で家に誰も居ないから、と家に泊まった彼女を朝一で盛大にお祝いする。
なんてったって、今日は彼女の20歳の誕生日。
いくら成人年齢が18になったとはいえ、お酒も煙草もギャンブルも全部20からな訳で、やはり20からが、大人って感じがする。
朝が嫌いで、いつもは布団を剥ぎ取っても起きない彼女が、今日は私のハッピーバースデーの一声でぱちりと目を覚ました。
整形を疑いたくなるほど美しい二重幅を持ったその目をぱちぱちと閉じたり開いたりして驚くのだから、可愛くてしょうがない。
思えば、ちょうど小学1年生の時にこの辺の住宅街には不釣り合いな程大きな隣の家に生まれてきた彼女とこうして20歳の誕生日を祝える程仲良くなったというのだから、感慨深い話である。
寝起きのくせに寝癖一つ付いていないその頭をさながら犬でも撫でるかのように、困惑する彼女を置き去りにするように撫で回す。
「なんだか、もうすっかり大人になったね!」
「そうだよ。それなのにまだ君は私を子供扱いする。」
そう言ってすこし拗ねる彼女が、世界で一番かわいい。
守ってあげなきゃいけない私の妹みたいな存在である彼女が愛おしくて、わしゃわしゃ頭を撫でて居ると、手首をぐっと掴まれて、そのまま彼女の膝の上まで抱き上げられた。
「どしたの〜?甘えたくなっちゃったぁ?」
誕生日だもの、いくらでも甘えていいのよ!なんてニコニコして待っていると、少しだけ苦しそうな声で、「着いてきて欲しいところがあるんだ」とだけ言われた。
「もっちろん!ハッピーバースデーガールの仰せのままに!」
「それでは、着替えて朝食を取ってから向かうとしよう。」
私が快く承諾すると、少し元気になって私が膝から降りてからすぐに着替えへと向かった。
――
おかしい。
7つも歳が離れていれば、人生経験というのは私が引きこもりでもしていない限り私と彼女には雲泥の差があるはずだ。
もちろん、私が人生経験においては上の方。
それなのに、それなのにだ。
今この場において圧倒的に経験が足りないのは私の方だった。
――
まず、さも当たり前のように本日のハッピーバースデーガールはタクシーを呼んだ。
根っからの貧乏性の私は、タクシー呼べるなんてすごいなぁ、みたいな小学生並みの感想しか出てこなかったので、乗れと言われるまま乗った。
運転手さんは、ハッピーバースデーガールが何処に行きたいのかを知っているのか、特に何も言う事は無く、車をずっと走らせる。
段々見慣れない風景になってきた頃、隣でソワソワしていた彼女が、私の引き出しの奥深くで眠っていたはずのパスポートを取り出して、私に渡した。
「え、今から私たちどこいくの?」
「……それは着いてからのお楽しみさ」
やっぱりいつもと何かが違うし、もし海外に行くとしても私お泊まりグッズなんて何一つ持ってはいないけれど、用意周到な彼女の事だ。
きっと、なんとかしてくれるはず。
なんて、年下を頼りにしている自分が少し恥ずかしいけれど、何処に行くかも聞いていなければ、何をするかも知らない私は、自分でどうすることも出来ないので、しょうがない。
最悪帰って来れなくなっても明日と明明後日は休みなのできっとそれまでにはなんとかできるはず。
というか、彼女もそれを見越して今日私をどこかへ連れ出そうとしているのだろう。
そう思って、私はどこか落ち着かない彼女を少しでもリラックスさせてあげようと、タクシーの窓を開けた。
――――
ファーストクラスって知ってる?
私は名前だけ知ってた。
いよいよ口数が極端に減ってきた本日のハッピーバースデーガールは、タクシーを降りると、そのまま飛行機のチケットを出して、爆速で飛行機へ搭乗した。
飛行機なんて高校の時留学して以来一度も乗っていなかったから、ワクワクが止まらなかったし、なにより案内された先がファーストクラスでとんでもなく煌びやかなものだから、年甲斐にもなくはしゃいでしまった。
というか、私が年相応に振る舞えたことなど最近は数える程しかないかもしれない。
「そんなに喜んでもらえたならよかったよ。」
これじゃ、どっちが誕生日でどっちが年上かわからない。
「えへ、はしゃぎすぎちゃったかも。」
急に羞恥心が来てそう言うと同時に、ハッとした。
そう、ファーストクラスってめっちゃお金かかる。
ファーストクラスに乗ろうと思った事がそもそも無いから、値段なんて知らないのだが、とんでもなく高いという事だけはわかる。
今までクズにばかりお金を回してきた私には貯金なんてほぼ無いし、下手すれば払えないかもしれない。
「ねぇ、ファーストクラスっていくらするか知ってる?私払えないかも…」
顔を青くしてそういえば、彼女はそれをみて少し声を抑えて笑った。
「ふふ、何も君がそんな心配をする必要はないよ。私が勝手に連れてきたんだ。私が払うに決まっているじゃないか。」
くそ、この金持ちめ。
いや、有難いけれども。助かるけれども。
やっぱり今日くらい私が彼女の立場でありたかったのに、なぜ社会人の手持ちが、大学生に負けてしまうのか。
つくづく理不尽な話である。
これがあれでそれがこれ?!なんて、一人初めての体験にドキドキしているとあっという間にフライトははじまった。
――
五時間ほどで着いたのは、フィリピンのボラカイ島だった。
プライベートビーチだというそこに着いた頃にはもうすっかり夕暮れ時で、海辺が綺麗に赤く染まっていた。
「私、今日ハッピーバースデーガールよりも楽しんでるかもしれない…」
横で白い帽子を被って歩いている彼女にそう言うと、「楽しんでくれているのなら本望だよ。」なんて言葉が帰ってきた。
いやはや、この子はどこに居ても様になるなぁ、なんて思って、靴を脱いで、ザワザワと流れる海の波を蹴りあげた。
さっきまではあんなに赤かった海が次第に重く暗くなった頃、一つおおきな破裂音がして、空に大きな花が咲いた。
咲いた花が、暗くなった海に反射して、なるほどこれを見るために彼女はここに連れてきてくれたんだなと理解する。
「凄いね〜!たーまやー!!」
ロマンチックな雰囲気なのに、それを打ち消すように放たれた、私の言葉に彼女はまた笑って、それで、私の手を取った。
「私と、結婚してほしいんだ。」
シンプルに、時間が止まった。
手の甲に、キスを一つした彼女が、暗闇の中でも花火に照らされてやっぱり様になっているのが美しくてなんだか本の中にいるようで、だからかな。
理由もわからない涙が出てきて、それをやっぱり見逃さなかった彼女は、指でそれを掬った。
「私でよければ」
とか、情けない返事しかできなかったし、年上なのに私彼女に全然尽くせなかったし、誕生日なのに私が幸せにしてもらっちゃったし、こんなことされるって気づきもできなかったから、何もして上げられなかったしで、やっぱり私は、今は私と同じように涙目になって、それでも必死に涙を堪える彼女に夜ホテルで寝る前に、言うのだった。
「段階を踏んで!段階を!」
クズが好きな社会人とスパダリ大学生 @koko-0102
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