アマドが結婚した理由は、三年前にある①
カバディ。
火の国の南東部で有名なチームスポーツ。鬼ごっこに例えられ、「カバディ」と言いながら行う。
というのは、さておき。
先に諦めた彼女が、「アマドさんにお願いしたいことがあるんだ」と言って、少し首を傾げた。
「なんか『アマドさん』って呼び方、しっくり来ないんだよね。なんて呼べばいい?」
その問いかけに、俺は面食らった。呼び方に許可取られたの初めてだ。
「別に、好きに呼んでいいけど……」
俺がそう言うと、じゃあアマドくんで、と彼女。
それがお願いなんだろうか、と思ってると、「昨日の山火事のことなんだけどさ、ああいう現場を調べる人っているよね?」と彼女が言った。
「ああ。街の消防隊が出火原因を調べてる」
「その人たちと、会って話すことできないかな?」
真面目な顔で、彼女は言った。「出来れば、現場で聞いてみたいことがあるんだ」
話が早い。元々その話をするつもりでここに来た。消防隊に、俺も彼女も呼ばれているのだ。けど。
「イルマタルさんは身体は本当に平気なのか? なんなら、通信機で話を聞くことも出来るわけだし」
「通信機越しだと、においとかがわからないから。もらったお薬のおかげで、喉も良くなったし。……あ」
「?」
彼女はいたずらっぽく舌を出して言った。
「お礼言うの忘れてた。――助けてくれて、ありがとう」
揺れた髪先に触れながら、彼女が笑う。
「……どうしたの?」
「なんでもない。気にしないでくれ」
両手で飛び出そうな心臓を抑える。飛び出てなかった。よかった。
メアリーが俺に近づいてきて、彼女には聴こえない声でぼそりと言った。
「その体たらくで、よく結婚しようと思いましたね」
もう少し交際期間とか設けるべきだったのでは、と付け足されて、俺は反論できなかった。
……別に結婚しようと思ってしたわけじゃないのだと言ったら、メアリーからどんな罵声を浴びせられるんだろうな。
◆
『君がアマドくんだね』
そもそもの始まりは三年前。誕生日とともに家督を継いだ俺の前に現れたのは、彼女――イルマタル・タハティの母親、ルオンノタルだった。
ルオンノタルは、自分は俺の両親の友人だと言って、『ご両親によく似てるね』と笑った。
『……もしかして、お会いしたことありますか』
ゆるやかなハシバミ色の髪に、大きな目。平均的な成人女性より、少し低い背丈。
親父たちの友人と名乗る彼女は、俺と年齢がそう変わらないように見えた。
『ん? いや。君がお母さんのお腹の中にいる時は会ったことあるけど、生まれてからは初めてだよ』
あっさりと否定されても、俺は既視感を感じずにはいられなかった。間違いなくどこかで会っている。けど、どこか違和感を感じた。
それが彼女の母親だったからということに気付くのは、すぐ後のことだ。
『ディアス家を引き継いだ君に、話すことがあって来た』
来客用のソファに座るルオンノタルは、特殊な民族とはいえ、貴族階級でもない一般人だ。それなのに優雅な所作は、まるで貴族か王族のようだった。俺が貴族である方が嘘のようだ。
整えられた爪を手すりに立てて、まず、とルオンノタルは艶やかな唇を動かした。
『火の国の異能力者に置いて、火の異能力を持つ割合は、どれぐらいか知ってる?』
突然の質問に訝しげながらも、俺は答えた。
『八割。次に風の異能力者、ごく僅かに草や治癒とかの異能力者がいますが、ほとんどは火です』
『その通り。じゃあ、氷の国の異能力者は?』
そう尋ねられて、俺は考えた。……そう言えば、氷の国の異能力者の割合はちゃんと勉強していなかった。
『実はね、氷の国において、氷の異能力者は三割程度。実は水とか風、そして火の異能力者の方が割合として多いんだよ』
そう聞かされて、俺は絶句した。
火の国の方が異能力者の母数が大きいのに、その割合は少なすぎる。
『なんでこの話をしたかって言うとね、氷の異能力がどう発動しているか、に繋がるからなんだ。
氷の異能力者は、自分が認識した範囲で「熱を奪」って冷却する。じゃあ、その奪った大量の熱はどこに捨てているか?
