第34話 レクティタの魔法検証(上)


 平和なオルクス砦の訓練所で、ただならぬ気配が漂っていた。


「………」


「………」


 互いに難しい顔をし対峙しているのは、レクティタとアルカナだ。

 レクティタは眉根を寄せ口をへの字にし、アルカナは珍しく長髪を一つに纏め、頬を引き攣らせながら笑顔を浮かべている。


「……いひ、た、隊長~……」


「……っ!!」


 アルカナは猫背を更に丸め、己の膝丈ほどしかないレクティタとの距離を縮めようと試みた。が、普段よりはその顔の輪郭がはっきりしているとはいえ、彼の目は長い前髪に覆われたままだ。近づかれた際の不気味さは変わらない。

 レクティタは悲鳴を上げはしなかったものの、アルカナを警戒するかのよう後退り、ぷるぷると震えていた。その口は固く閉ざされ、青い瞳には薄っすらと涙の膜が張られている。


「た、隊長……?」


「………」


「ひひ、いひ……いひひ…………ひんっ」


 もう既に泣きそうなレクティタと、心が折れそうなアルカナの様子に、二人を見守っていた隊員達が好き勝手に言う。


「駄目そうですね」


「ダメそうじゃのう」


「相変わらず隊長さんに嫌われてますね~、アルカナ」


『お化けみたいだからな。隊長が怖がるのも仕方ない。あいつが悪い』


「私怨が入っておりません、リタース殿?」


「しかし近づくのすら不可能では、実験が進まない。レクティタ隊長の魔法は、手で触れるのが条件ですから」


「発動させるには集中する必要もあるしね。申し訳ないけど、レクティタちゃんには克服してもらうしかないかな」


 アヴェンチュラは拮抗状態である二人に苦笑して、腕を組んだ。


「今回の実験に、レクティタちゃんとアルカナの魔法は必須だからね。二人の協力があれば、魔法と科学の融合新技術実現への大きな一歩となる。二人には仲良くしてもらってほしいんだけどなぁ」


 ヴェンのぼやきは、当の本人達には届かない。

 なぜレクティタとアルカナがこのような状況に陥っているのか――

 事の発端は、数時間前に遡る。



*****



 レクティタとゴーイチの衝撃的な告白後、ヴィース達の行動は早かった。

 酒瓶を部屋の隅に除け、二日酔いで痛む頭や気持ち悪さを薬で誤魔化しながら、彼らはまずレクティタの魔法について要点を纏めた。


「リーベルとゴーイチの証言によると、隊長の魔法は『魔力操作』だと推測されます。分類は王国魔法ではなく、個人魔法。具体的な効果は、『魔法の定着・再現』『魔力増加』『魔法強化』の三点です」


 常に持ち歩いている筆記具から鉛筆を取り出し、ヴィースは複数の藁紙に文字を走らせる。レクティタは机に乗り出し、机上に広げられたそれらを覗き込んだ。


「ほうほう。つまり、どーいうことですか?」


「隊長さんは凄いってことです~。魔力を操って、他の人の魔法を発動したり、ゴーイチみたいに魔力と魔法を同時に定着させることができるんですから~」


『ソウソウ。レクティタ、スゴイ』


 リーベルが手のひらにゴーイチを乗せ、補足する。いまいち理解できていない科学者兄弟が、ゴーイチを穴が空くほど見つめ、それぞれ疑問を口にした。


「ううむ……素人質問で恐縮ですが、魔力操作で魔法を再現できるのがなぜ凄いのですか?」


「そも、魔力と魔法の定着とは一体。リーベル殿がゴーレムなどの魔法生物を生み出すのと同じに考えられますが」


「いひひ、尤もな疑問だね。原理自体は簡単だよ、アール君、エル君」


 アルカナがヴィースから鉛筆を借りて、藁紙に大きな四角形と、その中に小さな丸と矢印をばらばらに描く。


「魔力の最小単位である魔素マナは、通常僕らの体の中であちこちに活発に動いている。一つ一つのエネルギーは大したことないが、これらを一定方向にまとめて動かした際は、ひひっ、大きなエネルギーが得られるんだ。これを利用して、僕らは魔法を発動している、いひひっ」


 アルカナは今度は四角形の外側に向かって矢印を引っ張った。その先に、『個人魔法』『王国魔法』と文字を書く。


「得られるエネルギーも、動かし方も個々によって違うのが、個人魔法。任意のエネルギーを得るために、マナの動かし方を体系的にできたのが、王国魔法。ひひっ。後者はともかく、前者を他人が再現するのは不可能に近い」


「ああ、なるほど。本来なら本人にしか扱えないマナの動かし方を、レクティタ隊長は魔力操作で再現できると」


「ひひ、その通り。魔力を操作することができるんだから、運動させる魔力量を増やしたり、増加した分の魔力だけ魔法を強くすることもできる。その応用で、隊長はリタースの魔法を無意識に再現して、ゴーイチに声を与えることができた。……あんな奴と一緒の魔法とか、ゴーイチ可哀想」


