イルマタル、メアリーにアマドについて尋ねる。
「席、座っていい? もう座ってるけど」
「……お気づきだったのですか。私の尾行に」
メアリーさんがメガネを外して尋ねる。私は肩をすくめた。
「これでも長いこと警備員やってたから、視線とかには敏感なんだよね。もっとも、あなたもかなりのやり手のようだから、すぐに連れ戻されると思ってたんだけど」
しばらく歩いても、一定の距離を開けながら見ているだけなので、声をかけたのだ。一人ご飯は好きだけど、せっかくメアリーさんがいるなら一緒に食べたいし。
メイド服を着ていたメアリーさんも、今は私と同じように上半身はピッタリと、腰から下はフリルがたくさんついたドレスを着ている。違うのは、私はピンクで、彼女は真紅。私が着てもオシャレ覚えたてな女の子にしか見えないのに、メアリーさんが着ると艶かしい女性に見える。悲しい。
オレンジジュースに口をつけると、メアリーさんが口を開いた。
「プライベートのお時間も必要かと思ったので。護衛のため、失礼ですが尾行しておりました。……申し訳ございません」
その、とメアリーさんは恐る恐る言った。
「氷の国の異能力者は、暑さで身体が溶ける、とうかがったので……」
思わず飲んでいたジュースを吹き出すところだった。けど変に気管に入って、しばらく咳が止まらなかった。
「けほっ……もしかして外に出るなって、私が溶けると思ったから!?」
「は、はい……」
気まずそうに頬を染めて俯くメアリーさんに、私は思わず笑ってしまった。
「た、確かに熱に弱い氷の異能力者は多いけど、溶けるまではないから! 氷や雪に体を変えることは出来るけど、熱にやられたら異能力が解除されるだけだし! 肉体は普通に酸素65%炭素18%水素10%その他もろもろで出来てるし!」
「む、無知で申し訳ございません……」
「あはは! そりゃ、滅多にいないし! しょーがない!」
いくら異能力者の移動が頻繁だと言っても、実際異能力者と会えるかは別だ。なんせ数は普通の人より少ないわけだし。
バシバシテーブルを叩いて、ひたすら笑ったあと、私は涙を拭ってメアリーさんに聞いてみた。
「もしかして、アマド……さんも、私が溶けると思ってるから会わないのかな?」
「え……」
「ほら、全然会わないし。話す時も遠いところからだし」
異能力の暴走を経験してるなら、氷の異能力者が火の異能で溶けると恐れていても不思議じゃない。
うんうんと頷くと、メアリーさんはなぜか、
「アーソウデスネ。ニタヨウナモノカモシレマセン。トケルノハアマド様デスガ」
と、カタコトで答えた。なんでカタコト。
「その、アマド様の対応は、イルマタル様にとって心証が悪いと思われますが。アマド様は、イルマタル様を嫌っている訳では無いのです」
うん、まあ、三週間も放置されたあげく、ドタキャンは悲しいけど。自分のせいで溶けると思ったらそう近づけないよね。コミュニケーションが欲しいところだけど。
「ねえ。メアリーさんにとって、アマドさんってどんな人?」
「わたくしから見た、アマド様ですか?」
少し考えてから、メアリーさんは言った。
「太陽のような方です。いつも明るくて、豪快で、寛大な。海の男を体現したような」
「……おう」
初めて会った時の印象と調書の内容とは、ずいぶん違う。もっと神経質な人間だと思っていたんだけど。
私がそう言うと、「確かに、幼少期は人と関わることを拒絶していたようです」とメアリーさん。
「わたくしは三年前からディアス家に勤め始めたので、それ以前のことは伝聞でしか存じませんが」
「そうなんだ」
まあ竜提督と言われるぐらいなんだから、人と全く関わらないなんてことはないか。人と関わることに、何か踏ん切りのつく出来事があったんだろう。
「ただ、中身はナイーブと言おうか」
「?」
「いえ。これは、わたくしの立場から申し上げることではありませんでした」
お口チャック、とメアリーさん。面白いなこの人。館だとピシッとしてて緊張していたけど、肩の力が抜けた。
「ところで先程、アマド様がディアス家に到着されたと連絡がありました」
「本当!?」
なんだ、今日帰って来れたんだ。もう少し館にいたら会えたんじゃないか。そう考えると、自分の感情的な行動が申し訳なくなった。
「わー! 申し訳ない。いますぐ館に戻るよ」
「いえ。このままいましょう」
立ち上がった私の腕を、メアリーさんが引っ張って止める。
「アマド様は、こちらに向かっているようです。このまま帰ると、すれ違ってしまいます」
「あ、そうなの?」
私は素直に受け取って座る。
「ええ。ですから、このまま街を探索してみませんか?」
「え……こっちに向かってるのに? アマドさん、私たち探すの難しくならない?」
「だからですよ。散々こちらを振り回したのですから、こちらも振り回さなくては不平等ではありませんか?」
ニコリ、と笑うメアリーさん。……なるほど。どうやらメアリーさんは、アマドさんにとって頭の上がらない相手とみた。
あと、私を気遣ってくれているのもわかる。三週間放置されたことも、ドタキャンされたモヤモヤも、すっかり晴れた。でも、今はもう少しこの街を歩いてみたい。
「エスコート、お願いしてもいい?」
私が尋ねると、「喜んで」とメアリーさんが言った。
「まったく……いい加減、もだもだせず腹をくくれば良いものの、いい歳して思春期男子なんだから……」
歩いている時、メアリーさんがそうぼやいたことは、私は知らない。
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