2章 再びの空へ10

 ……あぁ。

 コクピットの上に立つ人の姿を見て全て理解する。

 そこに居たのは女性、いや少女と言っていいほど幼さを残す人だったからだ。

 人並みより小さいクローネよりも、さらに拳ひとつほど低い。そのくせくるくると巻かれたブロンドの髪が地面を擦るほど長く伸びている。手足は長いがせ細り、みにくいシワがよっていた。

 世が世なら、親元で遊ぶ程の年齢だというのに。躊躇ためらいもなく引き金を引く程度には余裕のなさが現れていた。


「――予想外の来訪者だが、こちらに牙をいた事実に変わりはない。説明をしてくれるかな?」


「わかっている」


 少女は縄梯子なわばしごを垂らすと、器用に降りてくる。雪面に足をつけると、膝まで埋まっていた。


「……すまんが、かんじきを履き忘れた。引き上げてくれんか?」


「普通忘れる?」


「仕方ないだろう。雪上なんぞ、久しく歩いていないのだ」


 場と見た目にそぐわない尊大な言い方をする少女はどうにかして足を引き抜こうと踏ん張っていた。その光景を見ていられないとクローネは手を差し伸べ、引き上げる。

 雪上を歩くには普段より接地面積の広い靴に履き替える必要があった。そうでなければ十分に固めた場所以外は歩かない方がいい。最悪、雪があると思っていた所がクレバスになっていて、滑落する危険があるからだ。

 同じ大きさのパイプよりも軽い少女は靴が脱げたまま、宙吊りになる。無理に引っ張ったせいで雪の中に靴が残っていた。

 素足のまま降ろす訳にもいかず、クローネは彼女を肩で抱えると、屈んで雪の中から履物を取り出す。軍用のコンバットブーツはつま先に鉄板が入っているため重く、簡単に脱げるほどにはサイズがあっていないようだった。


「ほら、履ける?」


「むぅ、子供のように扱うでない。私には孫もいるのだぞ」


「……冗談?」


「冗談なものか。もう四十も超えているんだぞ」


 少女ではなくなった者は靴を履き直すと、肘をさすっていた。無理矢理引っ張られた時に軽く痛めたらしい。

 成人の彼女が小さいのには理由があった。古代では幼少期から足を折り曲げて歩けなくする文化があった。それと同様にこの氷河の時代、一部では身体が大きいことは消費が多いとされ、子供の頃から小さい穴で寝起きさせる風習があったのだ。科学的な根拠があるかどうかは関係なく、雪と氷に閉ざされたなかで生まれた文化だった。

 当然、そんな事情をクローネは知らない。嘘をつかれているようにしか思えないがのどに刻まれた年輪のような皴が完全な否定を妨げていた。

 ……ま、いっか。

 彼女の年齢は、今は重要でない。そう考えて、クローネはちいさな女性の前から身体を避けていた。


「で、こちらの人間に攻撃をした理由はなんだい? 言っておくけれど、適当なことを言えばそれなりの処分はさせてもらうよ。問答無用で殺されても仕方のない立場であることは忘れないように」


「それはありがたく感じているよ。こちらとしてもしたくてしたことじゃないんだ」


「笑える物言いだね」


 ヒルダはそういうと笑みを浮かべながら手を上げる。後ろに構えていた人々が一斉に機械弓をつがえると場の空気に緊張が走った。

 ……おいおい。

 射線上にいたクローネの頬がひきつる。あくまで威嚇、そんな希望的観測が成り立つ雰囲気ではなかった。

 かといって逃げる訳にもいかない。不用意な動きをすれば間違って引き金にかかる指に力が入りかねない。ただ余分なことを言わないよう祈る他なかった。


「私のいたコロニーを襲った奴らが居る。そいつらは中の人間を人質にして飛べる奴を外に放ったのだよ。次の獲物を見つけるために」


「効率的だな。だがこの場所が分かるのかね?」


「飛行機に発信機が付いている。エンジンが止まれば信号も止まるが、逆に言えばそこで問題が起きた証拠になる訳だ」


「……なるほど」


 ヒルダは笑みを浮かべたまま微動だにしない。

 彼女の言葉が本当なら、とその場にいた誰もが想像する。遠からず攻めてくる者がいる。明確な悪意を持って侵略されればどうなるか、そこから先は誰も知らないことだった。


「――愚かだね。実に愚かな選択だよ」


 ただ一人、違う反応を見せたのはヒルダだけだった。

 腕を組み、眉間に指を置く姿は本当になげいているようで、周囲に渦巻く不安を払う。


「へぇ。怖くないのかい?」


「怖いも何も、目的がわからなければ終着点も見えないしね。それなりに技術力はあるようだが知らないことが多すぎる。虚像を相手におびえるのは子供だけで十分だろう」


「そりゃそうだ」


「という訳で君にはきりきり吐いてもらおう。今更故郷を裏切るなんてどうも思っていないだろう?」


「思う所がないわけじゃないが、それよりもあいつらのやり方が気に食わないからね。出来る限りの協力はさせてもらうよ」


 二人は歩み寄るとお互い手を差し出していた。固く結ばれた手を見て、周囲の雰囲気も雪解けのように柔和にゅうわしていく。

 ……よし。

 あずかり知らぬところでまとまった話にクローネは満足そうにうなずいていた。軍人ではない彼女にとって戦争は関与すべき事柄ではないからだ。

 今後激動の時代が訪れるとしても、それはより立場のある人々がすること。ただの配管工では何もできなかった。

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