第二話 アマドは妻に秘密にしていることがある

アマドはこれまでのあらすじを振り返り、イルマタルに追い詰められる。

 ――二週間前。

『いい加減、腹を括ってください、アマド様』

 メアリーが厳しい顔で俺を見る。


『もう十分待ちました。アマド様が、イルマタル様に、結婚を申し込んだのですよ。それなのに、なんも言わず初夜をすっぽかし、一週間も妻を放置とはなにごとですか』


 離婚されてもおかしくないんですよ、とメアリーが釘を刺す。わかってるさ。わかってるけどさ。

 絶対平静に保てない。さっきから彼女の顔を思い出しただけで、自分の指先がゆらめいている。


『異能力のせいでイルマタル様を傷つけてしまうと思うなら、ちゃんと説明すればいいじゃありませんか。イルマタル様が目の前にいると、愛が溢れて異能力が暴走しますって』

『さすがにそれは恥ずかしすぎるんだけど!?』


 思わず叫ぶと、「チッ」とメアリーが舌打ちする。俺お前の雇い主だよな?


『このヘタレ思春期メンタルが……相手のことより、自分の羞恥と見栄と保身をとるんですか。慣れない土地、慣れない環境で体調を崩している新妻に気遣いどころか放置なんて、最低すぎます。クズですよクズ』


 正論すぎてぐうの音も出ない。

 二週間前に会った時も、後ろ姿を見ただけで頭から火が出そうだった。気配に気づかれてこっちに向かってきた時は、全身が火照って、発火を抑えるのに必死で『近づくな』と言ってしまった。その後電撃と言っていいスピードで結婚を申し込んで置きながら、結婚して一週間も放置。我ながら酷すぎる。

 ……よし。彼女のもとへ行こう。

 そう覚悟を決めて、執務室を出ようと立ち上がった瞬間、部下たちから連絡が来た。



『アマド様ぁー! アマネセル様が旅先で海賊とやり合って全治二週間の怪我をー!』

『さらにアムス様が現地の女性に刺されて流血事故を起こしましたー!』


 ……クソがッ!



 ■



 俺がトリド公爵とディアス家の当主を引き継いだのは、今から三年前、成人の儀を行った時だった。その前はアマネセル・ディアス――俺の親父がトリド公爵とディアス家当主だった。

 父親と言っても、親父は今年で七十五。ジジイと言っていい。

 けどこのジジイ、年齢を理由に俺に仕事を押し付けた割には、年齢なんて考えず旅先で暴れる。結果、その後始末として俺の仕事が増える。

 なお、アムスは親父の部下で、歳は親父より二歳年上。女に手を出すのが生態みたいなやつだ。話術もたくみで女からもモテるが、その分度々刺されて、結果俺の仕事が増える。

 とにかく仕事を勝手に増やす困ったジジイどもだが、親父たちの証言がきっかけで、ディアス家の領海を荒らしていた海賊たちを一掃できた。タイミングが滅茶苦茶悪かったけど。アムスがちょっかいかけた女とは調停手続きを行った。傷害罪だけど、アムスにとっては擦り傷程度だったし、だいたいアムスが悪い。むしろこちらが慰謝料を払った方がいいレベルだ。反省しないからな、このジジイは。悪気も悪意も一切無しなのが困る。

 そんで海の荒天をなんとか掻い潜って、ヘトヘトになって帰ったら、「アマド様には失望しました。イルマタル様、家出するってよ」と書かれたメアリーからの置き手紙が。慌てて妻の部屋に向かうと、部屋はもぬけの殻。メアリーもいなかったので、俺は一気に血の気が引いた。これ三行半ってやつか。

 館を飛び出して街中を駆け回っていたら、トリド大聖堂の近くのオリーブ畑付近が燃えていることに気づいた。駆けつけたら何と探していた妻がいて、しかも爆発に巻き込まれていた――……というのが、先日のあらましだ。





