第3話 過去と現在の因縁
~前書き~
久しぶりに戦争が描きたくなった&主人公を曇らせたくなってしまいました
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ーーー征服歴1502年 プロストフェル王国東部 ワルシク平原ーーー
なだからな丘の点在する平原で、2つの軍勢が戦っている。
西側の軍勢はプロストフェル王国軍。王太子に率いられ、自身に恥をかかせあろう事か決闘で王国最強の騎士を暗殺した卑劣なエルディンガー侯爵家に誅罰を下すため、15000の軍勢で半分に満たないエルディンガー侯爵軍に襲いかかる。
対する東側のエルディンガー侯爵軍は、掻き集めた傭兵も含めて6000に届かない軍勢で王国軍の猛攻を凌ぐ。
平原に点在する丘の一つに陣取り、野戦築城としてはかなり強固な防衛陣地を築いた侯爵軍は、倍以上の王国軍相手に善戦していた。
「倍以上の軍勢をここまで防ぎきれるとは…あの傭兵、実力だけでなく知識も一流なようですね」
「言ったでしょう姉様、ベルは信用できるって!」
病床(ぎっくり腰)で戦場に出られない父と幼少の嫡男の代わりに、侯爵軍の指揮官として華麗な白い鎧を纏い戦場に出ているエルディンガー侯爵家長女リリアと、彼女を支える為に同じく鎧姿で参戦した次女のエリザベートが、王国軍の猛攻を凌ぐ自分達の軍勢を眺める。
だが、誇らしげなエリザベートに対してリリアの顔色は優れない。
「高い報酬を払っているのです、これくらいやってもらわなければ困ります」
「ゔっ…し、仕方ないじゃ無いですか!! だってあの男ちゃんと前金で報奨支払わないと働かないって言うし、割引もしないって!」
「だからって大金貨5000枚はおかしいでしょう!? 彼に払う報奨であと1000は傭兵を雇えたんですよ!!」
「か、代わりにベルが自分の配下として500も傭兵を雇ったじゃないですか! それにこの陣地の設計も、徴兵した兵士の訓練もベルがやってくれたんですよ!!」
エリザベートが決闘代理人として雇ったベルは、報奨として金貨を受け取るとさっさと他国へ立ち去ろうとしていたのだが、王国軍が侯爵領へと攻め込むのが確実視されていたため、エリザベートが泣き落としと報奨を全て前払いで支払う事を約束して、ようやく継続してヴァルテンブルガー家に留まってもらっていた。
一傭兵としては破格ところが、大手の傭兵団一つをまとめて雇えるほどの大金を受け取ったベルは、エリザベートに一つの提案をした。
一、受け取った報奨で独自に傭兵を雇い別働隊を組織する
二、集めた傭兵や徴兵した兵士に訓練を施す
三、侵攻する王国軍に勝てる策を提供する
たかだか一傭兵が提案するには過ぎたその提案はしかし、エリザベートが姉や軍を指揮する騎士達を説得する事で何とか実行された。
そこには、侯爵家を救ってくれたベルに対する感謝と、その圧倒的な実力への恐怖があった。
そして何よりも『たかだか傭兵に何ができる』という侮りがあった。
「お嬢…リリア様!! 敵軍が引いてゆきます!!」
「無理に追う必要は無いわ! 今のうちに負傷者の手当と防衛設備の補強を!」
リリアが鋭い声で指示を出し、ベルに厳しく扱かれた兵士達はすこしぎこちなさを残しながらも命令に従い動き出す。
その中に、傭兵ベルの姿はない。
「ここまであの男の作戦通り…ですか」
「お姉様…?」
「何でもありません。もうすぐ日が暮れます、兵達に野営と食事の準備をさせなさい」
一瞬だけ顔を曇らせたリリアは、すぐに厳かな顔を取り繕い、テキパキと指示を出し始めた。
王国軍は一時撤退し、夕暮れが迫っていたことから野営地で明日以降の攻撃に備え休息を始めた。
侯爵軍もまた、兵士達は破損した防衛設備を補修したり、明日へ備え休息を取っていた。
そんな中、歩哨に立っていた侯爵軍の兵士が王国軍の野営地の異変に気付く。
「何だ…? 野営地が燃えている…?」
目を凝らすと、燃え盛る炎に照らされて王国軍の兵士達も混乱している様子が伺える。
「ほ、報告しないと…え!?」
慌てて自分達の陣地を振り向いた兵士はそこで更に驚く。
そこには、完全武装の騎兵達が、彼らの総大将であるリリアを先頭に、出撃の準備を整えていた。
