第19話 女剣客、2番目のダンジョンを探索する

 「みなさんこんにちわー! シオちゃんねるですー!」


 ミナトの家に行ってから数日後、私とシオンは午前の授業を終えるとすぐに電車に飛び乗り下北沢へとやってきた。

 向かった先は次の踏破目標の『下北沢ダンジョン』だ。

 中に入るとシオンはカメラを起動させ、配信を開始していた。


 「この前の配信で言いそびれましたが、私たちギルドをつくりました!」


 ——マジで!? そのことをkwsk

 ——ツブヤキッターで説明してくれてるぞ

 ——たしかギルドマスターがあの人なんだろ?


 シオンからスマホを見てるように言われたので見ているが、スマホの画面にはテキストが次々と流れていくため

 一部のテキストしか確認することができなかった。


 「皆さん察しがついていると思いますが、私のギルド『流星光底』のギルドマスターを紹介します!」


 シオンの話にカメラがこちらを向き始めた、レンズに自分の顔が映っているのが見えて

 何だか気まずいなってくる。


 「こちらがギルドマスターの桜坂織葉さんです!」

 

 ——おお! 女剣客さん今日も綺麗だ!

 ——お、俺が金出すからデートしてくれ女剣客ぅぅぅ!

 ——先生、↑コイツやっちゃってください!

 ——そういや、前回の配信後どーなったんだ!?

 ——そりゃおめえ……お楽しみにだったに決まってるだろ

 

 再びスマホの画面にものすごい量のテキストが流れ始めていた。

 

 「オルハさん、挨拶お願いします!」

 

 シオンに促されたのは良いが、緊張でうまく声が出すことができなかった。

 何度か咳払いをしてようやく出た言葉が——


 「……よ、よろしくです」


 という短い言葉。

 しかも自分でもわかるぐらい声が掠れていた。


 ——何て言ってるかわかんないけど、いいぞー!

 ——これから先生と呼ばせてください!

 ——モンスターなんかスパっと斬っちゃってください!


 シオンは一通り、リスナーからのコメントに対して返していく。


 「で、早速ですが今日は下北沢ダンジョンに来ています!」


 ——言い忘れてたけど、町田ダンジョン踏破おめでとう!

 ——シモキタかぁ、前に行った焼き鳥専門の店まだあるのかな

 ——たしか、シモキタダンジョンはものすごい長いって聞いたな


 「いろんな人がコメントしていますが、町田と違ってここは長いみたいですので、まずは最初のポータルを目指します!」


 シオンが話を進めていくと、スマホの画面には『気をつけて』『無理は禁物やで』など、こちらを心配するコメントが

 次々と送られていた。


 「それじゃ、出発します! みなさん最後までお付き合いくださいませ!」


 そう告げるとシオンはダンジョンの中を進んでいったので、追うように歩き始めた。



 「……シオン、ちょっと待って」

 「ふぇ!?」


 先を歩くシオンの腕を掴むとこちらに引っ張る。


 「オルハさん、どうしたんですか?」

 「……モンスターがいる」


 シオンを自分の後ろに誘導してから、この前ミチ爺からもらった刀……『月華』を構える。


 その場に立ち止まっていると、目の前に黒いゴワゴワとした体毛に包まれた肢体、

 それに口からはみ出た鋭い牙を剥き出しにしたモンスターが姿を現す。

 

 『ブラックウルフだね……』


 インカムからアイリスの声が聞こえてきた。

 

 「……そうだね、一度倒しているから大丈夫だけど」

 『オルハちゃんはね、けど今はシオちゃんがいることを忘れないでよ。 ヤツら、弱いと判断した人に襲いかかってくるから!』

 「……わかってる」


 アイリスの相手をしているうちにブラッドウルフはジリジリと距離をつめてきていた。


 「お、オルハさん……大丈夫ですか?」


 私の後ろでシオンが縮こまりながら、ブラッドウルフを見ていた。


 「……私は大丈夫、さっきアイリスも言っていたけど、心配なのはシオンだから」

 「聞こえてましたけど、私そこまで美味しくないですよ!?」

 「……それはモンスターに言って」

 『ちなみにシオちゃんの肉なら喜んで食える!ってコメントがたくさん来てるよ』

 「それ絶対に違う意味で言ってるから!」


 私たちのやりとりを全く気にする様子もなくブラッドウルフはこちらに狙いを定めて飛びかかってきた。

 

 「いやああああ!! 食べられるー!!!」


 シオンの叫び声に若干驚きながらも刀を抜いてブラッドウルフに向けて縦に振り落とす。

 刀を納めたと同時にブラッドウルフも地面に着地する。


 「うおおおおおおおおおん!!!!」


 着地したブラッドウルフは断末魔の雄叫びをあげながら体が左右に裂け、無造作に倒れていった。


 「す……すごい」


 刀を鞘に収めてからシオンの方を向くと、呆気に取られたような顔で私を見ていた。

 

『あー……女の顔になっているってこう言うことか、理解したわ』

「……シオンは女の子でしょ?」

『うん、オルハちゃんには理解できないと思うよ』


 インカムの声の主の言葉が理解できなかったので、何も返すことなくダンジョンの先へと進んでいった。


「わっ……オルハさん置いていかないでくださいよー!」


 ——やべえぞ、薄い本が厚くなるぜこれはよぉ

 ——そういやこの前の配信の後、どうなったんだ!?

