その七


 「ちなみに君の愛称サラダ食べ放題だから」

 「最高。同名のバンドのライブに行ったら盛り上がる」

 「じゃあ、バンド組もうよ」

 「科白が雑なんだよ。前世からやり直せ」

 学校の校庭で俺とサラダ食べ放題は夕陽を見ながら、バスケットボールのゴールを凝っと見ていた。漫画やアニメや映画で知っている、インターネットでも一部で有名な話だけれども、小柄な繊細なアスリートがたった一人で練習していると、膝が笑い、唐突に死にたくなった、と云う。そのとき目の前の空間から腕が生えて、アスリートの頸を絞めたらしい。何処かで聞いた話で似たのがあるからどうせパクリだろうが、絞殺されかけたアスリートはマゾかな、と思った。

 「俺の友だちの話なんだけど、或る占い師によると、友だちの前世は中世の貴族らしいよ。中世ダークファンタジー的世界観かな」

 「阿呆が。生き残るのは実力のある者だけだ。おまえみたいな雑魚は即退場なんだよ」

 「そんなバナナ」

 夕陽が傾き、夜の底がチラチラと見え始めた。今後ともヨロシク、という仲魔みたいなノリで。

 「月が、浮かんでる」

 「それ、誰に言ってんの」

 「チャットで知り合った女性のブログに月が見れない、って言ってたんだけど、わかる?」

 「わかんない」

 「んん、おじさんそろそろ帰ろっかな」

 「帰れヒグマの餌め」

 「妙に機嫌悪いね」

 俺は景色を描写するのに必死なんだ。

 「変な想像してんじゃねえぞ、変態」

 「誰が……」

 と、その続きの科白は、薄暗い夜に呑まれた。

 夜が来た、と鳥たちも歌う。電線に留まる鳥の歌が深海の半魚人の歌姫の歌みたいな歌が、俺のデバイスから流れた。つまり、着信音だ。

 「もしもし」

 「いま、忙しい?」

 俺がサラダ食べ放題を見やると、サラダ食べ放題は頸を横に振った。

 「加護さん、今女子小学生と遊んでるんですよ」

 「待っててね、今警察に通報するから。このロリコンめ」

 結局、俺と加護さんは他愛ない話しをだらだらと続け、いつしかサラダ食べ放題は家に帰った。悪いことしたかな、と反省するが、加護さんは姉の友人であり、少し癖の強いところはあるが、中々興味深い人物で、断りずらい、という漫画の一コマみたいな事情がある。

 「では」

 「うん、またね」

 電話を断ると、サラダ食べ放題の姿はない。メールすると、一と言だけ返って来た。

 ――今度、何か奢れ。

 「焼肉でも行く?」

 と、メールすると、

 「ロンモチだよ、キミィ」

 と、返って来た。

 扉を稍々乱暴にノックする音が聴こえる。

 「まさか……」

 と、俺は意味のない独り言を呟いて、扉をひらくと、密林の配達員が居た。

 「お荷物です、ここにサインを」

 「はい……」

 荷物を受け取り、扉を閉める。部屋まで運び、段ボールをあける。

 早速この世界の真相に迫ろうじゃないか……と、内心格好を附けて、箱をひらくと、普通にマルセイユ石鹸が入っていた。

 コミュニケーションツールが、起動し、メッセージの着信を知らせる通知音が鳴る。

 (面倒だな……)

 俺はシカトした。既読スルー。

 ちらりと見ると、

 「今日、何の日か、知ってる? おまえの命日だ。どう? このネタは」

 最悪、と思った。クソ面白くもない。

 俺は最悪な気分の儘、

 「サイコ―です、加護さん」

 と、返事を打った。

 いやいや、皮肉が通じる相手でも無いのだけれども。

 「そんなに褒めたって、何も出ないよ」

 そんな低俗な下心は無い。真顔で返事しているのか。デバイスが見知らぬ電話番号を、その液晶画面に表示した。誰だ?

