第16話 女剣客、摩訶不思議なダンジョンへ

 「お二人さん着いたぞ」


 ミナトの運転する車で私たちが連れてこられたのは彼が住んでいる小屋から更に登っていった岩場だった。


 車を止めた付近には『鉱山入り口』と書かれた立て看板がかけられていた。

 

 「鉱山なんですねここ、なんて場所なのかは字が掠れて見れないですけど……」


 看板を見ていたシオンが掠れていた文字を指さしていた。


 「元々、この辺はじいちゃんの鍛治仲間の土地で、受け継ぐ人がいないから安く買ったみたいだぜ。たしか昭和初期の頃まで鉱山として稼働してたとか」

 「……じゃあ今は?」

 「見ての通り、封鎖されてる」

 「……で、何で私たちをここに?」

 「まあ、この先に行けばわかるよ」


 そう言ってミナトは車のロックをかけると、歩き始めたので私とシオンはその後ろを歩いていく。


 「オルハさん……」

 「……どうしたの?」

 「ミナトさんってオルハさんとは……」

 

 シオンは私の顔と地面を交互に見ながら話していた。

 さっき話したのだが、ミチ爺の運転に慄いていたので耳に入らなかったのかもしれない。


 「……元々、ミチ爺と私のおばあちゃんが古い付き合いだから、ミナトとはその流れでの付き合い」

 「そ、それだけですか?」


 シオンは食い入るように私の顔を見ていた。

 

 「……あと、ミナトは一時期家の道場に通ってたから、一応は道場仲間にもなるかな、あっちはすぐに辞めちゃったけど」


 シオンに説明していると、内容が前を歩くミナトの耳にも入ったのか、立ち止まってクルリと体をこちらに向いた。


 「言っておくが、別にオルハにボコボコにされたから辞めたんじゃなくて、やりたいことがあったから辞めたんだ! か、勘違いするなよ!」

 

 ミナトは顔を真っ赤にしながら言うと再び前を向いて歩き出した。


 「オルハさん、ミナトさんをボコボコにしたんですか?」

 「……覚えてない」


 ミナトから挑まれた試合には全て勝ったことは覚えているのだが。

 私の返答にシオンはジーッとこちらを見ていた。

 

 

 「よし、目的地に到着したぞ」


 しばらく歩き、到着した場所は岩で覆われた山を切り崩している場所だった。


 「これって……!?」


 その場所にあるものを見て最初に反応したのはシオンだった。

 目の前には銀色の石で作られた建物。

 

 「……ダンジョン!?」


 私たちの目の前には他のダンジョン同様に地面から生えてきたかのような入り口がそびえ立つ。

 

 「やっぱ実際にダンジョンに行ったことある人はそう反応するよな」

 「……何でダンジョンがここに?」


 ライセンスを取得する際に何度が講義を受けるのだが、発見されているのは東京都内だけで、ダンジョン管理局が発見したと言われているのが町田とこれから私たちが踏破しようとしている下北沢。


 ——そして、私の父やシオンの姉が行方不明になった新宿の3つ。


 「それに関しては俺やじいちゃんもわかんないんだよ、ここの土地を購入直後はなかったのに、突然出てきたわけだし」

 

 ミナトの話を聞きながらダンジョンの入り口に立つが、この前いった新宿ダンジョンのように遮るものがなかった。


 「……シオンはどう?」

 「私も大丈夫みたいです」


 シオンも同じようにダンジョンの入り口に立つが、障害物などなさそうな感じの顔をしていた。


 「ライセンスを持ってない俺やじいちゃんも中に入れたから、管理局のチェックはないと思うぞ」


 その後ろで私たちのやっていることに気づいたミナトが話しかけてきた。


 「……ミナト、中に入ったの?」

 「入ったといっても、すぐの所でさっきの鉱石見つけて戻ってきたんだけどな。 モンスターに遭遇したくなかったし」

 「……それで私とシオンに手伝って欲しいっていったのね」


 私が告げるとミナトは満面な笑顔で「その通り」と答えていた。


 「……わかったわよ、それじゃ早速だけど中に入ってもいい?」

 「あ、ちょっと待ってください、折角なら配信を——」

 「いや、配信はやめた方がいいかもしれない」


 カバンから小型のドローンを取り出そうとするシオンを止めるミナト。

 それには私も同意していた。

 

 「配信を見た探索者が管理してないこの場所に来て何かあった場合、炎上されそうだし、管理局にバレたらライセンス剥奪もあり得そうじゃない?」


 言いたいことは全てミナトが言ってくれたので私は黙って頷いているだけになった。

 たしかライセンスを作る際の講習でも局の管理外のダンジョンに入らないようにと言われていたことを思い出した。

 

