第0話 オリジン
〜前書き〜
この話は、作者が連載中の『カナンの騎士列伝〜無貌鬼と白銀の戦姫』の75話からの分岐ルートであり、本作の第0話です
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ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス 繁華街裏路地ーーー
「待って! 待ちなさい、アレク!」
背後から悲痛な叫びが聞こえる。たが、その声がアレクの歩みを妨げることは無い。
最早アレクとエリカの進むべき道は分かれたのだから。
「行かないでよ…」
瞳に涙を浮かべ、手を伸ばすエリカと対称的に、カレウスや彼が連れてきたバランタイン家の私兵達、そしてアトラムの部下達は、アレクの存在を無視して撤収の準備を始める。
唯一アレクを止められたかもしれないレナは、心理的なストレスの影響で気絶し、気を利かせたアトラムと彼の部下により既に搬送されている。
その様子を見てエリカは悟る。
最早この国にアレクサンダー・ウォーカーの居場所は存在しないと。
アレクの血塗れの背中が遠ざかってゆく。
その歩みに淀みはない。
己がこの国から追放されることに、何の痛痒も抱いてはいないから。
暗闇に姿を消す直前、一度だけ立ち止まったアレクがエリカを振り向く。
昏く淀んだ、生気の無い屍人の目で、傷だらけの顔に笑顔を貼り付けて。
「じゃあなエリカ。安心しろ、約束は守る」
「あっ…あぁぁ」
全てを捨ててでも助けたいと願った男の、壊れ果てた姿にエリカは膝をつき涙する。
短い間ではあったが、自分と共にいたアレクの目には確かに生気があった。自分への確かな親しみがあった。
だが、それも最早過去となった。
戦いの果てに味方すら殺して、祖国からも存在を拒絶されて。
疲れ果てて壊れた
アレクは踵を返す。
最早彼に声をかける者などいない。
血塗られた怪物は祖国に拒絶され、追放されるのだから。
主人公追放フラグ⑤
『決別の刻』→成立
その歩みを阻むものは何もなく、
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ーーー征服歴1500年11月 王都カルネアス ブラントン男爵屋敷ーーー
「
「ああ、良いだろう。とっととブラントン男爵の居場所を吐け」
両手を失い、顔を己の血と涙で汚す太った男に、
「
「なるほど、ご苦労だった」
アレクは痛みと恐怖で錯乱しかけている男、ブラントン男爵の嫡男を放置してその場を後にする。
「あ、ああ“たずげで…」
「殺してはいないぞ?」
両腕を斬り飛ばされた男は、ナメクジのように蠢きながら、程なくして失血死した。
アレクは無人になった屋敷の、血でぬかるむ廊下を進む。
廊下には警備兵だったであろう男達が、首の無い死体を晒している。他にも、屋敷に住み込みで働いている執事や従僕、メイド達もまた、同じように死体を晒し丁寧に掃除され整えられていた廊下を自分達の血で汚している。
「ここか」
アレクが辿り着いたのは、この屋敷の主の執務室だった。
豪華な装飾の施された扉を蹴破り、部屋に押し入ったアレクは、部屋を物色して目当ての物を探し出す。
探し出したペンとインク、そして上等な羊皮紙を執務机に置くと、アレクは丁寧な字でメッセージを書き上げた。
『次はお前達だ』
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王都警邏隊の報告書には、この日起こった虐殺の詳細が記録されている。
『当日ブラントン男爵家屋敷にて、当時屋敷に滞在していた男爵家嫡男夫妻を含む47名が殺害された。護衛兵15名及び住み込みで働いていた使用人29名は全員首を斬り落とされ絶命していた。寝室で発見されたブラントン家嫡男は両腕を切断され出血多量により死亡、その妻及び7歳の息子もまた、寝室で首を切断された状態で発見された。下手人と疑われるアレクサンダー・ウォーカー元は陸軍大尉の消息は不明。事件の4日後に連合王国西部で目撃情報があるも、現地は治安が極度に悪化しておりその後の足取りは追跡困難と判断され、調査は打ち切られた』
ブラントン家屋敷にて行われた虐殺を帰宅後に目の当たりにしたブラントン男爵は発狂し入院。半年後に命を落とした。
彼の商会は長女であり、七代目“カナンの騎士”カイト・ジャッカードの第3夫人であったミリエラへと受け継がれ、滞りなくカイトへの支援を継続した。
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征服歴1501年4月、連合王国はスペイサイド州奪還作戦を開始。
西方方面軍からの配置転換を含む総計12万の大軍が編成され、南北及び中央の3つの街道から進撃した連合王国は快進撃を続け、8月までにスペイサイド州の8割の奪還に成功する。
