第35話 レクティタの魔法検証(下)

「隊長、まーだ怒っているのう」


「ぶー!」


「隊長さんのほっぺ、風船みたいになってます~」


 訓練所に移動しても、レクティタは拗ねたままであった。頬を膨らませ、腕を組んで周囲の大人達を見上げていた。特に、ヴィースに対して不満を訴えている。


「むー。二つ名ー。レクティタのかっこいい、二つ名ぁーー」


「まずはどんな魔法か確かめないと二つ名も何もありません。第一、どうしてそんなに二つ名にこだわるのですか? あっても特に良いことなんてありませんよ」


「レクティタは形からはいるタイプなの! だから二つ名じゅうよー!」


「大体そういうのは自称するものでは……ああ、はいはい。わかりました。大切なのはわかりましたから。後で一緒に考えましょう。ね? 隊長?」


 更に不機嫌になるレクティタに、ヴィースは慌てて彼女を宥めた。が、上辺だけの言葉に納得しなかったのだろう。レクティタはぷいっと、ヴィースから顔を逸らした。

 このままでは埒が明かないと察した彼は、地面に膝を突き、レクティタと目線を合わせる。


「ほら、隊長。見てください、火ですよ、火。火球をあっちまで飛ばしてみたくありませんか?」


 ヴィースが人差し指に小さな火の球を灯せば、レクティタはぴくりと反応した。


「ふん、レクティタはたんじゅんな女ではないので、そんな子どもだましには引っかかりません」


 と、言いながらもレクティタは、風に揺らめく炎をちらちらと興味ありげに見る。ヴィースは彼女の視線に応えるよう、火球をふわふわと目の前に移動させた。そして、ヴィースはわざとらしく肩を落とした。


「そうですか、残念です。火を飛ばすの楽しいんですけどねえ。派手に壁にぶつけたりすると、どかーんって爆発して」


「……ばくはつ」


「まあ危険ですし、隊長が興味ないのなら無理にしなくても」


「ヴィースがそんなに言うならしかたありません。手のひらを返してあげましょう」


 そう言ってレクティタは手のひらを上にして、両手をヴィースに差し出した。言葉とは裏腹に、彼女の目はキラキラと期待に満ちている。

 ヴィースの後ろに控えていたリーベルが、こっそり彼に耳打ちした。


「大丈夫ですか? 隊長さんの魔法、想像以上に凄いですよ?」


「安心してください。ああ言いましたが、マッチ程度の火力に抑えますから。魔法強化されたとしても、爆発までいきませんよ」


 心配するリーベルにヴィースは小声で返した。昨晩の出来事を思い出し彼女が引き止めようとしたが、「早く早く」とレクティタに袖を引っ張られヴィースはそちらへ顔を向けてしまった。

 ヴィースは人差し指を訓練所の端に向けた。その先には今は使われていない休憩小屋がある。


「まず、あの小屋に向かって火を飛ばしてみましょう。準備は良いですか?」


「もちろん! じゅんびばんたんです!」


 すっかり機嫌を直したレクティタに、ヴィースは苦笑する。指先にほんの少しの魔力を込め、赤い光を集めて火球を作れば、レクティタは更に興奮した。


「ばくはつ! ばくはつ!」


「それでは隊長。魔法強化ができるよう、私の手に触れてください」


「うん!」


 過去の事例から、レクティタの魔法は接触が条件だろうとヴィース達は推測していた。己の手を握るよう促せば、レクティタは大きく頷き、小さな両手を勢いよく振り下ろした。

 背後でリーベルが「知りませんよぉ」と呟いたが、ヴィースは未だ酒が残っていたのか、彼らしくもなく楽観的であった。


(まさか、こんな一つまみも無い魔力で、爆発なんてするわけが──)


 そんなヴィースの手に、レクティタの指が触れた瞬間、



「どーんっ!」



 ──ドオオォォォォォンッッ!!