 そして今、俺は、彼女の部屋の前にいる。

 ちゃんと彼女と話をしないと。あと、彼女の怪我の具合も。一応医師からは大丈夫だと言われたが、後からどこか痛かったりするかもしれない。

 ここで決めなきゃ本当に腰抜けだぞ。またいつクソジジイが問題起こすかわからないし。

 覚悟を決めてノックしようとした時、扉の向こうから、メアリーの声が聞こえた。


「イルマタル様は、アマド様に嫌われていると思ったことはないのですか?」


 お前は何を聞いてるんだ。

 と思ったけど、そうだよな。普通「近づくな」とか言われた上、三週間も放置されたら、嫌われていると思うよな。「なんで結婚申し込んだ?」って思うよなフツー。

 盗み聞きみたいな形で悪いと思いながらも、俺は心臓をバクバク言わせながら彼女の返答を待った。


「え、全然?」


 あっさりと、彼女が言った。

「これだけ放置されてもですか?」

「だって衣食住はちゃんとしてもらってるし、使用人のみんなにも良くしてもらってるし、昨日はアマドさん助けてくれたし」

 嫌われると思える余地ないけど? と、よく通る声で彼女が言った。

「それにメアリーさん、『拒絶』じゃなくて『放置』って言葉を使ってる。前者じゃないんでしょ?

 なら、その理由もなんとなくわかるんだ」


 その言葉に、ドキリ、とした。

 理由がなんとなくわかる? 理由って、俺が彼女を好きすぎて、異能力が大暴走してることか? 本人にもバレてんのか!?


 はあ、とメアリーのため息が聴こえた。

「人が良い、と言われることありません?」

「えー。私、わりと自分勝手な方だと思うよ?」

「そうでございましょうか?」

「私さ、自分も痛い思いをするのも嫌なんだけど、他の人が痛い思いしてるの見てるのは、もっと怖いんだよね。だからついいらないお世話しちゃうんだ」


 彼女は笑い声に、寂しげな色を混ぜていた。


「私の助けなんていらない、自分の力でなんとかできるから邪魔するな、って言われたこともあったな」


 ……頭の中で、針で刺すような痛みがする。

 その痛みに気を取られて、俺は、彼女がこちらへ向かっている気配に気づかなかった。


「そんなことをのたまった人間がいるんですか」

「でも、その気持ちもわかるんだよね。私も、自分の力でやりたいことを、母さんに先回りされてキレたことあるし」

「おや。イルマタル様も怒るのですか」

「怒るっていうかまあ……反抗期?」


 そう言って、ガチャリ、と彼女はドアを開ける。

 水色の大きな目に、俺の顔が映る。


「あっ」

 お互いの声が重なった。


「なんだ! 誰か立ってるなー、って思ったら、アマドさんだったのかー」


 ニコー! とまるで太陽のごとく輝かしい笑顔を浮かべる彼女に、思わず俺は顔を逸らした。


「? アマドさん?」

「な、なんでもない」


 そうだったこの人、人の視線や気配を瞬時に感じ取ることで有名な警備員だった。

 それなのにこの警戒のなさはなに。なんでこんな「信頼してます!」ってオーラ出せるんだ。俺部屋の前で立ち聞きしてたんだけど!?

 ハッ! と、彼女が顔色を変えた。


「もしかして、また異能力の暴走!?」


 昨日みたいな! と続ける彼女が、慌てて俺の腕をつかもうとする。

 反射神経で、俺は後ろに下がった。

 ポカン、とした顔をする彼女だったが、すぐに距離を詰めようとする。なんで!? あんたに触られたら異能力暴走するんだけど!? わかってんじゃねーの!?

 俺は彼女が近づくたびに後ろに下がる。

 中腰の状態で、じわじわ、と近づき離れる俺たちを見て、メアリーが、


「カバディですか?」


 と呆れていた。

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