第6話 どうしてこうなった



 改めて、ここで詳細を語ろう。

 まずは最初にクロードへ向けた手紙を書く。あとで皺くちゃにする予定だったので、内容なんて適当でよかったのかもしれないが、もしもの時に備えていかにも恋人にしたためたような文章にしておいた。

 本音を言うと愛するロディに向けて手紙を送りたかったところなのだが。

 閑話休題。

 手紙を書いたら、あとはクロードと接触し、わざとムネチカに転倒してもらって手紙をボロボロにしてもらい、それをクロードや他の生徒達のいる前で罵詈雑言と折檻を与えるというものだった。

 ちなみにムネチカを踏み付けたように見せて、実は極薄の風の結界を張って直前で止めている。要は見せかけだ。

 しかも今度はクロードやレインには見えない形で踏み付ける演技をしているので、ミレーネの時のように振りだとバレる心配はなかった。他の生徒達にはバレる恐れはあったが、ミモザのような武道に秀でた者がそうそう近くにいるとは思えない。きっとミレーネの時のような事態にはならないだろう。



 ──いいわよいいわよ。みんな、わたしに白い目を向けているわ。これでクロード様もわたしとの婚約をやめるはずだわ!



 唯一懸念があるとすれば、父であるエドワードの反応ではあるが、まあどうでもいいかと気にしない事にしておいた。めちゃくちゃ罵声を浴びせてくるだろうが、父に対して尊敬の念なんて抱いていないし、そんな相手の怒りを買ったところでもどうとも思わない。せいぜい勘当されない程度にしおらしくすればいいだろの事だ。

 それにしても、ムネチカの演技の入りようと言ったら、目に瞠るものがあった。

 演技だとわかっていても、傍若無人に振る舞うのを躊躇ってしまうほどの気迫がある。それくらい、堂の入った演じ方だった。



 ──ほんと、こいつ何者なのかしら? なんでもそうなくこなせる割に、わたしに対する態度は舐め腐ったもんだし。



 いや、こんな高等な真似を要求する自分も大概ではあるけれども。

 それに演技というなら、エクレアも負けていなかった。我ながらなかなかのものだと自画自賛してしまうものがある。幼少期にロディに対してずっと平民を演じていた経験が生きた形となった。



 ──ともあれ、あとは頃合いを見てここから離れるだけね。ムネチカを残す事になっちゃうけれど、その後の事もちゃんと打ち合わせしてあるし。



 その分ムネチカに「割高でっせ」と高額な報酬を求められたが、幼い頃から顔見知りの商人や貴族からプレゼントされた宝石やら装飾品がある。それを渡せばなんとかなるだろう。そろそろムネチカの待遇をなんとかしないと、こちらの金銭が先に底を付いてしまいそうだが。

 と。

 つつがなく計画が進み、今度こそ上手くいったと胸を撫で下ろしかけた途端──



「賊だあああああ! 学園内に賊が潜んでいるぞおおおおおお!!」



 どこからともなく響いてきた、雄叫びにも似た大声。

 その声に仰天したのか何なのか、それまで何もなかったはずの天井に、黒装束に身を包んだ男が忽然と姿を現した。

「!? この者は──」

「お下がりください殿下!」

 驚愕するクロードの前に、素早く動いて背中で庇うレイン。

 そしてすかさず黒装束の男に両手を翳して、

「風よ! の者を切り裂け!」

 と魔法を放った。

 それを見た黒装束の男が「ちぃ!」と大きく舌打ちを漏らしたあと、俊敏に体をくねらせて、天井から後方の離れた位置に着地したあと、足早に生徒達の波を掻き分けてどこぞへと去っていった。

 今のは一体何だったのかと終始呆然とするエクレア達の前に、

「クロード殿下! ご無事でございましたか!?」

 と学園に駐留している騎士が数名焦燥した様子で駆け寄ってきた。

「あ、ああ。僕なら大丈夫だ」

「ご無事で何よりです!」

「ところで今の黒装束の男は? 先ほど『賊』だと叫んでいたようだけれど」

「あれは手配中の賊でございます。少し前に情報を仕入れたばかりなのですが、王族の命を狙った賊が学園内に潜んでいるという一報を聞き届けて、こうして急ぎ馳せ参じました」

