2章 再びの空へ11

「どう見ている?」


 ひどく抽象的な質問をヒルダは投げかける。

 その意図を正しく受け取った女性は不敵な笑い声をあげると、


「奴らは十年で雪が溶け始めると考えている。それまでに占領地を増やし、世界の覇権を握るつもりだと」


「旧世紀の骨董品のような考え方か。これだからアップデートを忘れた者たちは、脳みそが腐ってるんじゃないか?」


「違いないね」


 通じ合う二人以外は困惑した表情を浮かべていた。ただ矢継ぎ早に進んでいく話になんとかなるのではという安心感が生まれていた。


「さて、いつまでもこんなところにいては身体を壊すね。戦争については後で話すとして、今はこのイベントを閉めようか」


 パンッと手を叩く音が響く。ヒルダが解散を命ずると人々はそれぞれの持ち場へと歩き出していた。

 見物客がいなくなった雪原で、飛行機を持つものだけが残る。専用の格納庫まで微速で発進するため、なるべく人が少ない方が都合が良いからだ。


「……どうなっちゃうのかな?」


 クローネは独り言のようにつぶやく。近くにいた痩躯の男は、わからんと首を振る。


「戦争をするなら必要なのは歩兵だ。相手がいくら航空戦力を持っていても山を削りきることなど出来ないからな。占領するには相手より多くの人がいる」


「……無理じゃない?」


 予測を立てて、クローネは否定する。

 この雪吹きすさぶ中、行軍などできるはずもない。寒さを防ぐことも出来ず、途中で補給も出来ない。どこが安全な地面かも分からずに進むならただの自殺と何ら代わりがなかった。

 ソクラティスも頷いていたが、苦悶の表情を浮かんでいる。


「少なくとも一度以上は占領に成功しているんだ。どうやったのかは知らんが、気を抜くべきではない」


「そうでもないさ」


 二人に割って入ってきたのはあの小さな女性だった。


「まだいたんだ」


 てっきりヒルダについていってると思ってた、とクローネは皮肉を交えて言う。

 どんな事情があるにせよ、彼女は敵だった。弾が当たらなかっただけで、死んでいた可能性もあったのだ。簡単に心許すはずがなかった。

 向けられた悪意に、女性は気にする様子はなく、豪胆に笑う。そして手を差し出して、


「撃ったことはすまない。リリンだ、短い間柄になるかもしれんがよろしく」


「クローネ。こっちがソクラティスよ。今度はちゃんと当てるから」


「あぁ、気を付けよう」


 クローネは手を握り返す。潰す勢いで込めた力に、リリンは表情を歪めてやり返そうとしていた。

 ……はぁ。

 目を合わせたまま、数秒が経つ。さすがに大人げないと反省したクローネは手を離していた。

 解放され、痛む手をさするリリンに、


「で、なんでそんなこと言ったのさ」


 問う。割り込んできた理由、気を抜くなというソクラティスに反論したその意図を。


「事情が違うからだよ。奴らが拡大路線をとったのは最近のことで、その前は貧困にあえぐ私達へ援助してくれていたんだ。今になって思えばそのときからこの状況を予想していたのかもしれないがね」


「……乗っ取られたのか」


「そうさ。コロニーの運営を外部に任せちまった。そのせいでみんな奴らのいいなりさ。それなりに恩もあるせいで強く否定することもできないし、そもそも戦争を悪いと思っていない奴だっている。教育まで握られちまったんだ、もうあそこはあいつらの国になっちまったよ」


 リリンは青いため息をつく。

 それを誰が落ち度と笑えるだろうか。貧すれば鈍する。今日すら生き延びられるか分からない状況では藁にもすがることを止められなどしない。

 だがリリンの気持ちも間違ってはいない。いいように使われているということは簡単に捨てられるということだ。今日を生きて明日死ぬのでは意味が無い。

 誰が悪いのではなく、全てが悪かった。救いの手に何も考えずに縋ったことも、そうなるまで損切り出来なかったことも。いやもっと前に六百年程度で成り立たなくなる運営方法も、そもそも氷河期になってしまったことも。

 だから誰も悪くない。誰かを悪者にしたところで何も解決しないからだ。

 持つべき手札がないなら増やすしかない。そのためにリリンはここにいた。

 ……結果はあんまり変わんないけど。

 クローネは顔には出さずにほくそ笑む。仮にこの山が彼女のコロニーの侵略者を排除したところで支配者が変わるだけのことだ。以前にアダムが言っていた通り、無条件で手助けする余裕などどこにもない。それが嫌なら自分たちの力だけで立ち上がるしかなかった。

 聡明な彼女ならそれもわかっているはずだ。十年後、世界の覇権を握るコロニーがひとつだけでは反逆する余裕もない。小国がいがみ合いを続ける中で窮鼠猫を噛む瞬間を狙っているのだ。

 雪が解け、何も知らない間に襲われるのを防ぐ。そうならないための情報は、恩を売るのにちょうどいい。誰もが腹の中に黒い思惑を抱えながら笑っている状況に、クローネは辟易へきえきする。


「そ、勝手にやってて」


 そう吐き捨てた。彼女にとって政治は余分なことだった。

 二人を置いて愛機へと向かう。長いこと話していたようで、熱かったエンジンは既に冷えて、溶けた雪が氷へと変わっていた。

 

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