2章 再びの空へ8

 機体に備え付けられた機銃から、菜刻む振動と共に加熱した銃弾が尾の長い光となって雲の中に消えていく。

 当たるなどと甘い考えは持っていなかった。ろくに微調整もしてない、ただ真っ直ぐにつけただけの突貫工事だ、それでも上空ではばらくだけで威圧の意味はある。

 撃つ。撃つ。撃つ。雲の的に不恰好ぶかっこうな穴を開け続ける。吸い込まれるように消えていく光弾を嫌がるように気流は大きく乱れ、不審機はたまらず雲の海から逃げ出していた。

 クローネはハンドルを引き上げる。速度は彼女のほうが上だ。尻をめるようにぴったりとついて、食らいついては離れない。

 ……あれが。

 相手の機体をまじまじと見る。世代でいうなら数世代は前の旧機だった。前方に大きなプロペラをつけ、上下二枚の翼を補強するために格子の支柱が付いている。速度も耐久性も劣るが、飛ぶだけならそれで充分だった。

 ろくに塗装もされていないためか、装甲ははげかけてところどころさびが浮いている。錆止めという考えがないのか、錆止めすらできないほど困窮しているのかはわからないが、技術の差が如実に表れていた。

 初撃の奇襲が失敗した時点で彼に勝ち目はなかった。どれだけ天才的な操縦をしようとも、もう後ろをとることは出来ない。それがあまりに不憫ふびんでクローネは無線の周波数を変えながら訴える。


「なんの目的か知らないけど、これ以上は無意味よ。大人しく着陸しなさい」


 その声は虚空に消えていく。

 一度打ち落とすか、とクローネは考えていた。こんな状況でも相手の取れる手がひとつある。こちらが手をこまねいている間に自爆特攻を仕掛ける事だ。ピッタリと後ろについている状況でエンジンを切ればそれも可能である。だからクローネもすぐ離脱出来るように半分は機体を逸らしていた。

 そこへ影が落ちる。ソクラティスの機体が後ろから日を背にして現れていた。


『勧告には応じたか?』


「いや駄目。何がしたいんだろ」


 クローネは力なく首を振る。諦めと疑問を浮かべた表情は声に現れていた。

 相手の反応待ちが煩わしい。いつまでもこうしている訳にはいかず、かと言って連絡を取る手段もない。もう一度威嚇しようとトリガーに指をかけた時、前方の機体から立ち上がる人影があった。


「……白旗?」


『白旗、だろうか?』


 風防を上げ、何かの棒に着衣を括り付けて振る姿がそこにはあった。向かい風が強く当たり、その人の剥き出しの腕に襲いかかる。

 当然操縦など出来ていない。密度の高い空気の層にでもぶつかれば、すぐにでも傾いてしまうだろう。そこには決死の覚悟があった。


『俺が前に出る』


 その声が聞こえた直後、止める間もなく背後から速度を上げて通り過ぎる機体があった。大きく弧を描き、なるべく降伏している機体へ風の影響を少なくしたソクラティスはの機体の射線上に入る。

 クローネは引き金に指を添えた。妙な真似をする気なら今度こそ撃ち落とすつもりだった。

 しかし彼はコクピットへ戻ると、鈍足ながらも先導するソクラティスに食らいついて離れないでいた。ゆっくりと高度を下げる彼へ縦隊を作り後を追う。


「どうするの?」


『どうと言われても、降伏されてしまってはその後の処分については俺たちになんの権限もないんだ。いつも通り上に任せるしかない』


「上、ねぇ……」


 聞いて、クローネは眉をひそめる。あまりいい思い出がないのだ、下層のお偉いさんというもの達に。

 他所との戦争という概念が失われてもう何世紀も経っている。捕虜の扱いを知っているものなどどこにもいない。未だ物言わぬ彼がどのような沙汰を受けるか、誰にも分からなかった。




「なんで増えて帰ってくるのよ……」


 雪上に着陸し、まず耳にしたのはキキョウのあきれた時に出す声だった。

 彼女の感想に同意する顔が並んでいた。

 んなこと言われても……。

 理由ならこっちが聞きたいくらいだ。運命とやらは品行方正な少女が嫌いなサディストであることは間違いなかった。

 先に降り立ったソクラティスの後ろにクローネも立ち並ぶ。興味本位で見学に来ていた人物たちから一人、目鼻立ちのはっきりとした女性が前に出る。

 背の高い、手足の長い女性は冷気を放つ刃物のように鋭い目をソクラティスに向けていた。


「ソクラティス軍曹」


「なんだ?」


 女性にしては低い、張りのある声が突き刺さる。それでも動じない彼に、女性はため息を漏らしていた。

 それなりに気安い仲であることは態度で分かる。苦労が眉間にしわを作る様は何処かの姉にそっくりだった。

 

「毎度毎度、どうしてそう問題ばかり持ってくるのだ? 兄といい、恨みがあるなら口で言え」


「恨んでなどいない」


「なら、なおのことタチが悪い」


 真っ直ぐな罵声であったが、受ける方は笑って流していた。いつもは口下手で話もぎこちない彼にしては、その行動は珍しい。

 女性はあまり困らせるなとくぎを刺すと、そのまま視線を流す。風変わりな機体を一瞥いちべつした後、それはメインディッシュだと言うように次の獲物を頭の後ろで手を組む少女へと向けていた。

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