第2話

 午後五時。私とましろは寮のとある部屋の前に立っていた。

 そこは三年生の階の特待生部屋、つまり下倉部長の部屋────の隣の部屋だ。

 扉にかけられたプレートには『常田ことの』と書かれている。


 私はましろとうなずき合うと、ゆっくりと扉を叩いた。


 常田先輩は生徒会の書記を務めている。

 背が高く、すらりとしていて、腰に手を置いて立つ姿はモデルみたいだ。

 一度先輩の取材についていった時に、声を聞いたことがあるのだけれど、話し方は理路整然、質問者の意図をよく汲み、記事にしやすいようにと色々と気を遣ってくれたので、モテるだろうな、と感心したことを覚えている。

 実際彼女の人気はものすごく、確かこれで三期連続の当選だったはずだ。

 それどころか、生徒会長選に出てくれればよかったのに、なんて声も上がっていたし、あろうことかそれを直接彼女にぶつける人もいた。

 すると彼女は笑って言った。


「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でも今の会長の方が人をまとめる力があるし、それに私には今みたいにリーダーを支えるのが性に合っているんだ」


 本当かどうかは知らないけれど、そういういかにもなエピソードがささやかれているところも含めて、常田先輩らしいな、と私は思う。


 扉の奥から、はーい、というよく通る声が返って来た。

 続いて、重いものを引きずるような音がする。たぶん、椅子から立ち上がったのだ。

 少しして扉が開き、まだ制服姿の常田先輩が現れた。


「すみません、帰られたばかりでしたか?」

「いいや」と常田先輩は首を振った。「ちょっとやりたいことがあっただけだよ。えっと……、君たちは?」

「新聞部の棚橋さあやです。高一です」

「わ、私は下倉と言います」

「君も一年生?」


 驚いたような顔をして先輩がましろに尋ねる。ましろはうなずいた。


「なるほどね。ということは……えっと、下倉さんの妹さん?」

「はい、下倉あかねは姉です……。あの、先輩はお姉ちゃんのことをご存知なんですか?」

「うん。だってほら」と先輩は部屋から一歩出て、横の部屋を指差す。「隣同士だからね」


 それから先輩は優しく微笑みながら私たちの顔を交互に眺めて言った。


「二人とも新聞部なんだよね? ということは生徒会についての取材かな。でもごめんね、テストだし、それに私も色々とやることがあるんだ」

「やること、ですか?」

「うん。ちょっとね」

「それって、これですか」


 そう言いながら私はスマホで『わたりこ』のページを開いて先輩に見せた。

 

 どれどれ、と身をかがめてスマホを覗き込んだその瞬間、先輩の顔から血の気がさっと引いた。ほんの少し遅れて額から汗が噴き出る。


「私たちが来たのは『わたりこ』のためなんです」


 先輩は手の甲で汗をぬぐい、それから素早く廊下に目をやった。誰かに見られていないか確かめたのだ。


「わかった、入って」


 そう言って、常田先輩は私たちを部屋に招いた。

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