第22話 女配信者、魔法の素質が見つかる
「……ただいま」
「おじゃましまーす」
下北沢から電車とバスを乗り継ぐこと1時間。
家に帰る頃には疲れ果てていた。
「おかえりー、リビングで待っててー!」
自分の対面の部屋からアイリスの声が聞こえてきていた。
いつも通りPCで何か作業をしているのだろう。ひとまず言われた通りシオンを連れてリビングへと向かった。
「……適当に座ってていいよ」
リビングに入ると自分の定位置の隣の椅子を引いて、シオンを案内してから、来ていたジャケットを脱いで椅子の背もたれにかける。
「いつみてもスタイルいいなあ……」
その間鋭い視線を感じると思ったら、シオンが私の方をじっと見ていた。特に胸元からお腹の辺りを中心に。
「……何か言った?」
「な、何でもないです、気にしないでください」
私が声をかけるとシオンは自分自身の胸元を見て大きなため息をついていた。
いったいどうしたんだろうか?
「それにしてもアイリスさんどうしたんでしょうか?」
アイリスが連れてきてほしいと言っていたので、言われた通りにしたのだが……。
「ふぅ〜、ごめんごめん! おまたせー!」
アイリスがリビングにやってくると、いつもは彼女の定位置であるキッチンに行くのだが、今日はリビングの奥にあるソファの方へと向かっていった。
手には大きな丸い水晶玉を持って。
「シオちゃん、ちょっとこっちに来てー!」
アイリスはこちらを向くと同時にシオンの方を見て手招きをしていた。
シオンは何だろうといった表情を浮かべながらもアイリスの隣に座る。
「……なにそれ?」
椅子に座ったまま、アイリスが持ってきた水晶玉を見ていた。
「見てのお楽しみだね」
アイリスは私の顔をみると、何かを含んだような素振りを見せながら答えた。
「早速なんだけど、一度深呼吸をして、心を落ち着かせてからこの水晶玉に触れてもらっていい?」
「え……あ、はい……」
シオンは言われるがままに、大きく深呼吸をした後、両手で包むように水晶玉へと触れていく。
すると、水晶玉が淡い光を帯び始める。
「うわっ……な、なんか光だしたんですけど!?」
シオンは大声をあげながら水晶玉から手を離す。その様子を隣で見ていたアイリスは1人頷いていた。
「やっぱり、私の見込み通りだったよ」
そして、自身たっぷりな顔でシオンを見るアイリス
「……もったいぶらずに言って、シオンが困ってるでしょ」
私もだが、当の本人であるシオンは驚いた顔のまま小動物のように震えていた。
「結論から言うと、シオちゃんは魔法が使えるよ」
満面な笑顔で話すアイリス。言われたシオンは小さな声で「え?」と口にするだけだった。
「わ、私がま、ま……魔法!?」
アイリスの言ったことの意味が理解できたのか、シオンは突然大声をあげる。
「魔法ってあれですよね!? 炎とか氷とか雷だしたり、回復したりできる……!!」
「まあ、わかりやすく言えばそうだね。今の段階では使えるのがわかっただけで、これから訓練が必要になるけど」
「訓練ですか?」
「武器と同じで魔法も訓練をしないと、うまくなれないからね、稀に最初から使えるできる天才的な人もいるみたいだけどね」
シオンは腑に落ちないと言った顔をしていた。
探索者の中には魔法を使える人はそこまで多くないが存在する。
稀にだが、ダンジョンの中には魔法に関する書物があり、それを解読したのではないかとアイリスは話していた。
「魔法ってどうやって使うんですか? やっぱりゲームとかみたいに呪文を唱えたりとかですか?」
「古い呪文ならそういうタイプもあるけどね、さすがに今のシオちゃんがそんなことしたら魔力カラカラになっちゃうね」
「……カラカラになるとどうなるの?」
私の問いにアイリスは黙ったまま、目を瞑りながら両手を合わせる。
一連の流れを見ていたシオンは「ひっ!」と引き攣るような声をあげていた。どうやら意図がわかったようだ。
アイリスは申し訳なさそうな顔でシオンに声をかけていた。
「もちろん最初から、そんな強力な魔法なんか教えられないからね、私だって使えないし!」
