第6話  永く短き旅の終わりに

~前書き のようなもの~


傭兵ベルの見た目イメージ:

風柱と派手柱のいいとこ欠損どり


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ーーー征服歴1503年7月 ヴィーテ=ガスク連合王国東部 スペイサイド州旧ウォーカー男爵領ーーー



 かつて小さいながら有能な領主の統治下で少しずつ豊かに発展していた街があった。

 戦争の始まりと共にその街は敵国と裏切った隣在領主の軍に攻め滅ぼされた。領主は領民と共に勇敢に戦い、逃げることの出来なかった女子供が辱めを受けないよう自裁する時間を稼ぎ、最後の1人になるまで奮戦し全滅した。


 そんな、七年前にはこの地域ではよくあった戦場の跡地は、雑草におおわれ僅かに焼け残った家屋の残骸だけが、ここに街があったことを示していた。


 二年前に終わった大戦は、大国であった連合王国に深い傷を残し、辺境の滅んだ貴族領などを復興する余裕など無く、それどころか昨年始まった第一王子を支持する守旧派貴族と第三王女およびそのである7代目”カナンの騎士“を支持する新興貴族との内乱により、戦場であったスペイサイド州は顧みられる事もなく荒廃していた。

 野盗が蔓延り、国境線に近い旧ウォーカー領等はもはや国の支配など書面上の事でしか無くなっていた。

 

 野生動物と食い詰めた野盗くらいしか訪れないそんな地に、フード付きのマントを羽織った隻眼隻腕の男が足を踏み入れた。


 自然に侵食されよく見なければそれが石畳で舗装された路だったなど分からない場所を、その男は迷うこと無く進む。

 建物の残骸の途切れた場所、かつて街の中心だった広場にたどり着いた男は、鬱蒼と生い茂る雑草達の間に、半ば崩れかけた髑髏を見つける。

 よくよく見ればその髑髏の隣には別の髑髏、周りを探せばまた髑髏と、その場所にが無造作に打ち捨てられていた事が分かる。

 そしてもう少し歩けば、同じく鬱蒼と生い茂る草むらの中に頭部を失った骸骨達が折り重なり小山を形成していた。


 フードの下で、男は溜息をつく。


「片付けすらまともに出来ないんだな、獣国人未開人共め…コホ」


 血の混じった咳をしながら、かつてアレクサンダー・ウォーカーと呼ばれ、今は傭兵ベルを名乗るこの街唯一の生き残りは背負っていた荷物の中からスコップを取り出し、器用に片腕で近くの地面に穴を掘り始める。


 エウロペ大陸から海路と陸路を伝っておよそ8ヶ月、ベルはその命の残り火を擦り減らしながら故郷へとたどり着いたのだった。


 時折血の混じった咳を繰り返し、痛み止めに使っている薬草を噛みながら、男は丸一日かけて掘った穴に、もはや誰のものかなど判別できない骨達を丁寧に納めてゆく。

 そして穴を埋め直し、墓石代わりに手頃な岩を掘り返して柔らかくなった地面の上に積む。


「コホ…コホ……すまんな、まともに弔ってすらやれないで」


 岩の前で胡座をかいたベルは、持ち込んだ荷物の一つである酒瓶を置き、小さなカップに3注ぐ。


「兄さん、爺ちゃん、それに皆…ただいま」


 生者など1人も居なくなった滅び風化してゆく街の残骸の中で、1人ベルは努めて明るい声を作った。


「兄さんと爺ちゃんが昔飲みたいって言ってたアルビオン皇国産の蒸留酒ウイスキーだよ。長旅のせいでちょっと味は落ちてるかもしれないけど、きっと美味いぜ…コホっ」


 

 そう言って口をつけた酒が喉を焼き、血の混じった咳を悪化させながら、ベルはまるでそこに家族が生きているかのように話を続ける。


「コホ…っ、はは…兄さん、俺ももうすぐそっちに行くよ…コホ…。まあ、俺は兄さんや義姉さん達と同じところ天国にはいけないだろうけど…コホ…もしそっちに閻魔様なんてのが本当にいたら…コホ、コホ…手加減してくれるよう言っておいて欲しい…な…コホっ」


 ベルはちびちびと、酒精の強い酒を喉に流し込む。


「だってさ、兄さん…コホ、コホ…俺、頑張ったんだぜ…コホっ…でもさ…俺、兄さんと違って弱いし…コホ…頭も良くなくってさ……コホっ、失敗ばっかりで……結局、人殺しがちょっと上手かっただけで…っコホ…誰も、何も護れなかった……全部、失くしちまった……コホ……兄さん…爺ちゃん…皆…ごめん…コホ……ごめんなさい………」

 

 片方だけ残ったベルの瞳に涙は溢れない。そんなものはもう遥か昔に枯れ果ててしまったから。

 ベルは自分の分のウイスキーを苦労して飲み干すと、瓶に残った分を全て墓石代わりの岩に振りかける。


「兄さん、爺ちゃんも…コホ…このあと父さんと母さんの墓に行くからさ…コホ…2人にあまり俺のこと叱らないでくれって…コホ…言っておいてくれよ…コホ」


 

