第2話 女剣客、ダンジョンで大物配信者を救助する

 『オルハちゃん、この先のフロアで2つの反応確認! って目の前にモンスターが!』

 「……わかった!」

 

 いつでも刀を抜けるように構えつつ、地面を蹴るように走り出した。

 私の足音に気づいた数匹のモンスターが姿を見せたが全て斬り捨てながら先を進んでいく。


 『オルハちゃん! そこ曲がると大きなフロア! そこにさっきの2つの反応があるよ』


 少しでも早くたどり着くため、走ることに専念していたため、何も答えなかったが、アイリスもそれがわかっていたのか、黙っていた。


 アイリスの話通り、一本道からコーナーを曲がると大きなフロアにでた先には自分よりも遥かに大きな体躯のモンスターが立っていた。


 『何でこんなところにグレートオークなんかいるの……オルハちゃんなら大丈夫だとは思うけど』


 インカムから驚愕するアイリスの声が聞こえていた。


 『あっそうだ、オルハちゃん! 配信のスイッチもう一度つけて!』


 大声でアイリスが指示してきたが、巨大なモンスターに驚いているのか床に座り込んで震えている女性の姿を目にしていたので彼女の声が私の耳に入ることはなかった。

 

 「……ごめん、今は無理!」

 

 モンスターは棍棒を振り上げ、座り込んでいる女性を叩き潰そうとしていた。

 

 「……させないッ!」


 構えながら地面を蹴るように駆け出し、モンスターに近づくと同時に構えていた刀を横ざまに薙ぎ払う。

 

 「……間に合った」


 一息ついて、刀を鞘に収める。

 刀の柄と鞘が重なり合う音をすると同時にドスンと鈍い音を立てて、振り上げられていた棍棒が床に叩きつけられた。


 ——掴んでいた片腕と一緒に。


 「グ、グォォォォォォ!」


 モンスターは斬られたことによる痛みがやってきたのか、大声をあげるも残った腕を振り下ろしてきた。

 

 「……まったく」


 再度刀を大きく横ざまに薙ぐとモンスターは声をあげる間もなく腰から上下分断され、その場に倒れ込んだ。

 刀身についた紫の液体を振り落としてから鞘に収める。


 「あ、ありがとうございます……!」


 後ろから声が聞こえてきたので、振り向くと座り込んでいた女性お辞儀をしていた。

 小柄ながらも背中まで伸びた髪に、幼さを残した趣きはまるで人形のようにも見えるほどの可愛らしさがあった。


 「あ、あの! 宜しかったらお名前をお伺いしてもいいですか!」


 目の前の女性はグイッと可愛い顔を私の方に寄せていた。

 突然のことで驚いてしまい、一歩後ろに後ずさる。

 

 「……え、えっと」

 

 何とかして名前を名乗ろうとして必死に声を出そうとするが、私の奮闘虚しく魔の抜けた音によって遮られてしまう。


 音の主は私の腹の虫。


 辺りはシーンと静まり返ってしまい、お互い黙ってしまっていた。

 恥ずかしさもあるが、その静寂に耐えきれなくなった私は……

 

 「……な、名乗るほどのものじゃないから!」


 と、震えた声で伝えると踵を返して、急いできた道を走り出していった。

 

 「え、あっちょっと! って!何か落としてますよ!」


 後ろで女性が声をかけていたが、恥ずかしさが全面的にでている私の耳に入ることはなかった。



 『オールーハちゃん! せっかく配信ができると思ったのに何で聞いてくれなかったの!』


 ダンジョンの入り口に戻ってきた私を出迎えてくれたのはお疲れの一言ではなく耳に突き刺さるようなけたたましい声だった。


 「……無理言わないで、あそこでスマホをいじったりなんかしてたらあの人が潰されてたでしょ」

 『あぁぁぁぁぁぁぁ……! あの時、切り忘れに気をつけてなんて言うんじゃなかったあああああ! あれは絶対にバズったのにぃぃぃぃ!』


 アイリスの叫び狂う声で耳が痛くなってきたので、インカムを外す。

 これ以上つけていたらいい加減鼓膜が破れてしまいそうだ。

 

 「それにさぁ、オルハちゃん……」

 

 外したインカムのスピーカーから微かにアイリスの声が聞こえていた。

 もう一度つけるのも面倒だったので、スピーカーの部分を耳に近づけた。


 「……なに?」

 『何で話しかけられてたのに何も言わずに逃げちゃったの?』

 「……文句があるならお腹の虫に言って」


 顔に熱が帯びているのを感じながらも返答するとアイリスは深いため息をついていた。

 

 『疲れたからいいや、ご飯作っておくからまっすぐ帰ってくるんだよ』


 子供の帰りを待つ母親のような口調で話すとブツっと音がした。

 どうやら、アイリスの方から電源を切ったようだ。


 「……お腹空いた」


 お腹を抑えながら呟くと、駅の方へと向かって歩き出していった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 その日の夜、電子掲示板サイトではある動画の内容について賑わっていた。

 

 ——このアーカイブに映ってるのってグレートオークだよな?

 ——そもそも、S級を簡単に倒したあの女性、何者なんだ?

 ——すげえよな、刀で居合い抜きだぞ!?

 ——もしかしてあれか?江戸時代からタイムスリップしてきた剣客とか?

 ——おいおい、今時アニメでもねえよw でも女剣客とか響きはいいな

 ——たしかにな、名前がわかるまで女剣客って呼ぶことにするか!

 ——ってか、何でS級クラスのモンスターが初心者向けダンジョンにいるんだよ!?

 ——S級ってどのくらいすごいんだ?教えてエロい人

 ——高ランクギルドの連中が何人かでやっと太刀打ちできるレベルだよ!

 ——あれだけ強いってことは高ランクギルド所属の探索者か?

 ——高ランクギルドって『龍王星団』?

 ——さっき、管理団体の探索者リストで『龍王星団』のメンバー見たけど、それらしい人なかったな


 次々と書き込まれていくテキスト。

 その掲示板のタイトルには『シオちゃんねるにて超強探索者現る』と書かれており

 一番最初には動画配信サイトの個人チャンネルのURLが貼られていた。


 「うわあ、6chがすごいことになってる」


 ディスプレイの前でその様子を見つめる1人の女性。

 机に置いてあるカードを手に取って記載されている内容を読み上げる

 

 「私立、桜花楼大学2年 さくらざか……おりは……」


 女性は呟くとディスプレイに表示されているブラウザのタブを切り替えるとさんざめいた雰囲気から一変して

 見るだけで圧を感じるような重苦しいページが表示された。


 「『龍王星団』……ギルド長、桜坂弦一郎……」


 女性は険しい表情で睨みつけるように画面を凝視する。


 「もしかしたら、お姉ちゃんのことを知ってるかもしれない……!」


 カードに映し出された写真を再度見るとすぐに自分の財布にしまうと、ゆっくりと顔をあげる。


 「元気だよね……アヤ姉」


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