第32話 女剣客と女死霊使い、必死の攻防そして……

 「……エンジュさん、やめて!」


 腕から鋭利な刃を生やしたゾンビモンスター、デッドベイブの攻撃を捌きながら、槐堂 円珠へ止めるように叫ぶ。

 だが、私の叫びは彼女の耳に届くことはなく、攻撃の指示を出していった。


 ——首だ!首をねらえ!あの女の首が飛ぶところを見たいぞ!

 ——エンジュ様すてきでございます!

 ——ふははははははは!私は血に飢えとる!さぁ、吹き出す血をみせてくれ!

 

 「わかったわ……」

 

 エンジュさんはしきりに自身のスマホを見て、不適な笑みを浮かべていた。


 「悪いけど、リスナーのみんなが望んでるから、あなたの首、いただくわ……!」 

 「ぐがあああああ!!!!」

 

 エンジュさんの声に反応してデッドベイブが両腕から刃を生やすと、素早く交互に振り上げた刹那、私の顔の横を何かが通りすぎていった。

 

 「……斬撃!?」


 すぐ後に、頬に熱い感触を覚えて手を添えると、掌が赤く染まっていた。

 どうやら先ほどの斬撃が頬を掠めた時に切れたのだろう。


 「スシャアアアアアア!!!!」


 私を傷つけることに喜びを覚えたのか、デッドベイブは両腕の刃を薙ぐと、先ほどと同じように斬撃が飛んできた。

 

 「……そう何度も当たるつもりはない!」


 刃を振り落とした軌道を読み、斬撃を避けると同時に私もモンスターに向けて、刀を振り上げて衝撃波を放つ。

 衝撃波はモンスターの脇腹を掠めると、ドボドボと音を立ててドス黒い液体が流れ始めた。

 だが、苦しむ素振りなど見せることなく、こちらに向けて斬撃を飛ばし続けていた。


 「さすが、話題の女剣客ね……」


 フロアの奥でエンジュさんが不敵な笑みを浮かべながら、デッドベイブを姿を見ていた。

 至る所から黒に近い液体が流れていた。


 暫くの間、互いに向けて、斬撃と衝撃波が飛び交っていた。

 あちらもそうだが、私もそれなりにダメージを負っていた。


 床には斬撃で切り刻まれたジャケットの切れ端やパンツの破れた生地が散乱しており、そこには赤い血も混じっている。

 

 ——大丈夫だ! 女剣客もダメージを負っている!

 ——さぁさぁさあ! 首を吹き飛ばせ!

 ——あの女の首から大量の血が吹き出るところがみたい!


 「大丈夫よ、貴方ならいけるわ……」


 エンジュさんがデッドベイブの体をゆっくりと抱きしめていた。


 「グギャアアアアアア!!!」


 デッドベイブは突如大声をあげ、両腕に刃を生やし猛スピードでこちらへと駆け始めた。

 動きが単純のため、タイミングを合わせて斬り抜こうと、柄を力強く握ると……


 「ウインドカッター!」


 後ろから聞き覚えのある声がすると同時に後ろから風を感じ、咄嗟に軸をずらす。

 その直後、風の刃がデッドベイブへと飛びかかり、片足を切断していった。


 「……隙ありッ!」


 デッドベイブが怯んだ隙を見逃すことなく、焔纏刀を振り上げると、片腕が吹き飛んでいく。

 その際に、刀身を纏っていた炎が移ったのか、空中を舞っていた腕は激しく燃え上がっていった。


 「オルハさん……!」


 後方から息を切らしながら、シオンが私の元へとやってきた。

 

 「う、うわオルハさん、だ、大丈夫ですか!?」

 『オルハちゃん、大丈夫なの!?』


 シオンとアイリスはほぼ同時に驚きの声を上げていた。

 今の状態を見れば驚くのも無理はないかも。


 ——女剣客さん、傷だらけじゃねーか!

 ——誰かここに回復魔法を使える人はいないのか!

 ——ってか何だあの化け物は!?


 「そんなことって……!」


 床に崩れ落ちたモンスターの姿を見て、引き攣ったような声を上げるエンジュさん。

 すぐに駆け寄ってモンスターに向けて声をかけていた。


 『あの女……あの動画の!』


 インカム越しにアイリスの驚く声が聞こえてきた。


 「……アイリス知ってるの?」


 インカムの主に声をかけるも、返事が返ってくることはなかった。


 ——あーあ、ダメか。

 ——つまんね、クソしてねるか

 ——それじゃあの

 ——今日も血を見ることはできないのか


 「う、うそ! リスナーの数が減っていってる……!」

 

 エンジュさんはデッドベイブの体をさすりながら、スマホ画面を覗き込むと体を震わせていた。

 

