第10話 女配信者、女剣客の家を訪れる(SIDEシオン+α)

 「くそがああああああああ!!!!!」


 薄暗い部屋で松下は怒り任せに持っていたワイングラスを床に叩きつけていた。


 ——あーあ、つまんねーの

 ——せっかくデモンウーズ送ってやったのになぁ

 ——こんな終わり方望んでねーよ

 ——コイツはもうおわりだな

 ——チャンネル登録解除したわ

 ——それじゃあの


 松下の座るソファの対面にある大型スクリーンには真っ暗な配信画面が映っていた。

 画面には右から左へ無慈悲とも思えるコメントの流れと並行して彼のチャンネルの登録者数がみるみるうちに下がっていった。

 

 「登録者数が減っていってるじゃねーか!!!!」


 画面を見ながら地団駄を踏む松下。

 サイドテーブルに置かれたスマホを取り、耳元に当てようとすると扉の奥からコンコンとノックする音が聞こえてきた。


 「誰だ!!!今取り込み中なんだよ、後にしろ!!!!」


 松下はドアに向けて怒鳴り声をあげる。


 「どうも♪」


 その場を雰囲気を打ち消すような陽気な声が聞こえると同時にドアが勢いよく開けられる。


 「だ、誰だ!」


 その直後、真っ白な手が松下の顔を掴んでいく。


 「ぎ、ぎぎゃああああああ! い、いてえええええ!」


 指先に力をこめていったのか、松下は痛みによる叫び声を上げながら、逃れようとするために体全体をジタバタと動かしていた。


 「デモンウーズっていう面白いもの提供した人物にそんな口をきいていいとおもってるのかなぁ?」


 のんびりとした口調とは裏腹に松下の頭はメキメキと音を立てていった。


 「まあ、いいやおまえはもう用済みだしな♪」


 その声が聞こえた後にグチャリと潰したような鈍い音が部屋中に鳴り響いていった。


 「それにしても、女剣客ね……こいつは面白そうだね♪」


 訪問者はパソコンの画面に映った女剣客の姿を見て、口を歪ませていた。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「迷惑系動画配信ギルドマスターの不審な死から一週間が経ちましたが、事件の真相はわかっておりません」

 

 淡々と事件の内容を語るアナウンサーの声と一緒にテレビの画面には『松下太一郎(28)』と書かれたテキストと彼の写真が映し出されていた。

 今から1週間前の深夜、『ゴースティン・グリッチ』のギルドマスターの松下が殺されたと報道された。

 同じギルドのメンバーである長身男こと田作と小柄男の稲田が関係者として今も取り調べを受けているようだ。


 一応私や桜坂さんのところにも警察やダンジョン管理局の人がきたが、被害者であることがわかるとそれ以降来なくなった。


 「それに伴い、町田市のダンジョンの出入りは当分の間、封鎖するとダンジョン管理局の局長から通達が3日前に行われました」


 そのニュースを見て、財布に入っている探索者ライセンスを取り出して裏面を見ると、『1』と書かれた枠に『CLEAR』と書かれたスタンプが印字されていた。

 1番目のダンジョン……町田ダンジョンを攻略した証明になっていると桜坂さんが話していた。


 そもそもボスを倒していないのに何で踏破になっているのか疑問は残るが、封鎖される前でよかったとホッと胸を撫で下ろしていた。


 先日の雑談配信で一部の詳細を伏せながらリスナーたちに報告したところ


 ——シオちゃん初心者ダンジョンクリアおめでとう!

 ——次はどこだっけ?

 ——町田の次は下北沢じゃなかった?

 ——シオちゃんの冒険はまだはじまったばかり!

 ——おま、打ち切りみたいなコメントやめろ!


 など、私のことを祝福するコメントが大量に流れてきた。

 その時は感極まって号泣してしまったのだが、今でも思い出すと目頭が熱くなってしまう。

 

 ——切り抜きでみたけど、女剣客の刀捌き魅入っちまったわ

 ——わかるマン。動きが綺麗なんだわ

 ——それにしてもあの女剣客、何者なんだろう?

