第28話 女剣客、助けた女性と駄弁る
「……で、でも、絵の邪魔になるから」
「いいわよ、何となく描いていただけだし、それにさっきの猿どものせいでキャンバスがダメになったし」
そう言って女性は割れてしまったキャンパスを拾うと、大きなバッグの中に入れていく。
ちなみに猿どもというのは、どうやら先ほどの男たちのようだ。
「それじゃ行きましょうか」
女性はバッグのバッグの口の部分をボタンで閉めたのを確認すると、休憩コーナーがある方へと歩き出していった。
「……どこに?」
「そうね、ちょっと体が冷えたから温かいものでも飲みたいわね」
女性は私の方を見て、微笑んでいた。
「ここなら落ち着けそうね」
休憩コーナーから飲食店エリアに入り、女性が足を止めたのは古風な雰囲気を醸し出したカフェだった。
店内に入ると、スタッフに案内され、窓側の席へと案内された。
真横には先ほどまでいた湖畔が一望できていた。
「私はレモンティーにするけど、どうする?」
女性は私にメニューを差し出した。
受け取って中を見ていくと、すぐに目についたのが湯呑みに入った緑茶だった。
「……私は緑茶で」
伝えると女性はスタッフを呼び、注文をしていった。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね、私、
女性……槐堂さんは腰まで伸びた灰色の髪を翻しながら名乗った。
「……桜坂織葉です」
相手が名乗った以上、自分が名乗らないのは相手に失礼だと祖母から言い聞かされていたので、自分も名乗ることに。
「織葉ってかわいい名前だね」
槐堂さんは優しく微笑みながらそう答えていた。
突然すぎて言葉を失ってしまう。
「そういえば先ほどはどうもありがとう」
注文したレモンティーを口にしながら窓の外を見ていた槐堂さんはお礼を言い始めた。
おそらく先ほどの男たちを追い払ったことだろう。
「……別にお礼を言われるほどじゃ——」
「それにしてもこういう服を着てるからってナンパ待ちとか、人間の形をしてるのに猿並みの脳みそしかない男もこの世にいるのね」
再度レモンティーを飲みながら、槐堂さんが毒付いていた。
綺麗な見た目をしているのに……。
アイリスがよく言うギャップとはこういう人のことを指すのかもしれない。
「この服、気になるの?」
「……え?」
「さっきからマジマジとみてたわよ」
ずっと見られていたことに気づいたのか槐堂さんは私の顔を見ていた。
あまり見ることのない、服装だったので無意識のうちに見てしまっていたのかもしれない。
「……ご、ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいけど、あなたの場合さっきの猿みたいな卑猥な感じで見てなさそうだし」
槐堂さんは「もしかしてこの服に興味あるの?」と聞いてきたので、小さく頷く。
「綺麗な顔立ちしてるから、着たらすごく似合うかもしれないけど……」
槐堂さんは最後の言葉を濁しながら視線を下へと向ける。
「でも、ちょっと出るところが出過ぎてるかしら、服によっては横から見えてしまうわね……」
初めは何を言っているのか、わからないといった顔をしていると、槐堂さんは私の胸元を指差していた。
「ゴスロリ系の服が似合うのは、ロリータって名前が入るからスリム系の方がしっくり来るのよ、色々と悔しいけど」
槐堂さんは悔しそうな顔で私を見ていた。
何となく、その表情は時折シオンが見せるものと酷似していた。
「そういえば織葉さんはよくここには来るの?」
ずっと槐堂さんがゴスロリ服への熱い想いを語りだし、それに対して私はずっと相槌を打っているだけだった。
どうやら、自分だけしか話していないと気づいたのか、話題を変えてきていた。
「……ここに来るのは初めてです」
「そうなんだ」
そもそも、ここに来たのは道に迷ったからと言おうとしたが、うまく言葉にできなかったので黙っていた。
「……槐堂さんはよくここに?」
「エンジュでいいわよ、『かいどう』なんて響きも字体も堅苦しいし」
槐堂さん改め、エンジュさんは不機嫌そうな顔になっていた。
「私もここに来るのは初めてよ」
「……そうなんですか」
「別にここに何かあるわけじゃないけどね、たまたまウェブサイトで見た時に、何となくここの風景を描きたくなったから来ただけ」
そう言ってエンジュさんは自分の席の横に置いた大きなカバンを指差していた。
「……絵描くのが好きなんですか?」
「微妙なところね、昔は好きだったけど……今は気持ちを整理したい時に書いてるだけ」
エンジュさんは窓の外を見ていたのだが、その表情は少し憂を帯びているようにも見えた。
「って……長居しちゃったわね、そろそろ出ましょうか」
そう言って立ち上がると、テーブルに置いてあった伝票を持っていってしまう。
「……あ、自分の分は出します」
「いいのよ、誘ったのは私なんだし」
「……でも」
戸惑っているうちにエンジュさんはレジの前に立ち、既に会計を済ませていた。
一緒に外へ出て、お金を出そうとしたが彼女は受けようとしなかった。
「別に気にしなくてもいいのに、真面目ね」
真面目というか、お金に関してなぁなぁで済ませるのが好きじゃないだけ。
それを伝えるが、エンジュさんは一向にお金を受け取ろうとしなかった。
「それじゃ、次も私に付き合ってくれない? これはそのお願い料ってことで」
私の方を見て両手を合わせるエンジュさん。
これ以上言っても受け取ることはなさそうなので、別の形で返すことを考えることにした。
「……わかりました」
私がため息混じりに返すとエンジュさんは自身のスマホを取り出すと私に差し出した。
「それじゃ、LIMEのID教えてよ」
言われるがままに私もスマホを取り出す。だが、電源が切れていたことに気づく。
それを伝えるとエンジュさんはバッグの中に手を入れて、小さな機械を取り出した。
「たぶんこのモバイルバッテリーなら使えると思うから、充電口に差し込んでみて」
渡された小型のバッテリーをスマホにつけて電源を入れると、起動画面が表示された。
少し待って、いつも見る画面が表示されたので、LIMEを起動させて彼女に見せると、ピロンと軽快な音がすると
”【エンジュ】さんとフレンドになりました”
と画面に表示された。フレンド一覧にはエンジュさんの名前が載っていた。
「それじゃ、また連絡するから、今日は気をつけて帰るのよ」
そう告げたエンジュさんはその場を去っていった。
「……あ、モバイルバッテリー」
声をかけるが彼女の耳に届くことはなかった。
「……今度返そう」
一人呟きながら、私もバイクを止めた駐輪場へと向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「面白い子だったわね……」
エンジュは駐車場に止めた真っ黒の車に乗ると全体重を座席の背もたれに乗せていた。
ベローズが口にするぐらいだから最低最悪な人間かと思っていたが、予想外過ぎて驚いていた。もちろん良い意味でだ。
「何か久々にまともな人と話した気がする」
最近話した相手といえば、ベローズぐらいしかいなかった。
だけど、あの女と話をしても楽しいとおもったことは一度もない。
あの女は私を手駒にしたいだけ、もちろんそれを重々超知の上で一緒に行動している。
……お互いの目的のために。いわゆるビジネスパートナーというものだ。その中に友情などといった馴れ合いは一切ない。
でも、動画で話題となっている女剣客こと、桜坂織葉と話している時は素の自分になることができた。
それにあの子といるとすごく落ち着いていた。
でも……私はあの子を倒さなければならない。
それができなければ、私の大事なものがなくなってしまう。
「……出来ることならダンジョンで会うことがなければいいんだけど」
独りごちながら、車のエンジンをかけてすぐにアクセルを踏んでいった。
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