 指先に灯された火球が急速に増幅し、莫大な熱を伴って小屋へ放たれ、轟音と共に爆発した。

 煙越しに見える建物は、真っ黒に燃え尽されていた。パラパラと炭となった柱が崩れ、予想外の威力に男達は絶句する。既に知っていたリーベルが「あーあ」と肩を竦め、子供であるレクティタが無邪気にはしゃいでいた。


「おおー! ほんとうにばくはつしたー!! ヴィース! もう一回!!」


「ダメです! 絶対にダメです!!」


 ヴィースは即座に首を横に振った。火に触れたのか、彼の髪の毛先がわずかに焦げている。ヴィースに同意するよう、他の面々も次々に頷く。


「うむ、これはちょっと危ないのう……」


『違う魔法! 違う魔法にしよう隊長!』


「えぇー!? レクティタ、もう一回ばくはつしたい!」


「ま、まあまあ。次は俺の魔法を試してみようよ。空飛ぼう、空!」


 レクティタの興味を逸らすべくアヴェンチュラが咄嗟に提案する。だが、幼子は不満気だった。


「うーん、お空とぶのおもしろいけど、前にいっぱいとんだし……」


「そう言わずに、ちょっと試し──」


 ヴェンが苦笑しながらレクティタを抱っこした瞬間、彼らは凄まじい勢いで宙に飛んでいった。

 一瞬にして空高く舞い上がった二人は、雲を超えた先で浮遊した直後、絶叫しながら落下する。ヴェンがパニックで魔法を使えないことを察し、地上にいる面々も悲鳴を上げた。


『うわあああ隊長ーー!!』


「アヴェンチュラーー!!」


「リーベル! 蔓! 蔓で網を!」


「もうやってますぅ! ほら、持っててください!」


「ワシに任せろ」


 リーベルが慌てて鍋から蔓で網を作り出し、フトゥが蝙蝠に化けて落下地点へと運んだ。空中で蔓製の網を広げて、落ちてきた二人を受け止める。慌ててヴィース達が駆けよれば、二人は目を回して地面に降ろされていた。


「ふ、ふにゅうぅぅぅ……レクティタのじんせーは、ここまでのようです」


「ああ……兄上、先立つ不幸をお許しください……」


「死んでおらんから、二人とも目を覚まさんかい」


 フトゥに促され、二人は正気に戻った。助かったことを知り喜んだ後、「どうしてあんなに高く飛んじゃったんだろう」とヴェンが疑問を口にする。


「抱っこしただけで、レクティタちゃんの手に触れなかったんだけどな。もしかして、実は発動条件が違う?」


「思えば、リーベルのゴーレムが巨大化したときも、隊長はリーベルの手に触れていなかったような…」


 ヴィースも首を傾げれば、アルカナが口を挟んできた。


「いひひ、アヴェンチュラ君、隊長を抱っこした直後に魔法を発動させた? もしくは、発動させようとした?」


「発動させようとした、が正確かな」


「ひひ、それじゃあ、肌での接触じゃなくて、魔法との接触が条件ぽいね。魔素のエネルギーが一定以上になったら魔法強化がなされるのかな? いひひ、ちゃんと記録を取りたいけど、測定器がない……借りてこないと……」


 後半はもはや独り言になり、アルカナはブツブツと呟きながら不気味に笑った。笑い声に怯え、レクティタは咄嗟にリタースの足に身を隠す。

 そんな彼女を見ながら、アールとエルがそっくりな仕草で顎に手をやった。


「うーむ……レクティタ隊長の魔法は興味深くその凄さもわかりましたが」


「検証する場合、魔法の種類については慎重にお選びしないといけませんね。誰が最適か、皆さんのご意見をお聞きしたいのですが」


 エルが隊の面子に話を振る。ヴィースは腕を組んだ。


「私とアヴェンチュラ、そして前科のあるリーベルは先程の通り危険なため、候補から外してください」


「フトゥ殿とリタース殿は?」


「ワシらの魔法は実験に向いていないぞ。本人依存が強いゆえ、客観的な記録を出しづらいからな」


『今日の俺みたく、体調や気分に左右されやすいからな……あと、あれだけの強化をされた場合、反動が身体に跳ね返ってきそうで怖い』


「そうですか。そうすると、残りは──」


 アールがついっと視線を動かした。エルもつられて顔を向ける。


「危険性が無くて、記録を取るにも支障が無くて……」


「おまけに、利用価値の高い結界を扱えるから、応用にもすぐ繋げられる……」


「──私達の中では、彼が適任でしょうね」


 ヴィースの言葉と共に、皆の視線がある一人に注がれる。


「ひ、ひひっ?」


 ぶつぶつと自分の世界に入っていた円の魔法使い──アルカナは、そこでようやく、己が注目されていることに気づく。

 未だリタースの足に隠れているレクティタが、まさかの展開に、あんぐりと口を開いた。


「隊長の魔法の練習も兼ねて──これからの諸々の実験は、アルカナと共に行ってもらいましょうか」


 かくして、ヴィースの言う通りレクティタの実験パートナーが決まったわけなのだが──

 そして、冒頭に戻ることは、言うまでもない。

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