 「そういえば講習で言われた気がする……」


 どうやらシオンも思い出したのか、残念そうな表情を浮かべながら小型ドローンをカバンの中にしまっていった。


 「……それにしてもライセンス持ってないのによく知ってるわね」

 「そ、それぐらいは常識だろ!」


 褒めたつもりなのに、ミナトは顔真っ赤にして怒り出してしまった。


 「あ、ダンジョンに進むのはいいですけど、オルハさん武器はどうするんですか?」

 「……大丈夫よ、ミチ爺からこれ借りたから」


 そう言って私は右手に掴んでいるものをシオンに見せた。

 

 「すごい鞘が真っ白ですね!」


 ミチ爺から渡されたのは白い鞘に入った刀だった。

 ミナトの車に乗る直前に声をかけられ、この刀を渡された。

 

 「あれ……その刀ってたしか」


 後ろでミナトが何かを呟いていたが、私の耳に入ることはなかった。


 

 「……アイリス、聞こえる?」

 

 洞窟の中に入るとすぐに、ジャケットの内ポケットに入れていたインカムを装着すると小声で遠く離れた同居人に声をかける。


 『聞こえるけど……何でダンジョンにいるの? たしか故郷の知り合いに会ってたんじゃないの??』

 

 どうやらインカムにつけていた小型カメラから場所が映し出されたのか、アイリスは驚きの声を上げていた。

 これまでの経緯を説明していくうちに落ち着き始めていた。


 『力を入れる鉱石か……どっかで聞いたことあるような』


 「うーん」と唸り声をあげるアイリス。

 

 『とりあえず、一応こちらでもミナトって人の反応は捕捉できてるから、何かあったらいつも通り連絡するよ』


 「……うん、お願い」


 アイリスと話していると後ろからシオンとミナトがやってきたので、彼女との通話を一旦終了させ、ダンジョンの奥へと進んでいった。

 

 「外からだと真っ暗に見えたんですけど、思っていた以上に明るいですね」


 私の横を歩くシオンが周りをキョロキョロと見ていた。

 

 「あ、壁から微かに光が出てる!」


 シオンは壁を人差し指でなぞっていくと、彼女の指に薄く光る緑色の物体がくっついていた。


 「あー、ヒカリゴケだな」


 後ろからミナトがシオンの指を見ていた。

 ヒカリゴケというのは光合成をするために光を集める習性を持ったコケだ。

 暗い洞窟内を明るく照らしてくれるので、探索者からはありがたいものであることは間違いない。

 

 「……詳しいのね」

 「っていうか、前に来た時、じいちゃんが話していたんだけどな」

 

 今度は得意そうに返すミナトだった。


 「たしかあの鉱石もこのあたりで見つけたんだよ」

 「落ちてたって1個だけです?」

 「いや2〜3個だな、試しに包丁で使ったのと、しまっていた分、他にも加工失敗したやつがある」

 「でも、2〜3個落ちてたってのは随分不自然ですよね? 誰かが運んだとか?」

 「その可能性はないとはいえないけど、よほどの理由がない限り探索者は来ないんじゃないか? リスクもデカすぎるしな」


 ミナトの言葉に私とシオンは唸り声をあげてしまっていた。

 だが、もちろん答えなどでるわけもなかったので、そのまま進もうと思っている……


 「助けてくれええええ!!」


 洞窟の奥から叫び声が聞こえ、全員が洞窟の奥へと視線を向けた。


 「……急ぐよ」


 私が声をかけるとすぐに奥へと走っていった。


 「く、くるなぁ! オレなんか食っても腹壊すだけだぞ!!」


 声がする方へと進んでいくと、大きな尻尾を持ったモンスターの後ろ姿を見つけた。

 どうやら声の主はその前にいるようだが、モンスターで見えなくなっていた。


 『これはコモドドラゴンだね……後ろ姿でも特徴的な姿してるからすぐわかったよ』


 カメラからモンスターの姿を確認したアイリスが話しかけてきた。

 

 「……どんなモンスター?」

 『岩を簡単に噛み砕く顎をもったモンスターだよ、たしか牙には毒があったはず』


 毒という言葉を聞いて、すぐに刀を抜き、モンスターに向けて縦に切り落とすが弾かれてしまう。


 「うそ……オルハさんの攻撃が効かない!?」


 後ろでシオンが大声を上げていた。

 それに反応してか、モンスターはゆっくりとこちらを向くとギョロっとした爬虫類独特の目でこちらを見ていた。


 『コモドドラゴンの皮膚はものすごく硬いから!』

 「……それをもっと早くいって欲しい、こっちに狙いをつけてくれたからいいけど」


 コモドドラゴンは大きな口を開けながらこちらに近づいてきた。

 その後ろには先ほどの叫び声を開けていた主の姿が見えていた。

 

 『ちょっとまってドワーフ!? オルハちゃんたち一体どこにいるの!?』


 声の主の姿を捉えたアイリスが再び大声を上げていた。


 「……お願いだから、突然大声上げないで、耳が痛い」


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