第27話 女剣客、見事に迷う
「……どう見ても来た道と違う」
ミナトの家を出発してから1時間近く経ったが、最寄りの駅に着く気配が全くない。
目の前には湖だろうか、見渡す限りの一面に広がっている。
「……まさか、スマホの充電が切れるなんて」
出発してナビをセットしていないことに気づき、バイクを停車させてからやろうとしたが
肝心のスマホの充電が底をついていた。
自分の勘を信じて走らせてみたが、案の定というべきか、知らない道を走り続ける羽目になってしまう。
「……疲れたし、お腹空いた」
ミナトの家を出たのが正午近くで、それから1時間近く経ってきたためか、先ほどから腹の虫が鳴き出していた。
「……とりあえず飲食店を探そう」
この先に何かしらあることを信じて私はアクセルを回して行った。
「……疲れた」
必死にバイクを走らせること数十分、ようやく食事にありつけそうな道の駅に到着し、バイクを駐輪場に停めてから飲食店エリアと書かれた方へと進んでいった。
「……どれも美味しそう」
食事エリアには地元の豚肉を使った洋食店やダムが近くにあるようで、そこの水を使った蕎麦など、空腹の私にはどれも魅力的に見えていた。
平日なのもあってか、人の数はあまり多くない、お昼を過ぎているのもあるのだろうか。
人混みが苦手な自分にとっては好都合ではあるが。
「……うん、ここにしよう」
入って行ったお店は和食専門店だった。
引き金になったのはデザートの枠に載っていたあんみつに惹かれたからだ。
店に入ると割烹着姿の年配の女性が席まで案内してくれた。
そこまではよかったが、客が私1人しかおらず、よほど暇だったのだろうか、何かにつけて話しかけてきていた。
「よくニュースでやっているけど、東京の方では『ダンジョ』っていうのが出て、人が行方不明になっているみたいね」
「それにしてもお嬢さん綺麗なお顔ををしてるわね、いい所のお嬢様かしら?」
「そういえばね、私の息子が大学で全然単位とれなくて、留年になりそうなのよ、もう嫌になっちゃうわね」
など、ひっきりなしに喋っていた。
適度に頷きながら注文したアジフライ定食を完食し、デザートを頼もうとしたが、落ち着くことが出来なさそうだったので
諦め、会計を済ませると足早に店を出た。
せっかくなので、辺りを散策することにした。急ぐ用事もないし。
「そこの綺麗なお嬢さん、しっぽまであんこたっぷりのたい焼き食べていかないかい?」
飲食店のエリアを抜けようとしていたとこで、不意に声をかけられた。
そちらを向くと、大きくたい焼きと書かれた屋台だった。
ほんのり小麦粉の焼けた甘い匂いにつられるように店の前に立つ。
さっきの店でデザートを食べ損ったので、3つほど購入した。
この後もバイクを運転するので、糖分の補給は大事。
「まいどあり〜! またよろしくなー!」
ホワホワと湯気が溢れ出しそうな紙袋を受け取ると、ゆっくりと食べれそうなところを探す。
歩いていくと、休憩コーナーと書かれたエリアに着いた。
室内と室外があり、暑いので中に入ろうとしたが、それなりに人がいて落ち着けそうもなかったので
仕方なく、外の席に腰を落とした。
「……いただきます」
袋からあんこがたっぷり詰められたたい焼きを取り出して食べていく。
あつあつのほどよい甘さのこし餡が絶品だった。
「……ごちそうさまでした」
気がつけば3つあったたい焼きが入っていた紙袋の中は空になっていた。
ゴミ箱に紙袋を捨ててから再び歩いていくと、道の駅全体のマップを見つけた。
先ほどの休憩コーナーの裏手から坂を下っていくと、湖畔の広場になっているようで、カヌー乗り場とかあるようだ。
カヌーに乗るつもりはないが、興味はあったので、そちらへと向かうことにした。
「……こうなっているんだ」
休憩所の裏手にいくと、辺り全体が芝生に覆われており、どこからでも下りることができた。
下りた先には大きな湖が広がり、ちらほらとカヌーに乗っている人たちの姿も見えた。
足を滑らせないようにゆっくりと下っていく。
そう言えば、子供の時に段ボールの上に乗って坂から滑ったことを思い出す。
若干、砂利があったせいか、途中でダンボールが破けて軽く怪我をしたのだが。
