第20話 女剣客のファン、尊さを感じる

 「みなさんこんにちはー! 昨日に引き続き下北沢ダンジョンを攻略していきます!」


 入り口にあるポータルから5階にやってくるとシオンがドローン型カメラを起動させると、それに話しかけるように配信を開始させていた。


 ——シオちゃんまってたよ!

 ——あれ、先生の姿が見えない?

 ——女剣客さんなら、俺のベッドで寝てるぜ

 ——↑おまえの妄想をぶち壊す!


 「オルハさん、リスナーの皆さんがオルハさんを見たがってますよ?」

 「……恥ずかしいからいい」

 「だそうです」


 ——シャイな女剣客さんすこすこのすこ!

 ——モンスターと戦う姿はかっこいいのに素は恥ずかしがり屋ってなにそれ萌える

 ——あれじゃないか? シオちゃんと2人きりでいたいと言う遠回しに言っているんじゃ

 ——なんていう濃厚なオルシオ!


 カメラに映らない場所で震えっぱなしのスマホの画面に目を向けると、滝のようにコメントが流れていた。


『ここのリスナーはてぇてぇを期待してるみたいだねぇ〜』


 流れるテキストを見ていたら目が疲れてきたので、スマホをしまうとインカムからアイリスの声が聞こえてきた。

 声のトーンからして真面目にいっているようには思えなかった。


 「……何その『てぇてぇ』って?」

 『オルハちゃんとシオちゃんが可愛くて仕方ないってことだよ』

 「……ごめん、意味がわからない」


 これ以上聞いても攻略する前に疲れそうだったので、話を切り上げるとシオンに声をかける。


 「あ、オルハさんが歩き始めたので、探索開始していきますね!」



 何度目かの階段を発見し、敵の気配に注意を配りながら降りていくとモンスターの姿があった。

 二股に分かれた舌を出しながら、ギョロリとした目でこちらを睨んでいた。

 二足歩行で短い剣と小さな盾を持った、たしかリザードマンだったはず。

 

 「……シオン、ストップ」

 「ど、どうしたんですか!?」

 「……モンスターがいる」


 小声で話しかけると、シオンは目をまん丸に開けて私を見ていた。

 

 「……アイリス、目の前にリザードマンが2体いるけど、他にも反応がある?」

 『2体の後ろにもう1体反応があるね、もしかしたら2体のリーダー格かも』


 と、いうことは全部で3体いるってことになる。

 私1人ならどうってことはないが、リザードマンの狙いがシオンに行った場合は面倒になる。

 

 「……シオン、リザードマンと戦ったことはないよね?」

 「配信では見たことありますけど、実際に戦ったことはないです!」

 「……わかった、できるならここから動かないで」

 「は、はい……あ、でもドローンは追尾させていいですよね? モンスターと戦ってるところはウケがいいので」


 ——リザードマンがいるのか、あいつら動きも早いんだよなあ

 ——そうなんだよな、しかも群れでくると面倒でな

 ——リザードマンだと!? 昔、奴らに受けた傷が疼いてきおった……

 ——なんか歴戦の猛者みたいやついて草

 ——なぁに、我らが女剣客はリザードマンなんかに屈したりしないさ!

 ——でも、くっころな女剣客もみてみたいような

 