「手配中の賊……。奴は廊下を走ってどこぞに逃げたみたいだが、あのまま放っておいてよかったのか?」

「ご心配なく。すでに学園内外に多くの騎士を放っております。姿を消す魔法を用いるようですが、有能な魔法解析班も在中しておりますので、すぐに捕まる事でしょう」

 膝を付いて敬服する騎士達に「そうか」と安堵の呼気を零すクロード。

 つまり危うく、クロードは命を狙われそうになったのだ。

 そういえば──

「クロード様に抱き止めてもらった時、『ヒュン』っていう男が聞こえたような……」

 ふと思い出した事をボソッと口にするエクレア。

 そのなにげない呟きを聞き逃さなかったとある騎士が「まことでありますか!」と声を上げたあと、他の騎士と共に周囲を探り始めた。

 そして──



「ありました! 毒針です!!」



 と、床に落ちていたらしい針を摘みあげる騎士。

「毒針!? つまりさっきまで殿下を密かに狙っていたという事ですか!?」

「ええレイン様。毒針がここにあるという事は、クロード殿下を狙ったものの失敗に終わったという事でしょう」

 などとレインに問いに答えながら「しかし」と騎士は語を継ぐ。

「話に聞くと、なかなか腕の立つ暗殺者と聞きましたが、そこまでの者が毒針をみすみす外すなんて失敗を犯すとは、不思議でなりません……」



「エクレア嬢のおかげだよ」



 と。

 相変わらず状況に追い付けずに呆けているエクレアの肩を抱き寄せて、クロードは声を発した。

「彼女が僕に倒れかかってきてくれたおかげで、こうして毒針を受けずに済んだのさ。詳しく言うとその前にそこの従者の子が転んでくれたおかげでもあるんだけれど、なんにせよ、命の恩人である事には変わりない」

 クロードの言葉に『おおっ!』と騎士だけでなく生徒達までどよめいた。

 そこでようやく我に返ったエクレアが、おそるおそるといった態で小さく手を上げて、

「いえ、あの、偶然と言いますか、決してクロード様を助けようとしたわけではなかったのですが……」

「偶然だとしても僕を暗殺者の魔の手から救ってくれたのは事実だ。本当にありがとう」

 エクレアの手を両手で握りながら熱っぽい視線を送るクロード。



 ──あれ? この流れ、なんか前にもあったような……?



 そんな既視感に落ち入りながらも「でも」とエクレアはかぶりを振る。

「わたくしはただ従者の失態を咎めただけですわ。それも口汚く罵るばかりか、従者の頭を力の限り踏み付けるような真似までして……。頭が冷えた今になって気付きましたが、わたくしはクロード様の前でなんてはしたなく、そして醜悪な姿を晒してしまったのでしょう……。今すぐにでも消えてなくなりたい気分ですわ……」

「ご謙遜を」

 と。

 それまで無言で二人の成り行きを見つめていたレインが、ここに来て柔和に口を開いた。

「エクレア様と同じ風属性の私だからこそ気付いておりましたよ。ムネチカさんを踏み付けようとした際、風魔法で障壁を作っていましたよね? エクレア様はその障壁に足を乗せただけでは?」



 またバレてしもうとるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?



「障壁? それは本当かレイン」

「ええ殿下。最初は従者に靴越しといえど触れたくないからなのだろうと心中で軽蔑しておりましたが、殿下とエクレア様の会話を聞いて考えが変わりました。おそらくはわざと傍若無人な振る舞いを見せる事によって、従者の失態を上塗りして忘れてもらおうとしたのでないか、と。敢えて周囲に悪ぶって見せる事によって」

「悪ぶるって……? なぜそのような事を……?」

「王族の前で無礼を働いた従者を処罰されないためにですよ殿下。公爵家のような身分の高い者ならまだしも、それ以下の貴族に仕えている従者が、事故とはいえ王族に無礼な真似をしたら、場合によっては厳罰な処分が下される可能性がございます。エクレア様はそれを危惧なされたのでしょう」

「……そうか。だからエクレア嬢は大切な従者を守ろうと、あんな偽悪的な言動を……」

 ちゃうねん。

 そんなつまりは一切ないねん。



 だからそんな感動した瞳で見んといてくださいお願いします!



「なんという深い従者愛なんだ! 一歩違えば家名に傷が付くかもしれないというにも関わらず、あんな大胆な真似が迷わずできるなんて! 僕は今、猛烈に感動している! まさか僕の婚約者がここまで心優しいステキな淑女だったとは思いもしなかったよ!!」

 興奮した様子で力強く手を握ってくるクロードに、エクレアはただ強張った笑みを浮かべる。なんだかもう、どう説明したところで誤解だとわかってくれるような雰囲気ではなかった。

 どうしてこうなったとムネチカに目線を向けるも、なんでかこうなったとばかりに肩を竦められた。

 なんでやねん。お前からもなんか釈明せんかい。

 などと当惑するエクレアをよそに、クロードの熱弁は続く。

「実を言うと、君との婚約は正直乗り気じゃなかったんだ。ほとんど面識もない上、想いも寄せていない相手との婚約なんて本当にいいのだろうかとね。

 ただ僕も王族のひとりだ。国の未来を考えるなら時には自分の意志を曲げる必要だってある。今回の婚約もそうやって諦めていたんだ。陛下や政官達が決めた事なら仕方ないと。内心嫌々ながら。

 けど、今回の件で考えを改めたよ。僕は君に心底魅了されてしまった。だから僕の口から正式に言わせてほしい」

 そう言って。

 クロードは床に片膝を付いたあと、エクレアの手の甲にキスをしてから熱量を込めて告げた。



「エクレア嬢……いや、エクレア。僕と結婚してほしい」



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