その六



 おれのようなクズに、チャンスなど一生ない。デタラメ許りの新聞をリビングで読み、おれが近所のスーパーでシールを集めて交換したコップを片手に、室の裡をうろちょろと、いつもの日常風景を描いている。

 机上のノートパソコンをひらいて立ち上げ、壁紙を茫漠と見詰めた。壁紙はアンドロイドの女の子で緑いろを基調としたイラストで、武装している。ネットで、偶々拾ったイラストだが、クオリティーは高く、お気に入りのフォルダに入っている。

 そのお気に入りから拝借した形になるが、別のイラストでも別段よかったりする。壁紙でも、変えようかと思い、ロボット娘のフォルダをひらき、色々と見てみるが壁紙にする訣でもない。

 カレンダーを見ると、今日は祭日だった。休みの日に何をするかと言えば、平日と何ら変わりない通常運転だが、たまには、優雅な休日を、過ごしてみてもいいかもしれないと思った。

 近所の小学校の校庭でボードをやろうと思い立ってからの行動はイマイチ鈍いけれども、おれの動きはいつも鈍いから通常業務であって、休日の校庭はがらんとしていた。

 この小学校に通っている児童と親が連れたってサッカーをしていた。ボールが、おれの足許に転がって来た。

 「すみません、ボールもらえますか」

 と、小学生の児童が言った。

 「何してんの」

 「サッカーです」

 「俺も混ぜてよ」

 「やです」

 女子小学生は舌を出して、シンプルに断った。

 左様ですか、とおれは独言のように呟いて、ボード遊びの続きに興じる。

 デニムのポッケからデバイスを取り出して、時刻を確認すると、夕陽が殊更暮れ落ちて、デバイスをポッケに差し込んで戻して、校庭をぐるりと一周すると、女子小学生が、おれの傍に駆け寄り、

 「お父さん、帰っちゃったの」

 「ふーん」

 「遊んで」

 おれは膝を折って、

 「でもね、お兄さんは忙しいのよ」

 「おじちゃん、ヒマそうなのに……」

 「おじ……、お兄さんね」

 おれは顎をさすった。老け顔かもしれないが、おじちゃんと喚ばれる年齢ではない。

 女子小学生はおれの腹に正拳突きを喰らわして、早口に、ほぼ次のように言った。

 「童貞の癖に、家に帰ってオナニーでもしてろよ。そうして虚ろな時間を浪費してろ。私と遊ぶ機会なんて滅多にないのに、お前と来たらその好機をフイにして平気な顔をしてやがる。その傲慢さが、お前の人生を、退屈なものにしてるんだよ。お前の頭蓋骨に降りかかった不幸は私の機嫌が悪いってこと。私の幸せは誰かと遊ぶ、それ以外何もない。要するに、お前の選択は、この私と遊ぶしかないんだよ」

 「お前って言うな」

 と、おれは言った。

 「おじちゃん、ヒマでしょ?」

 「お兄さんはボード遊びに熱中してるの。また今度遊ぼうね」

 「厭だああああああああああああああああああああああああ」

 女子小学生は駄々をこね、仕方なくおれは遊ぶことにした。デバイスの連絡先を交換して、別れ際にまた遊ぶ約束をして帰った。家に帰ると先刻の女子小学生のメルアドを確認し、さっそくメールしてみる。