 ——未だどこにも名前載ってないんだよな。

 ——シオちゃんが何度か叫んでたけど音声が拾えてないのか聞こえなかったんだよなあ


 配信中でも桜坂さんの話題が出てきていた。

 もちろん嫌という感情はなく、むしろ嬉しかったという感情が大きかった。


 「やっぱ桜坂さんの人気はすごいなあ、そりゃそうだよね、あのモンスターも簡単に倒しちゃうぐらいだし」

 

 どのモンスターにも臆することなく立ち向かい、撃破していく彼女の姿は動画映えもすると思う。

 ダンジョン配信で100万再生行ったのもあの人のおかげでもあるし。


 「桜坂さんがいなかったら、あのダンジョンも無理だったしなぁ……」


 ちなみに桜坂さんだが、町田ダンジョンでの一件で深手を追ってしまい、現在は家で療養中だと言っていた。

 そのため、あれから彼女とは顔を合わしていない。

 ギルド申請の件で話をしたかったが、自分のせいで傷を負わせてしまったのもあり、連絡するのが阻まれてしまう。


 先ほどまで流れていたニュース番組が終わったのか、テレビ画面にはお笑い芸人と人気アイドルの番組は放映されていたので、テレビを消して寝ようとしていたところ、スマホからスポン!という軽快な音がなり出した。


 「誰だろう……?」


 テーブルに置きっぱなしのスマホを手に取ってから画面を見るとLIMEの通知が届いていた。

 宛先には『桜坂織葉』と書かれていた。


 慌ててロック解除して中身を見ていくと……


 『明日、時間があったら家にきてほしいけれど大丈夫? 住所は↓コチラ』


 と、絵文字や顔文字もない淡々としたメッセージだった。

 ある意味桜坂さんっぽくも見えるけど。


 「『わかりました……明日のお昼過ぎに……お伺いします』……っと」


 メッセージを送るとすぐに既読がついた。

 そのすぐ後に黒い猫が親指を立てているスタンプが表示される。


 「うわ……桜坂さんがスタンプ送ってる!」

 

 彼女がメッセージを送る姿を想像するだけでなんか口元が緩んでいた。


 

 「ナビ通りきたけど……本当にここでいいんだよね?」


 次の日のお昼過ぎ、大学の図書館でレポートを終え、ナビアプリを頼りに指定された住所に来たのだが、辿り着いた場所はタワーマンション。

 しかも駅直結でショッピングモールがすぐ傍という誰もが夢見る立地だった。


 マンションの入り口で顔を上げると遥か上空にまで階が続いていた。


 「もしかして、桜坂さんってものすごくお金持ち……?」


 そう思いながらもマンションの中へと入っていく。

 中に入るとインターフォンが目についた。これぞタワーマンションの必需品。

 羨ましく思いながらも桜坂さんの部屋番号を入力して呼び出しボタンを押すと、プルプルと機械音が鳴り出した。


 「はーい、どちらさまでしょうか!」


 聞こえてきたのはどう見ても桜坂さんではないとわかる明るい元気な声。

 間違えたかと思い、すぐに部屋番号を確認してみたが大丈夫だった。

 声からして桜坂さんのお姉さん、もしくは妹さんだろうか。

 

 「え、えっと……桐生と申します、織葉さんはいらっしゃいますでしょうか……!」


 声色を震わせながらもなんとか話すことができた。


 「お待ちしてましたー! ドア開けますのでそのまま1001までお越しくださーい!」


 すると目の前のドアが開き出した。

 お礼の言葉を告げるとすぐに中へと入っていった。


 「うわー……」

 

 白と茶色のタイルで彩られたエントランスを見て思わず声が出てしまう。

 少し歩いた先にエントランスの中央にあるエレベーターのボタンを押すとすぐに扉が開いた。


 エレベーターに乗って10階のボタンを押すと扉が閉まり、上へと登っていった。

 

 「おまたせしました、10階です」


 音声が聞こえたと思ったら扉が開いたので、すぐさま降りて1001号室を探していく。


 「うん、ここだ」


 エレベーターを降りた先で『1001 桜坂』と書かれたプレートを発見し、入り口にあったインターフォンを押した。

 扉の奥からバタバタとこちらに近づく音が聞こえてきた。

 ふと横を向くと、辺り一面の風景が広がっている。夜になるとライトアップされて綺麗なんだろうな。

 

 そんなことを考えているうちに、ガチャっとロックを開ける音がするとすぐにゆっくりと扉が開いた。


 「シオ……じゃなくて桐生さんだよね! オルハちゃんは奥にいますよ!」

 

 扉をあけた人物を見て、自分でもわかるぐらい目を大きく開けていた。

 

 私の目前には若干黒みを帯びた肌の上から白のパーカーにハーフパンツを着て、腰まで流れるように伸びた銀髪——


 ——もう少し説明を加えるならに『包丁の刃のような形をした耳をした』人物。


 「え……えっと!?」

 

 どこからどう見てもアニメやゲームなどに出てくる『エルフ』そのものだった。


 「そうだ、自己紹介がまだだったね!」


 そう告げるとエルフの人は咳払いをすると笑顔で私の顔を見ると「いつもオルハがお世話になっております」と話しながら勢いよく頭を下げていた。

 

 「私、アイリスといいます! 歌ってみたの時から応援していますよ! シオちゃんねるの配信者さん!」


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