ここなら上手く下ることができるかもしれない。さすがにこの年になってやろうとは思わないけど。
下りきってから湖に向けて歩き出す。
広場になっているせいか、子供向けの遊具であったり、休憩で腰掛けられるような木製のベンチが置いてあった。
「……なんか時間忘れてずっといれそう」
空いているベンチに座って辺りを眺めていると心地よい風が吹いていた。
人も多くなく、カヌーに乗っている人たちの楽しむ声が聞こえてはいるが、うるさいとは思えずそこも心地よいと思えるところだった。
長時間の運転とたい焼きを食べた後ということもあってか、だんだんと瞼が重くなっていた。
「……少しぐらいなら」
ゆっくりと瞼が落ちていき、視界が真っ暗になろうとしていた……
「おいおい、無視するなよー!」
ふと、耳障りな声が聞こえて、視界が一気に晴れていった。
声の方へと視線を向けると、湖の方で男二人が1人用のベンチに座っている女性を囲うように立ち、声をかけていた。
女性は男の方に顔を向ける素振りを見せることなく彼女の正面にあるキャンバスに絵を描いていた。
「なぁなぁ、こんなつまらない所で絵なんて描いてないで俺たちと一緒に遊びに行こうぜ」
男の1人がしきりに声をかけていくが、女性が動じなかった。
湖の周辺にいる人も見ているが、助けに入ろうとする人はいなかった。
男二人の見た目が若干強面に見えるのが要因だろうか。
立ち上がって、その場所に向かう。
「お金なら心配するなよ、俺たち結構高ランクのギルドに所属してる探索者だから」
「ってかそんな格好してるってことは男待ってたんだろ?」
近づくにつれて、男の声がはっきりと聞こえていた。
それと同時に女性の黒を貴重としていたドレスを着ていることにも気づく。
「おっと、足がすべったー!」
男は突如、演技力のない声を上げながら彼女のキャンバスを蹴り飛ばすとガシャンと音を立てて崩れ落ちていった。
その後に追い討ちをかけるようにキャンバスを何度も踏み続けたせいで真っ二つに割れてしまっていた。
「あーあ、これじゃ絵なんか描ける状態じゃないな」
蹴り飛ばした男はわざとらしい口調で話すと、横にいた男がせせら笑っていた。
「そんじゃ絵のお時間は終わったから、俺たちと一遊びに行こうぜ」
男が告げると女性の腕へと向けて、手を伸ばして行く。
女性は恐怖からか、全く動じることなかった。
だが、男の腕が女性の腕を掴むことはなかった。
「い、いててててッ!!」
私は伸ばしていた腕を掴むと男は大声をあげていた。
……力を込めたつもりはなく、ガシッと掴んだだけだ。
腕を離すと男は私に掴まれた箇所をさすりながらもう一人の男の方へと下がっていく。
「な、なんだよおまえ! 邪魔するんじゃねーよ!」
男は庇うように彼女の前に立っている私を睨みつけていた。
「あれ、この女どこかで見たことあるような……」
一緒にいた男が私の顔をじっくりみていた。
「ああ!? てめえがどっかでナンパした女に似てるだけじゃねーのか!?」
私に腕を掴まれた男は怒り任せに言葉をぶつけていた。
「あー!!!! 思い出したこの女、女剣客だ!!」
「え……」
思い出したのか、もう一人の男が私のことを指差しながら驚きの声をあげていた。
なんか後ろの女性の声聞こえた気がしたけど気のせいだろうか。
「は!? 女剣客がこんなところにいるわけ——」
「バカ! これ見てみろ!」
怒り心頭の男にスマホを見せると、怒りで真っ赤になっていた男の顔が徐々に青ざめていく。
「お、おいさっさと逃げるぞ!」
アニメの悪役が言いそうなセリフを言いながら足早にその場から逃げ出して行った。
一部始終みていた周囲の人たちも安心したのか、徐々に去って行く。
それに合わせるように私もその場を去ろうとしていたが、グイッとジャケットの裾を引っ張られた。
後ろを振り向くと、先ほどの女性が見上げるように私の顔を見ていた。
「何で黙って去ろうとしてるの、せめてお礼ぐらいさせなさいよ」
女性のまっすぐな目をみて、逃げられないと察し、私は小さくため息をつくのだった。
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