 「はい、鬼龍です」

 「私だけど、わかる?」

 「どちら様でしょうか」

 「意地悪だな。わかってる癖に。そんなんだから、お前の頭蓋骨はひびが入ってるんだ。で、天才風吹かせるのが、お前の伝統芸なんだよ。そんでもって芸術とか知ったかぶって、私小説なんか書いてるんだろ、哀れなヤツだな。お前の眼は乾いてる。当り障りのない会話が、コミュニケーションのツボなんだ。要するに、命知らずな恋愛は、蛮勇なのさ。っふ。一つ、教えよう。告白した者は、神父を殺さなければならない。理解できてるかな? つまり、人間なんて滅亡すべきなんだ。いつか、その愚かな悪魔の所業から、亡ぼされる宿命なんだよ」

 「そんな訳ないだろう。この地球上の生き物が一体どれほどの労力を使っているか、想像が附くか? わからないだろ? 俺もさ。いつか、俺にこう言った女がいる。私が死んだら、悲しい? ってね。俺は、こう言った。悲しいね。それが、あんまり悲しくて、泣きそうだ。その女は嗤ったよ。俺は理解に苦しんだね。だって、俺が命をケズッて言った科白を嗤うなんて、それは、俺が死ぬほどいやなことなんだ。家の庭か、何処かで、小さな虫がいる。そいつを殺すか生かすかは、自由だ。君なら、どうするんだろう? 殺すしかないなら、俺は少し呼吸を止めて、生きる苦しみを思い出してみたいんだ。けれどもそんなのは、生きてる者の傲慢な、僥倖だよ。それは、結局はブラフなんだ。と同時に、フロックに過ぎない」

 俺はこんな殺伐とした会話を愉しみたい訳じゃなかった。だのに、俺としたことが、なんて間抜け面を世間様に晒しているのだろう。

 「嘘だな。おまえの嘘には胃の底がむかむかする。いいか、二度とそんな嘘を吐くなよ。お前の嘘を数えてやる。

 一つ、お前の声は震えてた。私にとって、擦れ声は、自信のない根拠だ。

 一つ、文脈が滅茶苦茶だ。お前の言いたいことは何一つ呑みこめない。

 一つ、私にとって、嘘っていうのはね、私に理解しがたいものなんだよ。でね……」

 俺は遮って、

 「魚が、泳いでる。その魚をグチャグチャにしてみたら、何が出てくると思う? 草薙の剣みたいな宝剣が出てきたら、面白いのにね」

 「なんの話?」

 俺は苦笑した。俺は焼き肉店の店員が猫背なのを気にした。

 「でさ、この肉旨いね」

 「んん、肉で懐柔しようなんて、スイーツ(笑)みたいに甘い考えは捨てた方が身の為だ」

 「なら、代金を払うんだな」

 俺は、微笑を零した。やっぱり、未だ子供染みたところがある。

 「うそつき。こういう会話がすきって言ってたのに」

 俺は親の教育が恐ろしくなった。

 「俺がいつ、そんなことを言いましたか」

 「お肉美味しいね」

 お互い会話から逃げつつ肉を頬張る愚策を張り巡らしているらしかった。そんなギャグセンスの片鱗を周りに示している場合ではない。お笑い芸人ならともかく、俺とサラダ食べ放題は下手打つと兄妹に見えるという死角が存する。俺は、この子は妹ですよ、という科白を心で反芻していたが、その科白を実際にくちにすることはなかった。無事に会計を終え、駐輪場に行くと、自転車がない。

 「ない……」

 俺は唖然とした。

 俺とサラダ食べ放題は二人乗りで帰った。中途、警察署の横を無警戒に通ると、案の定注意されて、やめた。

 「やっぱ肉は消化しづらい。食ったあとは言葉が鈍る。頭脳も休憩モード。血液も胃にいって、食物の栄養を吸収するために使われるからね。脳に血液が少なくなるから、回転が遅い。私の臆説を言うと、頭皮を動かす訓練をするといいよ」

 「そうか? 先刻の警察官、一寸ガタイが善かったな」

 「やっぱ高給取りになると、いいもん食ってるってことでしょ」

 「焼肉また行こうなって言ってんだよ」

 「ハズい」

 俺とサラダ食べ放題は、学校の校庭でだべった。俺はデバイスで今ハマってる現代ホラーRPGを立ち上げ、プレイヤーに「魔石」と呼ばれる課金アイテムを課金で入手し、ガチャを回したりした。

 「あ、クリア」

 と、俺は言った。

 「花だな」

 サラダ食べ放題はそう言って、路傍の花に、礫をそっと。

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レイチェル・デ・ドランの手記 小松加籟 @tanpopo79

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