同年9月にスペイサイド州東部にて勃発した決戦においても序盤は“カナンの騎士”カイト・ジャッカード大佐率いる銃兵連隊により獣国・帝国連合軍を圧倒するも、帝国軍精鋭部隊の本陣奇襲を受け参謀長カレウス・グランツ少将以下本陣スタッフが全員戦死し、軍団長も負傷し後退する。“カナンの騎士”カイトの活躍により敗走は免れるも、その後の攻勢は困難となり、同年10月、帝国第三皇子藍凱馮の提案により、連合王国と獣国及び帝国との停戦が成立。同年12月にその時点での各軍の占領地を新たな国境線とした講話が成立した。
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ーーー征服歴1502年1月 エウロペ大陸北東部 傭兵都市ザルベルクーーー
「へぇ、ようやく戦争が終わったのか」
「おうよ、まあファガリカ王国と獣国の連中に領土を掠め取られちまったがな。まあそれでも盗まれた分を“カナンの騎士”様が大分取り返してくれたからまだましだぜ」
傭兵都市ザルツブルクにある酒場の一つで、傷顔の男が偶然出会った同郷の商人と酒を酌み交わし、故国の戦争がようやく終結したことを知った。
機嫌よくジョッキの麦酒を飲み干した赤ら顔の商人に傷顔の男が酒を注いでやる。
「お、ありがとよ。いやぁまさかこんなところで同じ国の人間に会えるとはなぁ」
「俺も驚きだ、まあ故郷の話を聞けるのは嬉しいよ」
「ハッハッハ、まあ俺も新聞で読んだ話くらいだけどな」
「それでも有り難いさ、ここは新聞なんてそもそも概念すら無いぞ?」
「まあこの辺の国は戦争ばっかりだからな、そんな余裕ねえんだろ」
二人は苦笑して、故国を懐かしむ。
「あぁ新聞にゃ載らねえ話だが、ちょっと面白い話があるぜ?」
「…?」
「なんでもよ、“カナンの騎士”とリガール家のお姫様の婚約話が流れたらしい」
「へぇ……」
傷顔の男は興味無さそうに、温い麦酒を飲み干し新たに蒸留酒を注文する。
「おいおい、折角の話なのに素っ気ねえな」
「他人の色恋なんてそんなもんだろ」
「そうだがよぉ、結構商人の間じゃ話題になってたんだぜ。なんたって七大貴族同士の、しかも“カナンの騎士”とリガール家の“祝福の御子”の婚約だぜ。結納だけで街一つ買える金が動くんだぞ?」
「ああ、儲け話が消えたのは痛いな」
憤懣やる方ない様子の赤ら顔の男を宥めるように、傷顔の男は頼んだ蒸留酒を赤ら顔の男のカップに注ぐ。
きつい酒精が喉を焼く感覚を楽しみながら、赤ら顔の男が溜息をつく。
「戦争が終わって平和になるなら万歳だが、不景気になるのは勘弁なんだがなぁ」
「平和になればむしろ景気が良くなるんじゃないのか?」
「おいおいそりゃぁ…ってお前さんは傭兵だったっけか」
「ああ」
「だったら分かるだろ、お前さんはみてぇな戦うのが仕事ですって連中の食い扶持がいきなり無くなるんだぜ?」
「連合王国は傭兵はほとんど使ってないはずだが?」
「おいおい、まさかお前さん徴兵から帰った奴らがそのまま家に戻ってめでたしめでたしですむと思ってんのか?」
「…違うのか?」
「平時ならそれで済むし、むしろ軍で読み書きを習った連中は引く手数多だろうよ、俺みてぇに」
若い頃徴兵され、軍で読み書き計算を叩き込まれた赤ら顔の男は自慢気に己を指差す。
「だが皆が皆、俺みてぇに商会に雇ってもらえるわけじゃねえ。故郷の村に戻っても実家は長男が継いでて余ってる土地もねえ」
「開拓地の募集は常にあるはずでは?」
「国に金があればな、それか土地を持ってる貴族様でもいい」
「…それほど戦争で金を使ったのか」
「俺の上司の話じゃ、向こう10年は増税と緊縮財政になるだろうってよ」
赤ら顔の男は蒸留酒を飲み干すと、酒臭い溜息をつく。
「だからまあ俺みてぇな奴が、こうして海を超えて商機を探してるって訳だ」
「こんなところに儲け話があるのか?」
「おいおい、
「……まさか」
「そうさ、兵隊が減らされそれが露頭に迷うくらいなら…そのまま傭兵として稼がせりゃお得だろ?」
驚きの声をあげる傷顔の男に、赤ら顔の男は先程までの陽気な顔から、歴戦の商人の顔になり、不敵に嗤う。
「ありがとよ、お陰でこの傭兵都市の詳しい話が知れたぜ」
「こっちも故国の事が聞けたんだ、お互い様さ」
「ハッハァそいつぁ良かったぜ。あ、そういやお前さんの名前、教えちゃくれねぇか? 現地に詳しい、しかも話の分かる傭兵がいりゃ心強いぜ」
赤ら顔の男は親しみを込めて、共に酒を飲む傷顔の傭兵に名前を問う。
傷顔の傭兵はその態度に苦笑しつつ、自身の蒸留酒の飲み干してから名前を名乗った。
「ベルだ、傭兵ベル」
「へえ、覚えやすくていい名前じゃねえか」
「俺もそう思うよ」
上機嫌に笑う赤ら顔の男に合わせて、傭兵ベル、かつてアレクサンダー・ウォーカーと名乗っていた男は顔に笑顔を貼り付けた。
これは、傭兵ベルがとある傭兵団にスカウトされる一月ほど前のお話…。
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