第29話 女剣客、無双する
「13階到着しました!」
下北沢ダンジョンの入り口から13階に到着すると、目の前に『13 FLOOR』と書かれたポータルへと視線を向ける。
——おっ、下北沢ダンジョンだ!、シオちゃん、女剣客さんちゃーっす!
——久々の配信だぁぁぁぁ! 2人に会いたかったぞ!!!
——2人はワイの癒しやー!
——今日はどこまで行くのか楽しみだぜ!
——道中気をつけるんじゃぞ!
スマホの画面には毎度のごとく、大量のコメントが流れ始めていた。
流れが早すぎて追うことは全くできないけれど。
「なんかダンジョンくるのも久々ですね」
『シオちゃん、レポート全部終わった?』
「何とか終わりました……これで単位落とすことはなさそうです」
——ツブヤキッターでみたよシオちゃん、レポートお疲れ!
——レポートか、懐かしいなあ
——レポート……うっ! 頭が!
——提出期限伸ばしに菓子折り持って教授の部屋行ったのもいい思い出だ
肩を落としながら答えるシオン。
彼女の言う通り、ここ数日この下北沢ダンジョンに来ることができていなかった。
理由は先ほどアイリスの指摘通り、シオンが授業のレポートを溜め込んでいたからだ。
「オルハさんはレポート終わったんですか!?」
「……いつも言われてからすぐやって終わらせてる」
——女剣客さんマ!?
——優等生か!?
——レポートすぐやる人、実際にいるとは思わなかった
——才色兼備の持ち主か、女剣客
——剣もすごくて綺麗な顔立ちって弱点ないのか!?
「ホントそう思いますよね〜」
画面を見ていたシオンは私の顔を見るとすぐに大きくため息をついた。
『どうやらこの先に階段がありそうだね』
周囲に気を配りながら13階を進んでいくとインカム越しにアイリスが話し出した。
「珍しく1本道だったから、これで行き止まりだったらどうしようもないですよね」
「……そうね」
もちろん、そんな不安は杞憂に終わり、アイリスがさし示した場所に下へと続く階段を発見し、降りていく。
「うわっ……!?」
先を歩いていたシオンが最後の段で立ち止まっていた。
「……どうしたの?」
シオンに声をかけながら正面に目を向けると大量のゾンビたちが徘徊していた。
軽く数えただけでも10体近く確認できた。
——うげえ、ゾンビパニックか!?
——俺いつから、ゾンビゲームの実況みてたんだ?(困惑)
——スピーカーから腐臭がしてきそうだ
——おいバカやめろ、飯が不味くなるだろ!
『すごいことになってるけど、大丈夫そう?』
インカムからの極小カメラからアイリスも確認できたのか、心配そうな声をあげていた。
「……せっかくだから、これを試すいい機会」
そう言うと私は、月華ではなく先日受け取った焔纏刀へと手を添える。
「それってたしか、ミナトさんの打った……!」
「……そう」
短く返事をすると、集団から外れて徘徊しているゾンビに狙いをつけて、走り出した。
——ちょ、女剣客さんが走り出したぞ!?
——もしかしてまたあの剣舞が見えるのか!?
——この前は1体だったけど、今回は平気なのかよ、たくさんいるんだぞ!?
——なーに、我らの女剣客さんがゾンビなんかに負けはせんよ
——後方腕組み彼氏面のやつがいて草
狙いをつけたゾンビは私の姿に気づかないのか、口から唾液を垂らしながら歩いていた。
刀身が届く範囲まで近づくと鞘から抜ける状態にして力強く振り上げる。
肉を斬ると同時に刀身に炎が纏い、一瞬にしてゾンビの体が炎に包まれてチリチリと音を立て、燃え上がっていった。
——ふぁ!? ゾンビの体が燃え出したぞ!??
——ちょっとまて、炎はどこからでてきやがった!?
——斬りつけたと同時に炎がでたような気がしたけど、どうなんだ!?
——もしかして、女剣客さん魔法剣が使えるようになったとか?