 余計な一言にリタースが『あ?』と少し腰を浮かせたが、ヴィースが宥め、アルカナは無視して説明を続けた。


「話を戻して、マナは動かせば動かすほど、運動を暗記してくれる。体内にマナを保有している僕らにとっては、それはただ手早く魔法を発動するための手段なんだけど――」


「――マナを保持しない無機物に、魔力操作でマナを動かし続けていたら、ゴーイチ殿のように魔力と魔法が定着し、自律できるということですか?」


 エルが眼鏡をくいっと掛け直した。アルカナが鉛筆を回しながら答える。


「ひひっ、おそらくね。そこがリーベルちゃんと隊長の魔法の違い。リーベルちゃんは一回だけマナを動かしたら、あとはそのマナが動かなくなるまで放っておくことしかできない。いひひひ、だから、彼女のゴーレムは注いだ魔力量で稼働期間が左右される」


 アルカナは鉛筆を回すのを止め、尖った黒鉛をゴーイチへ向けた。


「対して、隊長はマナを操作して循環させられるから、ずっと魔法が発動し続けているんだ。そして、マナが岩に定着するにかかる期間は、およそ一か月。ひひっ。隊長がゴーイチと日常的に遊んでいたと考えると、一か月間ほとんど密着しないと効果がない可能性が高いね」


「魔力は消費されないのですか?」


「されるよ。ゴーイチがどうやって消費した分の魔力を回復しているのかは、ひひっ、ちょっとまだわからないね。魔力増加については、外気中のマナをゴーイチに送り込んで身体に定着させたと考えられるけど。そこらへんも詳しく調べてみないとね、いひ、ひひひっ」


 アルカナの引き攣った笑い声に釣られ、アールとエルも口角を上げる。


「なるほど、なるほど。つまり、隊長殿の魔法は我々の課題をいくつもクリアすると」


「持ち運び可能な結界も、魔力回復の仕組み次第では再利用できる可能性が高いですなあ」


「いひひ、そういうこと。解析は僕がやる。二人は当初の予定通り魔石と金属の合金をつくって」


「加工しやすくて魔力も定着しそうな合金アマルガムでしょう? 設備も資金も整っていないのに中々の無茶ぶりだ」


「ソルテラでも似たような境遇だっただろう、エル。教授の雑用を押し付けられない分、好き勝手できるぞ」


「それもそうだな、ハハハ」


「いひひっ。研究職の環境なんてどこも似たり寄ったりだね、ひひひひひっ」


 専門的かつ飛躍する三人の会話に、他の隊員達はついていけていない。当の本人であるレクティタは「な、なるほど??」と理解したふりをして何度か頷いた。

 アルカナの説明が退屈だったのだろうか、フトゥが欠伸をしながら結論を求めた。


「長い。もっと簡潔に話せ」


「いひっ。レクティタ隊長の魔法を、僕が解析できれば、魔法と科学の融合に大きく前進できるってわけ」


「羊皮紙に魔法陣を描けば誰でも魔法が使えたらよかったんですけど、そうはいきませんから」


「大きな難題であった『誰でも魔法を発動できる』が、レクティタ隊長殿のおかげで何とかなりそうです。マナの動きを体系化できれば、あとは、魔力供給の手段をどうにかすれば……」


 また長話になりそうな気配を察し、アヴェンチュラが先手を打った。


「三人とも説明ありがとう。とにかく、まずはレクティタちゃんがどれくらい魔法を使えるか実際に見てみない?」


「ヴェンの仰る通りです。おそらくもっと細かい効果もあると考えられますが、ひとまず先ほど述べた三点に絞って検証してみましょう」


 ヴェンの提案に乗っかったのはヴィースである。アルカナに鉛筆の返却を促し、手元に戻ってきたそれで藁紙を叩いた。


「すぐに効果が現われて、目で見てわかりやすいのは、最後の魔法強化でしょうか。隊長の魔法の練習も兼ねて、訓練所で確かめてみましょう。異論は?」


 副隊長の発言に、彼の部下である隊員達は異を唱えない。協力者であるヴェンとデルベルク兄弟も同様であった。

 ただ一人、無言で手を挙げた幼き隊長を除いて。


「……何が不満なのですか、レクティタ隊長」


「おおありです。ゆゆしきじたい。みんな、大事なことを忘れてます」


 レクティタは頬を膨らませ、腕を組んだ。


「今日からレクティタも、魔法つかいの一員です。なので」


「なので?」


 ヴィースが聞き返せば、レクティタは小さな人差し指をピンっと立てた。


「かっこいい二つ名をしょもーします」


「特に問題なさそうなので、皆さん訓練所に移動してください」


「ぬあー!? 無視されたー!? な、なにをするヴィースふくたいちょうー!!」


 ヴィースは藁紙を纏めたあと、流れるような動きでレクティタを担ぎ上げた。駄々を捏ねられる前に力尽くで退出させる腹づもりである。

 「げこくじょーだー!!」と暴れるレクティタを右腕と脇で固定し、空いた左手で藁紙を持って、ヴィースは食堂を出て行く。他の面子もぞろぞろと席を立ち、彼の後に続いていった。


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出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました 瑠美るみ子 @rumi-rumiko

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