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小中校と学校の部活動に参加しているのは、天稟に恵まれた言わばガチ勢ばかりだった。『クオリア』によって才能を見出され、最適なトレーニングを積んでいる。凡人が趣味と割り切って参加するのは自由だけれど、それなら部活動に拘る必要はない。競い合う相手を探す手間がないことが、現代の部活動の意義なのだ。
ついでに言えば、学校教育だってサボりがちな子供たちを一か所に集め、監督することが主な目的となっている。自宅で真面目に勉強するのなら、教師役は『クオリア』で十分。そもそも『クオリア』さえあれば勉強の必要自体ないと断ずる人だっている。分からないことがあれば、その都度『クオリア』が教えてくれるし、なんなら分からないまま、『クオリア』が言うままに。それでもとりあえずは生きていける。
そんなわけで、わたしは惰性で学校に通っていた。特別な才能はなかったために部活動には参加せず、そのため放課後の教室から向かう先がなかった。同じようにぼんやりと居残ったのが五人。ぽつぽつと会話を交わし、自然と仲良くなっていた。そのグループにわたしがいて、ユイがいた。
季節が流れ、肌寒い風が吹き始めた頃、急に友達の予定が埋まるようになった。教室に居残る機会が減った。わたしとユイは気兼ねなく放課後デートが出来ると無邪気に喜んだ。仕方ないこととはいえ、でっちあげた言い訳を口にするのは心苦しいものがあったのだ。
そのうち他の友達と言葉を交わす頻度も減り、いつしか五人だったグループは二人と三人に別れていた。
そのことに気付いたわたしは、休み時間にユイがトイレに言った隙に、固まっていた三人の中に割って入った。グループの中心で会話を回していたリーダー格の子に狙いを定め、理由を尋ねたところ、
「二人の邪魔したら、悪いと思って」
と半笑いで返って来た。
どうもわたしたちの関係は隠しきれなくなっていたらしい。浮かれていた自覚はある。無理もない話だ。
「それにわたしら、女同士ってよく分かんないし。話合わないかなあって」
くすくすと笑い声があがった。
むっとするわたしに、さらに続ける。
「こそこそ隠してたのジブンらの方でしょ。隠さなきゃいけないって意識があったってことじゃない?」
「それは……そうしたほうがいいって言われたから」
「こっちが気を遣わないでいいように黙っててくれたわけ、優しいね。でも、こうして知っちゃったわけだし、気を遣う相手と一緒にいて、楽しくとか無理。だからまあ、離れた方がいいよねって『クオリア』が勧めてくれたんだ」
「気を遣ってなんて、誰も頼んでない」
「いやいや、頼まれてすることじゃないし。だいたいさあ、ユイが水泳してるのも怪しくない? 着替えとかどうしてんの」
『クオリア』の警告音が鳴り響く。それが誰のものかなのか、わたしには分からなかった。頭の中は真っ白で、この場にユイがいなくてよかった、とただそれだけを考えていたから。
わたしたちはどこにも行けず、日の落ちた教室でふたり身を寄せ合っていた。
「『クオリア』、どうして人を殴ったらいけないの?」
長ったらしくて難しい話は聞きたくなかったので、「簡潔に」と注文を入れておくのを忘れずに。
「いけないことだと、社会が決めたことだからです」
「どうして、それがいけないことだと決めたの?」
「いけないことだと、思われているからです」
思わず吹き出しまいそうになる。
ダメなことは、ダメだからダメなのだ。そんなとんでもないトートロジー。つまり、これは論理的な問題ではない。
同性婚が認められたのは、その論理の瑕疵を指摘したからだった。人々は『クオリア』の性能を試すのに夢中で、あらゆる法律に対して同様のことが言えてしまうことに後から気が付いた。そのため未解決の倫理の問題が丸々残されてしまったのだ。
「『クオリア』、わたしはどうしたらいい?」
そんな曖昧な質問にも『クオリア』は現状を正しく認識し、すぐに答えをくれた。
「恋人関係の解消を提案します」
やっぱりこの人工知能は致命的に気遣いに欠けていた。
『クオリア』はいつか誰かの経験から、わたしたちの決断の結果を予測する。
わたしたちが歩んでいるのは、いつか誰かが不幸になった道。
そして、提案されるのはいつか誰かが幸せになった道。
それは決して完璧な未来予測ではないけれど、事実として過去にその人たちの経験は存在した。
こんなことなら最初から『クオリア』の提言を聞き入れておけばよかったと思う。
なのに、わたしはそうしなかった。わたしが不幸な道を選んだのは、結局のところ、わたしがわたしとして生まれて来たせいだ。それを悲しいことだとは思いたくない。
こんなことを考えないといけないこと自体に、胸が苦しくなる。
「ユイはどうしたい?」
思考が袋小路に入ってしまって、わたしは隣にいる恋人に問いかけた。
神を信じない人間は、自分で正しいと思うことを決めなければならない。そして、人間はそれに簡単に答えることはできないのだ。
「ねえ、一個思いついたよ」
しばしの沈黙の後、そう言って、ユイは悪戯っぽく笑った。それから首に巻いた機械を荒々しい手つきで外し、机の上に無造作に放り出す。
「こんなの、なくなっちゃえばいいんだ」
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