「皆の者、出陣だ!!!」
「「「「「ウオオオオオオオ!!!!!」」」」」
予定通り、日中の戦闘時に潜入させたベル達傭兵部隊が王国軍の兵糧や物資に火をつけて回る混乱を突いて、侯爵軍の精鋭達が王国軍へ夜襲を仕掛けた。
そして王国軍はまともな抵抗もできないまま、大半は身一つで逃亡し、15000の兵士達の内2000程度しか王都に帰り着く事は出来なかった。
翌朝、未だに焦げ臭さと血の匂いの残る王国軍野営地跡で、リリアは目の前に跪く傭兵を称賛する。
「此度の作戦、見事でした」
「ありがたきお言葉です」
「褒美として、前金と同額の金貨を与えます…これは此度の戦だけでなく、王国軍との戦争が終わるまでのそなたの雇用費でもあります。よろしいですね?」
「……承知しました」
互いに言葉少なく、義務的に論功行賞を終えたリリアは、手振りで跪く傭兵ベルに下がるよう命じた。
ーーー征服歴1502年 プロストフェル王国東部 エルディンガー侯爵領領都 チャハティースーーー
エルディンガー侯爵領の領都は、侯爵家の権勢を繁栄した、この地域でも屈指の大都市であり、侯爵の居城も堅牢かつ豪奢な代物である。
戦闘に参加した騎士達や彼らの率いた兵卒、そして徴兵された農民兵等も招かれ、滅多に食べられないご馳走や高級酒に舌鼓を打つ。
そして当然ながら、そんなパーティーに傭兵の居場所はない。
侯爵家次女のエリザベートは、戦功を挙げた傭兵達も招くべきだと主張したが、侯爵家に仕える騎士や下級貴族達は、領民である農民兵はともかく、傭兵など報酬さえ与えれば良いと主張し、そちらの主張が受け入れられてしまった。
傭兵達の纏め役であるベルも、彼らの主張に納得し祝勝会への出席を辞退した。
代わりに、侯爵家当主代行のリリアの名を使って歓楽街で傭兵達独自の祝勝会を開く許可を貰い、報奨として受け取った金貨をばら撒き、高級娼館を何軒も貸し切って大宴会を開いた。
「てめぇら、今日は侯爵家のリリア姫と俺の奢りだ!! 好きなだけ飲み食いしやがれ!!」
「「「ウオオオオオオオ!!!」」」
歓楽街にある広場で開始の挨拶をしたベルに、侯爵家に雇われた傭兵や、王国軍に侵入するために買収していた傭兵達、そしてベルが自分で雇った傭兵達等、雑多な荒くれ者達が歓声を挙げて応える。
周囲に用意された立食形式の料理を食べる者、建物内に用意された席で娼婦にお酌をして貰う者、さっさと娼婦を上の階に連れ込む者など、確かにこれを侯爵の居城に連れて行くのは無理だなと思わせる喧騒が沸き起こる。
以外な事に暴力沙汰が起こらないのは、一番いい席で酒を飲みながらも睨みを利かす
それでも、無料で飲み食いや下の世話までさせてくれる太っ腹な
一通りの挨拶を終えたベルは、娼館の2階席にあるバルコニーで一人、際どい衣装を来た妙齢の美女にお酌をされながら、のんびりと蒸留酒を傾ける。
「…良いご身分だな、ベル」
「金を出したのは俺です。文句を言われる筋合いは無いですよ、お嬢様?」
後ろから声をかけた
「そもそも今日はお城でパーティーでしょう? 主賓がこんなガラの悪い場所にいて大丈夫なのですか?」
「挨拶は終わった。そもそも私は単にお姉様に付いていっただけで何の戦功も挙げていない」
「貴族のお嬢様が自分で馬に乗って参戦するだけで、普通は勲章ものですよ? それか貴族令嬢として相応しくないと後ろ指を指されて逃げてきましたか?」
「ムッ…」
図星だったのか、エリザベートは整った顔立ちを不快気に歪める。
アレクはそんなエリザベートの顔を確かめることもせず、新しく注がれた酒で喉を潤しながら、ひらひらとエリザベートを追い払うように手を振る。
「さあさあ、ここはお転婆お嬢様のくる所じゃ無いですよ。これからも家族の為に戦場に出て戦いたいと言うのなら、御偉方の嫌味を受け止めて、正面から立ち向かうなり、相手の揚げ足を取って言い返すなりしに帰りなさい」
「ぐぬぬ…仮にも雇い主に対する言動かそれは!!」
「おや、お嬢様は阿諛追従がお望みでしたか? ではこれからは何があろうとお嬢様を讃え、たとえ間違った道であろうとも指摘せず、ただただ耳心地の良い言葉のみをお伝えしますが?」