 「……エンジュさん?」


 刀を鞘に納めてから彼女の元へ近づこうとした。


 「こ、こないで……!」


 エンジュさんは青ざめた顔で私の方を向くと、大声を上げていた

 

 「だ、大丈夫だから、私はまだ終わっていないから!!!」


 狂乱じみた声を上げながらエンジュさんはバッグから黒い石を取り出していた。


 「さぁ、これを取り込みなさい!!」


 エンジュさんが黒い石を掲げると、紫色の光を放ちながらデッドベイブの体へと取り込まれていった。

 

 「グ、グゴゴゴゴゴゴ!!!」


 すると切断された足と手がゾモゾモと悍ましい音を立てながら切口から生え始め、みるみるうちに元通りになっていった。


 「さ、再生したんですか……!?」


 その様子を見て、シオンが驚きの声を上げる。


 ——おっ、まだやれそうじゃねーか!

 ——あっぶね、パソコン閉じるところだったぜ

 ——もっと俺を興奮させてくれえええええ!


 エンジュさんはすぐにスマホの画面を見ると、青ざめていた顔がみるみると赤みを帯びていった。


「まだまだ終わっていないわ……」


 こちらをじっと見たエンジュさんはこちらに向けて白く細長い指をこちらへと向ける。


「私は……自分のためにもこんなところで負けるわけにはいかないの!!」


 彼女の悲痛とも思えた叫び声がフロア内にこだましていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「ふふっ……うふふふふっ、エンジュったらうまくやっているじゃない」


 遠く離れた場所で胸元を強調させたドレスに身を包んだベローズがエンジュの配信を大画面に映し、真っ赤なワインを味わいながら見ていた。

 

 「こんな所にいたのか、まったく呼ぶなら場所ぐらい言ってもらいたいものだね」


 ベローズの後ろに何者かが姿を現していた。

 黒を基調としたローブ姿の鮮血を連想させるような真っ赤な髪。

 少年のような顔つきをしているが、頭部から伸びた太い角のせいか、そう見ることができなかった。


 「うるさいわよ、ガーベラ」


 来客に対し、気だるそうな表情を見せるベローズ。

 その様子を見ていたガーベラと呼ばれた男は彼女の言葉を気にすることなく、空いている椅子へと腰掛けていた。


「で、これが君のみつけた人間かい?」


 ガーベラは大画面を見ながらベローズに話しかけていた。


「へぇ、いい感じにリスナーを集めてるね、これなら奴らへぶつけれるだけの戦力になりそうだね」

 

 ガーベラはワイングラスと取ると、ベローズの飲んでいたワインをグラスに注ぐ。


「あーあ、僕のもうまく行ってればこれぐらいになったのかなぁ」


 グラスに口をつけたガーベラは笑いながら画面に目を向ける。


「それなら、殺さなければよかったじゃない、言ってくれれば死霊にしてあげてもよかったのよ?」

「時間があればお願いしてもよかったけど、ヤツらにバレそうだったからさ」

「あら、珍しくヘマでもしたのかしら?」

「あの時、人間たちのではない回線があの場所に混ざっていてさ、さすがにびっくりしたよね」

「人間たちの回線ではないってまさか、アイツらの独自回線が……?」


 先ほどまではワインの味に酔いしれていたベローズだったが、ガーベラを睨みつけていた。

 

「おそらくね、あの男は弱いからヤツらに捕まったら簡単に言ってだろうね」

 

 ガーベラは屈託のない笑顔で答えると、自分のワイングラスの中身を飲み干す。


「ちなみに、この子のリスナーの割合はどうなっているんだい?」

「どういうこと?」

「人間とそうじゃない物の比率だよ」


 ガーベラは興味津々な子供のような表情でベローズのグラスにワインを注いでいた。


「そういう意味なら、あの子のリスナーには人間は存在しないわよ」


 ベローズは不適な笑みを浮かべながら画面を見ていた。


「ってことは応援しているリスナーは君のコレクション達かい?」

「そうよ、もちろんあの子は知らないわ」

「それじゃ配信をやらせる意味がないんじゃないか?」

「そんなことはないわよ」


 ベローズもワイングラスの中身を全て飲み干す。

 それに気づいたガーベラは彼女のグラスにワインを注いでいく。


「あの子は自分の願いのために私と血の契約を結んでいるのよ」

「契約ねえ……」


 腑に落ちないといった表情を浮かべながらガーベラは自分のグラスにワインを注ぐ


「リスナーを満足することができればあなたの願いを叶えてあげるって」

「ふ〜ん、できなかったら?」

「あの子が私のコレクションになってもらうわ」


 ベローズはワインを口にしながら画面の先で争うエンジュの姿を見て妖艶な笑みを浮かべていた。


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