 「家に着いた。そっちは未だ学校?」

 五分後くらいにメールの返事が来た。

 「家でベンキョウしてるよ」

 「偉いね」

 すぐに返信したが、メールが来ない。と思いきや、振動したデバイスの画面を見やると、サラダ食べ放題と云う適当に附けた女子小学生の綽名が表示されていた。

 「もしもし」

 「もしもーし、あのね、ベンキョウ教えて」

 「やだよ、面倒くさい」

 おれは即答した。

 「けちくせー野郎だな。そんなに面倒なら次会ったときは息の根を止めてやる。そんで天国に行けば幸運だったと泣いて喜ぶだろうよ」

 おれは家の戸外に出て、花壇に腰かけた。

 「ふー、とんだ暴風雨に攫われたらしい。このおれとしたことが、なぜこんな災難に……? 明日を占う奇跡の名草でもない限り、今夜は死が笑い転げるだろうよ。けれども、明日は晴れかもしれない。ひょっとすると、詩が待っているかもしれない。つまり、詩人が……。朧ながら、奇跡の名草の学名を、憶えていない。もしも、かような誘いが許されるとしたら、おれは太陽にこう誓うだろうよ。鳥獣に餌を遣れば、たちまち常世だ。まあ、百戦錬磨の野獣でも美女には敵わないのだろうよ、蒼味がかった黒髪のエイリアンにでも懇願して、生命維持装置を外せば結局は死が笑い掛ける。それにしても、なんて遣る瀬無い花が咲き誇る花園だろうか。こんなにも花が蠱惑的に咲くのなら、俺の呼吸を止めるのも容易いだろうよ。嗚呼、こんな愚痴をごぽごぽくちびるから零すのなら、俺のいのちも秒で終わりだ。なんてこった、それほどまでに魔界の剣士が俺の剣技を捌くか。どこまでも人を馬鹿にする花だ、ええい、引き千切ってやろうか」

 そんな台詞はこけおどしだった。花が、風に揺られたなら、赤子が揺り籠で笑うに等しい。余興に期待しよう。

 おれは花壇から立ち上がると、デバイスが鳴った。

 「今からクイズを出します。真夜中に漂う星々の光りが何万年かの時を経て、人間の眼に、映るのですが、ではそんな星々から襲来した宇宙からの異邦人が、刃物を所持してあなたの眼の前に立淀む場合、何が正しいか答えよ」

 おれは眉をひそめて、

 「んん、そんなもんカンタンだ。刃物を奪って海外まで逃走するんだ。そしてパフェを喰う。なんて素晴らしい一日なんだ、神に感謝し、その居所を暴いて、裏切り者ごっこを楽しむ。そんな一瞬でつらぬけるような顔をしないでくれ」

 「どこまで馬鹿なのか。お前の脳みそに一発撃ち込めばお前の人生が終わりだ、それほどお前の脳内はお花畑ってことだ。わかったが、この粗大ごみ野郎が」

 耳を疑った。このおれが粗大ゴミ? どこのどいつだ、そんな与太話に附きあうヒマなどない。

 「いいだろう、小学生の分際で、このおれに喧嘩を売るとは、いい度胸だ。先ず、闇夜に乗じて不意打ちすればいい。おれを、もしかしたら、倒せるかもしれないからな」

 「私の手にかかれば、お前の命なんて余りにちっぽけってことに、早々に気附くべきなんだよ」

 「殺人鬼の足許の水溜まりに踏み込めば、名前を思い出せるような気がする」

 「え? 私の名前、忘れちゃったの」

 「無論憶えてる」

 「無名だよ。単に名無しって意味だけどね。ネーミングセンスがお留守なのでね……」

 「はあ……、そんなら磨き方でも教えてやろう。女性の後ろ姿を見蕩れる勿かれ。いや、つまり一しょに遊ぶ相手が欲しいんだろ?」

 「その目ん玉を抉り出してガラス瓶に保存しといてやろうか。まア、遠慮すんな」

 おれのストレージが満杯だ、誰か空き容量を増やしてくれ。忽然と行方を晦ますような浮浪者でも模糊として敬語を使うだろう。

 「降参だ、答は?」

 「絵を描いたら、タイトル附けてやるよ」

 花壇の煉瓦から腰を上げ、この世界で、遂に悟ったおれは、

 「左様ですか」

 と、ぽつりと言った。

 いつの日か見た夜空が、玲瓏たる満月の、曇天垂れ籠める月夜に煌めくような星々の夜空が美しさと正しさを確かめて、赤子の笑うに等しい。朧ながら、幸せを貪るのは人間のみ、然し夢で見た夜景色が裏切りを許すのならば、誰しもが常世で微笑むだろう。人間よ、太陽たれ。

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