振り向きもせず己を皮肉るベルに、エリザベートは渋面を作りながらも、この捻くれ者な傭兵の真意を推察する。
「……貴様、わざと私を怒らせてクビにされようとしているな?」
「勿論。いくら金を貰っているとはいえなんで嫌味を言われながら仕事をこなさないといけないのやら」
「…我々には貴様が必要だ。その武力も、知見も、戦略眼も」
決闘の後、この地を去ろうとしていたアレクを『王国軍を撃退するまで』と無理矢理引き留めたエリザベートは、その時と同じ言葉をベルへと告げる。
「過大評価ですよ?」
「そんな事はない!」
エリザベートが叫ぶ。
「寄せ集めの農民兵や自分勝手な傭兵達を短期間でまともな兵士に鍛え上げ、野戦にも関わらず効果的な防御陣地も作り上げた。そして王国軍に雇われた傭兵を買収して敵軍の陣地に潜り込み、混乱を生み出し夜襲の手筈を整えた。 今この大陸に、これだけの事が出来る傭兵など貴様以外にいない!」
「俺がやった事は全て、過去に誰かがやった事です。兵の訓練や陣地の構築は東の大陸でマニュアル化されたものを踏襲しただけですし、事前に内通者を作るのは戦略の基本ですよ? 上手くいったのは相手が油断しきっていたからです」
ベルは本心から、自分のやった事は大したことではないと切り捨てる。
そしてベルはコップに残っていた酒を飲み干すと、思い出したように机に置かれていた羊皮紙の束をエリザベートへと投げ渡す。
「わ…っと」
「はいどうぞ、兵の訓練マニュアルと今ここに集まった傭兵達の中でまともな連中のリストです」
「…なんで今こんな物を?」
「お嬢様の依頼は『家族を助けたい』でしょう? 少なくともこれがあれば、夢見がちなお姫様でも多少は家族を護る役には立つかもしれませんよ?」
「お前が…お前がいてくれれば!」
「俺は次の戦いが終わればこの地を去りますので。この先も、お嬢様が家族を護りたいのなら、どうぞお使いください」
「お前…」
エリザベートは唇を噛みベルを睨む。
「もう…助けてはくれないのか?」
「これ以上俺がこの地にいると、むしろ争いの種ですよ? どうやら俺は、かのヴァルテンブルガー卿を暗殺した実行犯だそうですので」
「それは…王国軍にまた勝てばお前の汚名も!」
「やめておいた方がいい。お嬢様がそう主張しても、お偉方は俺を排除する口実に俺を売りますよ。特に王国軍という脅威が無くなれば」
ベルは見てきたように断定的に、悲観的な未来を語る。それはまるで、単純な数式を説いているかのように明快に。
「そんな事は私がさせない!! 恩人を売るなど、そんな事は!!」
「だからそうなる前に、給金分の仕事をこなしてさっさと逃げるんですよ。仕事を放棄するのは、信用第一の傭兵稼業には問題ですしね」
アレクは軽い態度で、エリザベートを追い返すように再び手を振る。
「さ、お帰りはあちらですお嬢様。 この宴で、まあ次の戦いくらいまでは傭兵共も義理立てしてくれます。だから、この雰囲気に水を差さないでください」
「…奇妙な奴だ。いくら破格の給金を貰ってるとはいえ、居心地の良くない職場でなぜそこまで全力を尽くす?」
「…ま、
「な…っ!?」
赤くなるエリザベートに、ベルは傷だらけの顔に皮肉げな笑顔を貼り付け、からかうような口調で補足する。
「ああ、変な意味は無いですよ?」
「ぐぬ…」
「ただ、家族を助ける為に迷わず頭を下げた貴女には敬意を払います。 少なくとも、多少のお節介を焼きたくなる程度には」
「…わかった」
エリザベートは神妙な、そして少しだけ傷ついた顔で俯くと、それ以上は何も言わず踵を返した。
エリザベートが去った後、ベルは酌をしていた娼婦達にも金貨を渡して立ち去らせる。
そして片付けられたテーブルに、連合王国産の蒸留酒の入った瓶とコップと並べ、事前にアポイントのあった来客に対応する。
「待たせてしまって済まなかったな、フィデック准尉」
「いえ、お時間を頂きありがとうございます…ウォーカー大尉」
ベルの前に座った上品な老紳士は恭しく、ベルが捨てた名前を呼んだ。
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