全てを燃やし尽くすと、炎は静かに消えていった。
いつものように刀身についていたものを振り払う動作をすると纏っていた炎が一瞬で消えていった。
「……さすが、ミチ爺に鍛えられてるだけはあるね、ミナト」
同郷の顔馴染みに礼を言いつつ、前方に目を向けると残っているゾンビたちが一斉に私の方へと近づいてきた。
もしかして仲間がやられたのを見て弔い合戦のつもりなのか、定かではないが。
「……これならいける」
もう一度、柄を強く握ると再び刀身に炎が纏い始める。
そして、大量のゾンビに向けて刀を薙いでいった。
「……これで最後!」
大量にいたゾンビも気がつけば最後の1体。
大きく刀で斬りつけると、他のゾンビたちと同じように炎柱をあげて燃え上がっていた。
『おつかれオルハちゃん、リスナーさんたちがさっきから大賑わいだよ』
刀身に纏っていた火を消すために大きく振り払っていると耳元に拍手の音と一緒にアイリスの声が聞こえてきた。
「……そうなんだ」
周囲にモンスターがいないことを確認してからジャケットのポケットからスマホを取り出して画面を見ると、大量のコメントが画面の右端から左端へと流れていた。
相変わらず何が書いてるのかわからなかったので、すぐにしまうと、階段の付近にいるシオンの元へと向かっていった。
「お、オルハさん! 見てくださいよこのコメントの嵐!」
シオンは興奮気味にデコレーションされたスマホを突きつけてくる。
「どうなっているのか、教えてくれってコメントが多いんですけど、さすがに言っちゃダメですよね?」
シオンが小さな声で言ってきたことに対して私は静かに顔を横に振った。
刀身の部分の鉱石はダンジョン管理局が認可していないダンジョンで見つけてきたものだ。
そんなところに入ったことがバレてしまった場合、私たちのライセンスが剥奪される可能性がある。
「残念ながら企業秘密だそうです!」
——ズコー!?
——仮に教えてもらっても俺らじゃできそうもないしな
——んだんだ
——誰かさっきの切り抜きあげてくれないかな、思い出しただけで鳥肌が立ってくる!
どうやらリスナーたちは納得したのか、コメントが荒れることはなかった。
「まだまだ終わらないですよー! 14階進んで行きますよ!」
小型ドローンに向けて話しかけたシオンは先を歩いていった。
『なんかこのフロア、ゾンビ多くない!?』
アイリスが叫び出すのも無理はない、14階を歩き始めてから遭遇するモンスターが全てゾンビだからだ。
焔纏刀のおかげで、ある程度簡単に乗り切ることができたが、なかったことを考えると恐ろしく感じてしまう。
——とあるゲームなら女剣客さん、ゾンビキラーの称号ゲットしてるよな
——一家に一台女剣客さん!
——虫キラーみたいないいかたすんなし!
——女剣客さんは色んなものから守ってくれるぞ!
——って考えると傍にいるシオちゃんがうらやましい!
「うへへ、羨ましいですよね♪」
横でいつもとは違うの声が聞こえていたので、そちらへと目を向けるとニヤけた顔をシオンの姿があった。
一体何があったのだろうか?
「気分もいいので今日はもっと行っちゃいましょう!」
すぐに軽快な足取りで先へと進んでいくシオン。
「……アイリス、シオンどうかしたの?」
『どうしちゃったんだろうね〜』
いかにも知らないと言った感じの返事が返ってきたが、声からして絶対に知ってそうな感じがする……。
不服に思いながらもシオンの後をついていった。
『前方に何かいる……数は3つだね』
アイリスの声が聞こえると先頭を歩いていたシオンがピタッと足を止めた。
「もしかして、またゾンビですか……?」
シオンの質問に合わせて私は焔纏刀の柄を掴み、いつでも抜ける準備をする。
『いや、動き方がちょっと違うね、ゾンビと比べて動きが速い……もしかしたら獣系かもね』
すると、前の方からカチカチと何かが地面に当てる音が聞こえてきた。
たしかにアイリスの言う通りゾンビではなさそうだ。
「……シオン、私の後ろに」
彼女の前に立ち、今度は月華の塚を掴み、すぐに斬り抜ける用意をしていると、奥からモンスターが近づいてきた。
『ブラッドウルフ2体に……もう一体は厄介かもね』
黒い毛に覆われたブラッドウルフの後ろには大きな爪を携えた姿を捉える。
ブラッドウルフと同じように黒い毛に覆われている。違いがあるとしたら四足歩行の2体とは違い、私たちと同じように2本の足で立っている。
『ウェアウルフだね』
耳元に若干声が震えるアイリスの声が聞こえた。
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