アマドはイルマタルに嘘をつく
■
「地表火って、消火した後も落ち葉の中に火種が紛れて、再び発火することがあるんですよ」
消防隊の隊長であるトニが言った。
「その火種がないかどうかを調べるのも、俺たちの仕事なんですが……」
トニはガシッ! と、彼女の手を握る。
「一つもなかった! 素晴らしい! あれだけの火を食い止めた挙句、後始末も完璧だなんて! うちの消防隊に入って欲しいくらいだ!」
「おい」
勝手に手を握るな。
思わずトニの足を蹴飛ばしていた。トニが、「なんだよ。別にナンパしてるわけじゃねえぞ。嫉妬すんな」と言う。
「バカなこと言ってないで、早く質問しろ。呼びつけたのお前だろ」
「へいへい。……で、質問なんですが――」
そこからは、型通りの質問が始まり、ついに爆発について言及された。
「多分起爆スイッチが地面にあったと思います。爆風を起こして火の勢いを高める狙いだったのでしょう。テロの可能性も十分考えなくてはいけなかったのに、不用意にも入ってしまいました。爆発物を検査する機械も、そちらにあったでしょうに……」
申し訳無さそうに答えるイルに、いやいや、とトニが手を振って否定する。
「火が大きくなる前に消火しようと考えるのは当然です。俺らが踏んづけてたら、街が滅んでたかもしれませんよ」
「それはプロとしてどうなんだ?」
俺のツッコミをトニは無視した。
「それで……私、その手口をするやつらに、心当たりがあるんです」
恐る恐る彼女が言った。
「三年前、トリドを訪れた時のことなんですけど……」
……あ。
「あー!」
思わず叫んでしまった。
「るせえ!何だよ」
トニが噛み付く。
しまった。彼女には、時渡りの自覚がない。俺とルオンノタルで隠し通すことに決めたのだ。
だから十四年前のことは話さないと決めたのに、まさかここに来て伏線回収……! 確かに十四年前(彼女からしたら三年前)の手口と一緒だこれ!
「あ、あー! 確か、あれに似てる! 『子山羊』の手口と!」
「『子山羊』ぃ? 確かに似てるけど、それって十四年前には潰れてんだろ」
「模倣犯なんじゃないか? それとも、『子山羊』の残党がいるとか」
「『子山羊』って、あのカルト集団? 異能力者を『病』として扱って、治療するって言って法外な献金を要求したり、信徒が自爆テロを行った……」
彼女が尋ねてくる。そうか、表向きはそんな風に報じられてるんだ。氷の異能力と火の異能力の関係がバレてはいけないから。
「ああ。火の国を拠点に、世界中に点在したカルト集団だ」
……と言っても、宗教部分を担っていたのはトリド大聖堂の司教ぐらいだけど。
「一般的には信徒の自爆テロだと言われているが、本当のところは組織の命令で行われていたんだ」
「じゃあ……」
あの女の人も。口だけ動かして、彼女は言った。
安らかに眠った、黒布を被った女を思い出す。
火の国は大きい。そして、異能力者も多い。だが、全ての異能力者が歓迎されるわけじゃない。特に貧困層では、存在自体は知っていても異能力に対する知識がなく、また回路を開く経費もなく暴走する。
俺の場合、暴走で深い眠りにつく度、両親の雇った異能医によって、回路が少しずつ開かれていた。それを知ったのはルオンノタルの話を聞いた後だったが、イルが『回路が開かれている』と言っていたから、あの頃からすでに両親は俺のためにしてくれていたんだろう。回路の数が足りず度々暴走に苦しんだけど、死ぬことは無かった。
だけど貧困層の異能力者の中には、死に至るもの、あるいは身体不全になるものが多い。
さらに俺みたいに周囲を巻き込んで発火する異能力者は集団から排斥されるか、または海賊やマフィアに利用される。彼らは国に繋がる方法が極端に少なく、また、這い上がろうとしてもバックアップが足りず取りこぼされる者が多い。
そういう者たちを漬け込んで誘い出し、結果多くの火の異能力者がやつらの贄にされたのだった。
トニからの質問が終わって、俺と彼女はトリドの街を歩いていた。本格的に暑くなる前に帰らなければと思ったが、彼女は昼の街を物珍しそうに見渡している。
「……どこか行きたいところがある?」
俺が聞くと、彼女は「あ、いや」と言った。
「目的地があるわけじゃないけど、朝のトリドって初めて歩くから。本当にバルって、朝から空いてるんだなーって」
「入るか?」