 シオンの言葉に反応してなのか、ジャケットのポケットに押し込んだスマホが再び震え出した。


「……いいけど、巻き込まれないように注意しといて」

「りょうかいです!」


 シオンの敬礼する姿を見ると、刀の柄を左手を力強く掴み、前方にいるリザードマン向けて、刀を勢いよく上空へと振り上げる。


 「ぐぎゃああああああああ!」


 振り上げた時に作り出された衝撃波が1匹のリザードマンを真っ二つに切り裂く。

 同胞を討たれたことに気付いた片割れは持っていた剣を振り上げてこちらに向かって走り出してきた。


 「……遅い」


 動きが単純だったため、持っていた剣に向けて刀を横薙ぎに振り切り、持っていた武器を後方へと吹き飛ばす。

 そして勢いを殺すことなく、一直線に縦へ振り落とすと雄叫びを上げる間もなく、両断されていった。


 「……残り一体」


 先ほどのアイリスの話ではリーダー格っぽいのがいるとのことだが、そんな気配はまったくなかった。


 「……アイリス、もう1体の反応は?」

 『オルハちゃんが衝撃波で真っ二つにした時、逃げ出してたよ、リーダー格じゃなくて単なるヘタレだったのかも?』


 そう言ってアイリスはケラケラと笑っていた。

 仲間を見捨てて逃げるのは人間だけではなくリザードマンにもあるようだ。


 「……シオン、終わったよ」


 彼女がいる方へと声をかけると、ダッダッダ急いで階段を降りる音が聞こえてきた。

 

 「オルハさん、すごいですよリスナーの皆さん興奮状態どころじゃないですよ!」


 そう言ったシオンは興奮気味に自分のスマホを私に突きつけるように見せてきた。

 画面にはなんて書いてあるのか確認できないほどのテキストが流れ出していた。

 

 ——近距離もだけど遠距離攻撃も可能なのか女剣客さん!

 ——もしかしてエリア全体に攻撃できたりする!?

 ——強化パーツつけたら射程距離も伸びたりとか……!?

 ——これ、女剣客さんの強化に使ってください![/10000]

 

 「……リスナーの言ってること翻訳してもらっていい?」

 「正直私も何を言ってるのかわからないです……」


 シオン困惑した顔で頭を小さく左右に振っていた。


 「……とりあえず、先に進もう」

 「そうですね!」

 

 剣身についた液体を振り払ってから鞘に収めると先へと歩き出していった。


 

 「これで10階ですね、たしかこの階にポータルがあるってよく見る配信で言っていた気がします」


 階段を降りながらシオンが説明してくれていた。


 「……わかった」


 スマホで時間を確認すると、夕暮れを夕に過ぎている時間だった。

 シオンの顔を見ると疲れがでてきていたので、できる限り早めに切り上げたいところだ。


 「そういえばオルハさんって下北沢ダンジョンに来たことはあるんですよね?」

 「……うん」

 「その時って何回まで行ったんですか?」

 「……覚えてない」


 あの時は踏破することで頭がいっぱいになっていたのでどこまで進んでいたのか覚えていなかった。


 『20階だよ』

 

 私の考えを読み取ったのかわからないが、突然インカムからアイリスが口を挟んできた。


 「に……20階!? でもたしかその時ってポータル契約してなかったから1階からですよね!?」


 『うん、まる1日かけて進んでいったけど、空腹と睡眠に勝てなくて途中で意識朦朧としながら帰ってきたよ』

 

 アイリスの話にシオンは口を大きく開けたままゆっくりと私の方へと向く。

 インカムの主の言う通り、フラフラになって戻ってきたのはいいが、2日ほど無気力になってしまっていた。

 それもあってポータルの契約するために配信を始めることになった。


 ——丸1日かけて20階まで行ったのかよ女剣客さん

 ——ってか死ぬ寸前まで行っても2日で復活したのかよ

 ——ええい! 我らの女剣客さんは化け物か!


 リスナー達によって女剣客の武勇伝が追加されていることに気づいたのは数時間後のことであった。


 

 『オルハちゃん、前方に反応あり……!』


 ポータルを探して歩いているとインカムからアイリスの叫ぶ声が聞こえてきた。

 すぐにシオンを自分の後ろに誘導していつでも刀を抜けるように構える。


 前方からゆらゆらと体を揺らしながら、その姿を現したのは鉄の胸当てを身につけた1人の人間だった。

 だけど様子がどうも——


 「探索者……ですよね?」


 後ろからシオンが覗き込むように前を見ると、すぐに「ひぃ!?」と、引き攣ったような声を上げていた。


 シオンが驚くのも無理はない。

 現れた探索者は顔から足まで皮膚がドロドロになっていたのだから


 「な、何ですかこれ……?」


 シオンは恐る恐る、声をかける。


 『どう見ても死霊……わかりやすく言うとゾンビだね』


 アイリスの説明にシオンは声を震わせながら「本当にいたんだ……」と呟いていた。

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