 そうしてベルは、瓶とカップを置いてその場を立ち去った。

 弱々しく、疲れ切った足取りで。


 ベルは街の跡地から少し離れた丘を登り、先祖の、そして何よりも彼の両親の眠る墓地を探し出す。人の手入れを離れたその場所は、ベルの記憶の中よりも更に踏み入れ難い場所となっていたから。


「父さん、母さん…コホ、ただいま」


 雑草と蔦に覆われた古びた墓石に刻まれた両親の名を見つめ、ベルは疲れ切った声で、7年ぶりの墓参りを果たした。


 再び丸一日かけて雑草をむしり墓石にまとわりつく蔦をはがして、両親の墓を丁寧に掃除したベルは、両親の墓に花を供えて、次第に言うとこをきかなくなる身体を引きずるように、故郷を後にした。



「参ったな…コホ…、もうやる事がない…コホ」


 医者の告げた余命にはまだ余裕はある。だが煙草をやめても長旅と道中で遭遇する野盗達を返り討ちにしているので安静とは口が裂けても言えないだろう。自分の身体なので何となく、もう大して時間は残されていないと察せられるが、今日明日死ぬという訳では無さそうだ。


だからな…コホ」


 何もせず死ぬことだけは許してもらえないだろうなと、ベルは頬の痩けた顔に本物の苦笑を浮かべ、かつてこの地で戦い抜いた時とは比べ物にならないくらい重くなった足を引きずるように歩き続ける。

 それはまるで、弔われず死んだ亡者があるはずのない救いを求めて彷徨い歩くかのように。




 ベルの足は意識してかそれとも無意識にか、かつて自分が渡り歩いた戦場へと向かう。


 初陣で数倍の敵に敗北し、負傷して取り残された平原。

 無能な小隊長が思考停止して敵に包囲され、小隊長だけを置いて兵士達だけで脱出した砦。

 味方が尽く倒れる中、1人だけ敵兵を殺し続けて生き延びた峠道。


 そして、全てを捨ててでも果たすと誓った復讐を成し遂げた、かつてこと地域で最も栄えていた都市の廃墟。


 時に放置された遺骸を弔いながら、ベルは西へ、かつての自分の足跡を確認するように歩き続ける。


 時に血を吐き、激痛と高熱で数日間森の中で悶え苦しみ、時に我が物顔で略奪する野盗を斬り殺し、ベルは来た時よりも遥かに時間をかけて、かつて自分が生き延びそして擦り切れ果てた大地を歩む。



「なあ知ってるか、女王様の北伐?」

「ああ。七大貴族のバレンタイン公爵が自分の即位を認めねえからって”カナンの騎士“様を送り出したあれだろ? せっかく戦争が終わったってのにまた臨時税だぜ…」

「違う違う、そっちはもう王国軍が勝って次はを討伐するんだとよ」

「はぁ? なんでまた」

「なんでも、去年亡くなられた第一王子殿下の子供を匿ってたらしい」

「うげぇ。自分の兄姉だけじゃなくて甥まで殺すのかよ…おっかねえ女王様だぜ…」


 時々、食料を補充しに立ち寄る街で聞こえた噂話を、ベルは興味すら覚えず聞き流す。既にそれは、自分の預かり知らぬ世界の出来事だから。



 そうして、故郷での墓参りを終えて3ヶ月。


 ベルの疲れ切り、病で衰え果てた肉体は、街道からそれた山の中にあった。


 人の手に入っていない森林の中に、何故だか作られた半地下の家屋。それ自体も森林の中に溶け込むよう偽装されたそれは、ベルがかつてこの地で軍人だった頃に軍に隠して横領物資を蓄えた拠点の一つだった。


 己の戦い抜い果てた旅路の終点は、かつて彼が確かに一度救われた場所だった。


「コホっ…コホ…っ……いよいよ…か」


 日に日に増える、咳とともに吐き出されるどす黒い血が、ベルへ己の命が尽きかけている事を示していた。


「コホ…っ……最後は……コホ………1人……コホっゴホ…か」


 三年前、ここには自分ともう1人がいた。

 この命を賭けてでも救いたいと、そして救われたいと思ったひとが、いてくれた。


 だが、ここにはベルしかいない。

 ひとりぼっちで、激痛に苛まれながらベルは死ぬ。



 それは当たり前の事だ。

 救いを拒絶した者に、安らかな死など齎されはしない。


 逃げ出した先に、楽園などありはしないのだから。



 ベルは最後の力で、懐から煙草を取り出す。

 おぼつかない手つきで、くわえた煙草に火をつけ煙を肺へと送り込む。

 もはや咳をする力もない肉体は、とどめともいえる煙の侵入を拒絶すること無く迎え入れる。


 そしてベルはゆっくりと、紫煙を吐き出し目を閉じる。

 口から煙草が零れ落ちる。そしてベルの口から溢れた血が、後始末するようにその儚い火を消した。


 ベルの意識は闇へと堕ちる。

 二度と覚めることなき、果てしなくそして温かな闇に。






────────────────────

~後書き~


傭兵ベルの物語はこれにてBADEND




しかし、おや…?

ベルの様子が…

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