……この世界に存在する、大量の火の異能力者に押し付けているんだ。よって火の異能力者は、
ルオンノタルが、目を伏せて言う。
『先の大戦が始まった本当の理由は、熱を押し付けてくる氷の異能力者の排除を願った、主に火の異能力者で成り立つ反氷派が始めた破壊工作と情報操作だった。けど、これは後で伏せられた』
『な、なんで?』
『氷の国には永久凍土が存在しているから。――氷の異能力者が異能力を発動させて冷却しないと、その氷が溶けてしまう。そうすると、その氷の中で眠っていた未知の病原菌とかも復活して、今度こそ世界が滅亡する可能性が出たから』
これが大戦をやめる理由になったんだと、ルオンノタルは言った。
『氷の異能力者と火の異能力者の関係が明らかになってしまったら、また同じことを考えるテロリストは必ず出てくる。
代わりに友好対策として、氷の異能力者と火の国の異能力者の計画的な移動を行った。それが親善試合とパーティーの目的。これによって、付け焼き刃だけど火の国の気候変動がゆるやかになることが望まれた。
……けど、更にもっと過激なことを考えるヤツらが現れたんだ。そいつらの組織名は「子山羊」。火の異能力者に全ての熱を押し付けてしまえば、世界の気温を下げることができると考え、「生贄」となる0歳から十歳までの火の異能力者を誘拐、人体実験を行った』
ルオンノタルは一度言葉を切り、一つため息をついて、俺にこう言った。
『アマドくん。――君も、「子山羊」に誘拐された一人だったんだよね』
……今度は、俺がため息をつく番だった。
はい、と。俺の声は、ほとんど声になっていなかったが、ルオンノタルには届いていた。
『君は、ご両親にも打ち明けなかった。自分の身に、何が起きたのか』
言えるはずがない。
赤ん坊の時に誘拐されて五年間、親の顔も知らずに育った。その間、教育されたことは、「お前が死ぬことで世界が救われる、お前が生きていると死ぬ誰かがいる」ということ。
その時は理屈は全く分からなかったけれど、そのことを誰かに話せば、「世界のために死んでくれ」と言われると思った。俺にとって親は他人も同然だ。意識朦朧とするまで熱が暴走するたび、自分の死が近づいていると思った。けど、誰にも話せなかった。
誰かに近付けば、異能力の暴走で、誰かが火に巻かれてしまう。俺を化け物のような目で見てくる。
それが腹立たしくて、憎くて、世界中から「とっとと死んでくれ」と言われているかのようで。
幼い俺は、その憎悪のあまり、他者を巻き込んでトリド大聖堂を燃やし尽くしたのだった。――初めて悪意を込めて燃やした、正真正銘の化け物になった。
そうだ。だから、十一年前のあの時も。ものすごい熱が身体を走って、死ぬと思った。けど、こんなに世界から死ねと言われて生きるぐらいなら、その通りにしようかな、なんて。
だからあの時、誰かが助けてくれるなんて思わなかった。
あの時、助けてくれた、彼女の名前は……。
『君のご両親は、全部知っていたよ』
ルオンノタルは穏やかな口調で言った。
俺はビックリして、顔を上げる。
『君に何が起きたのか、どうしてそこまで異能力が暴走するのか、自分たちに対して心を開かないのか……。
でも、そのことを君が気づいたら、さらに君を追い詰めるだろうって、言えなかった。君が苦しんでいるのを見て、助けられない自分たちを責めていたよ。
それでも、君が大人になって笑っているところを見られて、本当に嬉しいって言ってた』
さて、とルオンノタルは立ち上がった。
『話はそれだけ! 帰るね』
『へっ? ……その話をするためだけに?』
『そっ。私一応、君の後見人なんだよ。君の成人祝いと、その親御さんの憂いを晴らすためにね。お互い、秘密をずっと隠すつもりだったみたいだし。それってお互いに良くないじゃん? 言いづらいけどさ。
とにかく君は、愛されてるんだってことを伝えたかったんだよ。知らんおばさんに言われなくともわかってるみたいだけど。
じゃ! 実は久しぶりに会う娘の約束破って来ちゃったんだよね。マジで嫌われる前に帰るわ』
そこは娘の約束優先しろよ。
と言おうとして、早口で流れたセリフを処理し終えた俺は、驚きのあまり飛び上がった。
『娘さんいるんですか!?』
『いるよそりゃ。君より二つ年上だけどね』
……そうか、同じぐらいの娘さんがね。とてもそうは見えない。
でも違うよな。計算は合うけど。ルオンノタルは彼女に瓜二つだけど、確か彼女の名前は……
『イル、じゃないんだよな……』
昔話をして、記憶の扉が開かれたのか。
ずっと探していたのに、今じゃ顔も名前も忘れていた彼女のことを、ようやく思い出した。
そうだ。彼女の名前はイルだ。ルオンノタルじゃない。
すると、ルオンノタルから笑顔が消えた。
『……なんで君、娘の愛称を知ってんの』
ルオンノタルの目は、薄い水色ではなく、緑色だった。
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