イルマタル、トリドの街を歩きながら、思い出を語る。
「あれがトリドの観光名所、トリド大聖堂です。巨大な尖塔とたくさんの円柱のアーチで有名です」
「うわー! 大きいー! 見上げると首痛いー!」
「これはガスパチョ。冷製スープです」
「トマトのスープかあ。冷たくて美味しい!」
「ここはセル・ウン・ソル広場です。建物内は昼夜問わず、ショッピングを楽しめます」
「うわー、服からスイーツまで!」
「あ、チュロスある! チュロス食べよう!」
「さっきジェラート、召し上がれましたよね? ケーキもプリンも食べていたし」
「え、何か問題がある?」
「……もしかしてイルマタル様は、かなりの甘党ですか?」
「さっきのイカの揚げ物もだけど、やっぱりシーフード美味しいね」
「さらにパエリアまで……晩の食事も召し上がった上で……」
「え、メアリーさん多かった? じゃあ私が食べ」
「いえ食べます。まだ晩御飯食べていませんし」
「なんだメアリーちゃん、ご飯食べてなかったのかい?ほら、サービス。しっかり食べるんだよ」
「ありがとうございます、セニョーラ」
「お願いがあるんだけど、お酒、買ってきてくれない? 私未成年に見られちゃって……」
「そう言えば、イルマタル様のご年齢って確か」
「二十六」
「……わたくしより六歳年上なのですよね」
「え!? メアリーさん、私より年下なの!?」
と、ほとんど屋台ご飯のガイドになってしまったけれど、私はとても楽しかった。
噴水のヘリに腰掛け、慣れない靴の疲れを癒しながら、私は尋ねる。
「色々食べたけど、やっぱりオリーブオイルって沢山使うんだね、火の国」
「氷の国では使わないのですか?」
「ここまでは使わないなー……トリドは、オリーブオイルが有名なんだよね」
「はい。あちらの山の方に、オリーブ畑がございます」
メアリーさんが差した方向――トリド大聖堂の隣を見ても、暗くてよく見えなかった。昼間に見に行きたいな、オリーブ畑。
「それにしても、イルマタル様はこの街に来られたことがあるのですか?」
「あ、わかる?」
「ええ。尾行している際、あの複雑な路地を通っておきながら、迷わなかったのが気になって……」
さきほど通っていた時も土地勘がある様でしたから、とメアリーさんは言った。
「うん、三年前にね、ここに来たんだよ。プチ家出で」
「氷の国から火の国まで行くのが、プチでございますか」
「あれ、知らない? 私、人生の半分は船の上で育ってるんだ」
「……船の上、ですか?」
うーん、ディアス家には、私のプロフィールは伝わってないのかな? 結婚相手の情報が共有されてないなんて、貴族のお家としちゃずいぶん杜撰だ。
まあいいか、と思って、私は続けた。
「私の実家――タハティは、世界のあちこちを旅する一族なの。で、母が久しぶりに時間が空くっていうから実家に戻ったのに、母さんったらドタキャンして。ちょうどトリドで泊まっていたから」
「今みたいに、トリドの街を駆けたと」
「そ。……それで、男の子を助けたんだよね」
多分、十歳くらいの。
身体から火を出していたから、火の異能力者なのだろう。火と同じ色の赤い目は、燃え盛るような生気はなくて、枯れた木の洞のような、乾いた深い闇を持つ子だった。
手をかざすと、その時できた火傷がほんの少し見える。私が火の異能力で火傷した時、あの男の子は洞のような目から、すごく戸惑って泣きそうな目をした。すぐに、優しい子なんだな、ってわかった。
その子とは色々大冒険をした後、はぐれてしまったんだけど。
だから竜提督と呼ばれる彼に会って、ビックリした。その男の子にすごく似ていたから。
私が突然の結婚を受け入れたのは、彼があの時の男の子に似ていたこともあった。何かの縁だと思ったのだ。
あの子は、元気だろうか。今はきっと十三歳。成長期真っ盛り、身長も伸びただろうな。
「そうは言っても、三年で大分変わったから、驚いたけどね」
「そうですか?」
「うんうん。まさか三年で、こんな大きな建物が出来るなんて!」
そう言って、私はトリド大聖堂を指さす。
「……え?」
メアリーさんが戸惑った顔をした。どうしたんだろう。
視線をトリド大聖堂から、少しずらしてみる。真っ暗な闇の中、目をこらすと、オリーブ畑があると言われた先に、ちらほらと赤い何か……。
「あれ、もしかして山火事ってる?」
「山火事、ですね……」
山火事、起きとる。
メアリーさんが立ち上がった。
「イルマタル様、いますぐ館に戻りま、」
「メアリーさんは周辺のみんなを避難させて」
メアリーさんが言い切る前に、私は遮る。
「私は自分の身ぐらい守れる。でも、これだけの人が逃げようとしたら、集団パニックが起きるかもしれない。多分ここに居るみんなは、山火事に関する避難訓練は受けていると思うけど」
集団パニックは一人二人死ぬところじゃない。数々のイベントの警備員をしていた私は、その恐怖がよくわかる。主にハロウィンとか音楽祭とか夏至祭りとか冬至とか。
「メアリーさんはディアス家の人だってみんなわかってるみたいだから、他の人たちにも避難誘導をお願いして。私じゃ、知らん人間の言うことだし、逆にパニックを招くかも」
「……承りました」
くれぐれもお気をつけてお帰りください、と言って、メアリーさんは走っていく。
……さて。
私は山火事の方向を見た。
「いっちょ山火事、抑え込みますか」
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