 ——そりゃもちろん、おたのしみに決まってるだろJK

 ——オル×シオ、いや、実はシオ×オル、俺はどっちでもいける!

 ——夏の祭典のネタが浮かんできた! ありがとよ、お前ら!

 ——サークル主いて草

 ——言い値で買おう


『うわあ……なんか知らないけど盛り上がってるなあ』


 当事者が知らない中で、アイリスとリスナーが盛り上がっていたことは言うまでもない。



 「あ、もしかしてこれがポータルですか?」

 

 あれから奥へと進んでいくうちに、煌々と周りを照らす装置を発見した。

 一見、アンティークの街灯にも見えるデザインには、探索者たちの道標になればという意味が込められているとか。


 『そうだね、たしか近づけば起動勝手に起動するはずだよ』


 アイリスの指示通りにポータルの前に立つシオン。


 「チーム『流星光底』キリュウ・シオン……確認シマシタ」


 するとポータルから無機質な音声が流れ始めた。


 「う、うわ……何もしてないのに私だって判断してる!?」

 『たしか顔認証システムが使われてるみたいだね』

 

 アイリスの話すことにシオンは真剣な顔になっていた。

 シオンの横に立つと先ほどと同じようにポータルがギルド名と名前を読み上げていた。

 

 「ソレデハゴ命令ヲ……音声デドウゾ」


 「……今日の戻ろうか?」

 「そうですね、いいお時間ですしね!」


 シオンはスマホを取り出して、こちらに画面を見せてきた。


 「……21時って結構かかってたんだ」


 ダンジョンに入ったのが15時過ぎだったので、6時間近く潜っていたことになる。

 中はずっと暗いため、時間の感覚がなくなることはよくあることだ。


 ポータルに戻ることを告げる。

 

 「承知シマシタ。ソレデハ入り口ヘ、転送シマス」


 音声がそう告げると、私の目の前がピカっと一瞬光出す。

 そして驚く間もなく、目の前には暗いダンジョンでなく、ベンチや遊具が置かれた公園が映っていた。


 「ここって……ダンジョンのある公園ですよね」

 「……そうね」


 2人揃って後ろを振り向くと、石造りのダンジョンが2人を覆い被さるように佇んでいた。


 「これがポータルなんですね……!」

 「……そうね、何か不思議な気分だけど」


 ——シオちゃん、オルハ先生おかえりなさいませ!

 ——あなたたちのために、今日はカレー作って待ってたわ

 ——オカンがいて草

 ——家に帰るまでがダンジョン配信じゃぞ!


 スマホを見ると、無事に帰ってきたことを喜ぶリスナーたちのコメントが流れていた。


 「みなさん、コメントありがとうございます! 無事に戻ってきましたので今日の配信はここまでにします!」


 最後にシオンはカメラに向かって手を振ると、持っていたスマホで画面をタップしていた。


 「オルハさん、お疲れ様でした!」

 

 私の目の前に立ったシオンはお辞儀をしていた。


 「……シオンもお疲れ」

 「そうだ、せっかく下北沢に来たんですから、何か美味しいものを食べて行きましょうよ!」


 私の答えを聞く間もなく、シオンは私の手を取って商店街がある方へと歩き出して行った。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 オルハとシオンが下北沢の商店街に足を運んでいる中、ダンジョンの中で惨劇が起きていた。

 

 「ぐあああああああ!! 痛い苦しい……やめてくれえええええええ!!!!!」


 ダンジョンのとあるフロアで、男の悶える声が響き渡っていた。


 「あなたには死による祝福は与えない……」


 男の目前には黒いドレスを纏った華奢ともいえる人物が立ち、男の前で黒く光る石を男の心臓の部分に埋め込んでいる。

 

 「あなたは今から死霊として私に尽くしてもらう」


 ズブズブと耳につく音を立てながら黒い石を埋め込め終えると、男の顔はドロドロと溶け出していき、男だったものを黒い炎が包みこんでいき、その場に黒い宝石だけが残った。


 黒いドレスの人物はその黒い石を拾うと後ろを振り返る。


 「言っとくけど、あなたも同じよ、このクソビッチ女」


 侮蔑の言葉の先にも黒い石が転がっており、何かを訴えようとしているのか鈍い光を放っていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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