アイリスは笑いながら話していくが、シオンは「そうですよね」と口にするも戸惑っている様子が私でも手に取るようにわかった。
「それじゃ必要なもの持ってくるから待ってて」
そう言うとアイリスはリビングから出ていった。
「それにしても私が魔法を使えるなんて……」
「……すごいことだと思うよ」
「でも、オルハさんの剣術に比べたら全然ですよ」
謙遜していくシオンだが、少し嬉しそうに見えていた。
「そうだ、オルハさんも確認してみたらどうですか?」
シオンはアイリスの置いていった水晶玉を指差す。
「……たぶん、反応しないと思うけど」
先ほどのシオンと同じように一度深呼吸をしてから両手で水晶玉に触れてみるが、何も反応がなかった。
「……やっぱり」
もし、私に魔法の素質があればアイリスが言ってくるはずだ。
仮に素質があったとしても、今から色々と覚えるのは骨が折れそうだ。
「おまたせー、ごめんねー」
シオンと話しているとアイリスがリビングへ戻ってきた。
今度は分厚い本とアイリスの背丈と同じぐらいの長い棒を持ってきていた。
「はい、シオちゃんこれをじっくり読んでね」
「ありがとうございます……って重い!?」
シオンは両手で渡された本を抱え込むように持つ。
表紙には見たことのない文字が書かれていた。
「……これどこの言葉?」
「エルフ特有の言語だよ」
「ちなみに表紙は何て書いてあるんですか?」
「魔法学入門だね ちなみにエルフの子供は絵本代わりに読んでる本だから」
「え、絵本……」
シオンは絶句しながら、本のページをめくっていくと、イラストと一緒にテキストも載っていたが……
「中身も全部、エルフの言葉ですよ!?」
シオンの言う通り、書かれている文字は全てエルフ語だった。
数ページめくっても全て、見たこともない文字。
「もちろん対策済みだよ、シオちゃんこのQAコード読み込んでみて」
そう言ってアイリスは自身の端末の画面に黒と白の真四角の画像を映し出していた。
「あれ……なんかインストールされてる」
「うん、その本の読み上げソフトだよ、ちゃんと日本語で読み上げてくれるから安心して」
なぜか自信たっぷりな表情になるアイリス。
「あ、ありがとうございます……」
シオンもお礼を述べるが、少し不安そうな顔をしていた。
「……でも、これでオルハさんのサポートができるなら」
シオンは少し嬉しそうな表情を浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
3人がオルハの家で過ごしている頃……
「そう、あのクソビッチがやられたんだ……ふん、ざまぁ」
ダンジョンの奥地の片隅で微かな光を溢れ出ていた。
その箇所にはバラをイメージした黒いドレスに纏った灰色の長い髪の女が座り、自身のスマートフォンをみていた。
どうやらあかりはここから出ているようだ。
スマホの画面には『0002 LOST』という文字が表示されている。
「まあいいや、そんなに強さは期待してなかったし」
女は画面を見ながらニヤリと口元を歪めていた。
「さてと、そろそろ時間だ……みんなを待たせちゃいけないし」
誰に聞かせるわけでもなく女は一人呟くと、ゆっくりと立ち上がり、肩にかけられた小さなポーチから、真っ黒のドローンを取り出す。
そして、スマホの画面に表示された『配信開始』のボタンをタップする。
「皆様、ごきげんよう……」
——お、始まった!
——で、今日の獲物はどこにいるんだ!
——きゃー!エンジュちゃーん!まってたよー!
——今日も素晴らしい素材が見つかるといいね!
——エンジュ様は今日もふつくしい……!
スマホの画面には大量のコメントが流れ出していた。
それに合わせてか、彼女の元に近づく足音が聞こえていた。
「どうやら獲物が来てるようね……」
エンジュと呼ばれた女は足音がする方を見つめ、不適な笑みを浮かべる。
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