アマドは、イルマタルに隠し通すことにした


 

 火の異能力者には熱を吸収する力がある。三年前、ルオンノタルはそう言った。


『火の異能力者が吸収しているのは、氷の異能力者から押し付けられるものだけじゃなくて、この熱帯化された世界全般の熱だ。熱を体内に溜め込み続けると、回路から発熱や発火という形で少しずつ放出される。本来熱は高い方から低い方へ向かうから、緩やかに氷の国に流れて冷却されるんだ。

「子山羊」は、火の異能力者に大量の熱を押し付けることで、氷の国へ流れていく熱を増やそうとした』


 まあ台風みたいなものさね、とルオンノタルが言っていた。


『莫大なエネルギーが動くから、現在の人間にはとんでもない負担がかかるけど、乗り越えられれば世界は一気に冷却される。そうすれば、永久凍土を凍らせて無理する未来の氷の異能力者と、その熱を押し付けられた火の異能力者の負担が減るんだ』

『でも、あんたらは「子山羊」を滅ぼしたんだろ』

『そうだね。結局、私もアマネセルも、知らない誰かより知っている誰かの生を選んだ。――彼らからしたら、死ななくて良い人間を殺しているんだろうね』


 難しいね。ルオンノタルは、形の整えられた柳眉を下げる。

 まるで絵画の中の聖母のような表情だった。


『彼らは未来を守るために現在いまを犠牲に。私たちは現在いまを守るために未来に負債を押し付けている。

 どれだけ理想を描いても、私たちは結局、誰かを犠牲して生きているんだろうね……』






 それを聞いて、ふと、思った。

 多分、俺は本当は、十歳の時に死んでいたんじゃないだろうか。『子山羊』の考え通りに、世界の温度が下がって、生きられる人も増えたのかもしれない。

 それを、未来から来たイルが助けて、歴史を書き換えた。――それによって死ぬべきだった俺が生きて、生きられるはずだった人間が消えたんじゃないか?

 真相はわからない。これは俺の想像だ。俺たちには、歴史が変わった瞬間を観測する術がない。だけどもしそうなら、彼女はとんでもない天秤を背負わされている。

『人を助けるのに理由なんてない』と言った彼女が、誰かを助けるたびに誰かを見捨てているとわかったら、その盾を振るうことが出来るのだろうか。


 ……きっと、傷つきながら盾をふるうのだろう。彼女は、そういう人だ。

 どんな人間でも、どんな結果になるとしても、必ず彼女はやり遂げるだろう。


 だから俺は、隠し通すことに決めた。今年十三歳になるという少年をでっち上げて、手紙を書いた。

 とんでもないことをしている。彼女の異能力は、誰より彼女自身が知る権利があるというのに、嘘をついてまでそれを奪っている。

 それでも俺は、彼女に傷ついて欲しくなかった。

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