「いや、メアリーさんたちがご飯用意してるだろうし……」
彼女の殊勝な態度を裏切るように、腹の音が鳴った。ごめん、と彼女が謝る。
昔は俺が見上げていたのに、今では彼女を見下ろしている。そこから上目遣いで照れくさそうに言う彼女……。
カッと頭が熱くなって、そのまま蹲る。
「ど、どしたのアマドくん。急に蹲って……」
「なんでもない……」
ホント、どうにかならねえかな、これ。
■
「このバルも変わっていないなあ」
彼女は頼んだチュロスを、ホットチョコレートにつけながら言った。相変わらずの甘党だ。
「三年前、ここに来たんだ」イルはそう言ってから、首を傾げる。
「でもこのバルの店主、ずいぶん白髪増えたなあ……? もう少し若かったと思うんだけど」
危ない。頼んだコーヒー吹き出すとこだった。
そりゃ、本当は十四年前も時間が流れてるんだから、店主も老けるわな。彼女が興味を示すからって、このバルを選んじゃいけなかった。何せこっちにとっては十四年前のことだから、どの店に入ったかなんてすっかり忘れてた。
「そう言えば、アマドくんのお家に、十三歳ぐらいの男の子っていたりしない?」
――ド直球で聞いてきた。
今度はちょっと変なところにコーヒーが入る。むせずには済んだ。
「昔トリドで会った時、男の子とこのバルに入ったの。で、その男の子の名字が『ディアス家』だって聞いたから」
本当に俺、これ隠し通せるのか?
心臓がバクバクしつつ、俺は、「いるけど」と答える。これはルオンノタルと打ち合わせ済みだった。
「今はいない。世界を旅してる」
「あ、そうなの? 元気にしてる?」
なんてない風に、彼女は尋ねてくる。
「私、彼とはぐれてそれっきりだったから気になって。ちゃんと家まで送るって約束したのに、できなかった」
ホットチョコレートを両手で包むように持ちながら、彼女は困ったように笑った。
「母さんが、『ちゃんとあの子は家に帰れたよ』って言ったから帰ったけど、どれだけ街を探しても見つけられなくて」
知っている。
三年前、ルオンノタルの通信機に、『イルが泣きながら帰ってきた!』という連絡が来た。それを聞いて、ルオンノタルはすぐに船に戻ったのだが、その際、俺もこっそり彼女の様子を見に行ったのだ。
髪も顔も背丈も服装も、思い出と少しも変わらない姿の彼女が、船の前で泣いていた。
――男の子がいないの、どこにもいないの。私が目を離したから、誰かに誘拐されたかもしれない。私のせいだ。
そう泣きわめく彼女に、ルオンノタルは大丈夫、その子はディアス家に戻ったよ、と慰めていた。
誰かが、自分のために泣いてくれたのは、あれが初めてだったから、よく覚えている。
「あれだけ怖い思いをさせてしまったのに、挙句の果てに目を離して一人ぼっちにさせて……嫌われても仕方ないことしたなあ、って」
「そんなことない!」
思わず強く否定してしまった。
そんなに自分を責めているなんて思いもしなかった。彼女は何も悪くないのに。
「……イルマタルさんが、どれだけ良くしてくれたか、あいつから聞いている」
俺は、今まで持っていた手紙を渡した。
それは、これから嘘をつくために用意していたもの。
彼女に時渡りのことを隠すと決めてから、架空の人間として、イル宛に書いたものだった。
「あいつから預かったものだ」
手紙をテーブルに置く。手を離すと、すぐに彼女が手紙をとった。
「……今、読んでもいい?」
俺が頷くと、彼女はすぐに封を剥がす。
二枚ほど認めた手紙を読んで、口を開いた。
「今、楽しくやってるんだね。よかった」
そこにあったのは、安堵の笑みだった。薄く膜を張った氷色の目を、乱暴にぬぐう。
これを考えた時、なんだか子どもにサンタの話をするようで居心地が悪かったが、彼女の安心した顔を見ると、書いてよかったと思った。
「そっかあ。今、世界中を旅しているんだ」
「ああ。だから、連絡もとるのは難しいと思う。会えるのも、何時になるかわからない」
だからもう、その少年が彼女の前に現れることは無いだろう。心の中でそう呟いた。
「うん。それだけ聞けたら、もう十分」
彼女は慈愛を込めた目で、手紙を眺めていた。
「私の事忘れるぐらい、たくさんいい出会いがあるといいな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます