1章 配管工のおしごと6
キングスク メズ。周りからは短くグスクと呼ばれる彼はクローネと同い年の同期だ。クローネが見上げるほどに背が高く、がっしりとした身体は鎧のようで、短く揃えた赤髪が特徴的だった。
覚えが良く、力負けしないグスクの評価は高い。しかしまだ若いことと時折仕事の手を抜くことからなかなか上に上がれないでいた。
……もったいない。
悪びれもなく堂々と欄干に持たれ掛かってているグスクを横目にクローネはため息をつく。真面目にやればいいだけの事を言い訳ばかり並べて受け流す彼は、友人としては気楽だが仕事仲間としては信頼が置けなかった。
「……なによ」
視線を感じ、クローネは鷹のように睨みつける。
グスクはその
グスクが口を開く。
「今夜、ドロッパーレースだろ。頑張れよ」
……は?
予想外の言葉にクローネは目を大きく見開いていた。
腑に落ちない違和感を感じる。あのグスクが人の応援をするなんて。しかも神妙な面持ちで。
気持ち悪い。そしてお前が言うな、真面目にやれ。そう口を開こうとした時、鉄板を叩く足音が近付いてくるのを耳が聡く聞いていた。
「おつかれさん」
テンカだ。彼は老犬のようにゆっくりとした足取りで二人の近くに寄る。
サボっていることを注意しに来たということはない。個人が一日で出来る仕事量を細かく把握している彼にとって、期限までに仕事が完了していればとやかく言うことはない。例え勝手に早上がりしたとしても、終わっているのであればそれでいい。むしろ終わらなかった時はひどく不機嫌になるし、フォローをすることもない。
それに高温に晒される仕事では個人の裁量で適度に身体を休めることが推奨されていた。熱がこもって倒れてしまえば今日だけでなく明日以降のスケジュールにも響く。それだけは避けるようにとテンカだけでなくアグからも口酸っぱく言われていることだった。
「お疲れっす」
「お疲れ様です」
二人はそれぞれの敬意を持って頭を下げる。
クローネはバケツから小さな氷塊をいくつか掴んで手渡す。血が沸騰するほどに熱くなった身体に当てると、染みこむように溶けてなくなってしまう。受け取ったテンカは首筋に当てると、極楽というように顔を綻ばせ、肺に溜まった熱を吐き出していた。
「左はどうですか?」
クローネが尋ねる。それの進捗次第で今日の仕事が早く終わるかが決まるからだ。
テンカは現実に戻ってくると、
「あぁ、もう終わった」
濡れた手を払いながら、抑揚の薄い声で答えていた。
……あら?
珍しいなと、クローネは思う。原因不明の異音の正体を探ることはかなり骨の折れる作業だからだ。
異音の原因は様々な要因が迷路のように複雑に絡み合っていることが多い。不調自体はすぐに確認できているのにその原因が百メートル先にあるなんてこともあった。
だから三の鐘が鳴る前に目途が立つだけでも優秀なのに、解決までしてしまったというのはありえない。作業員が優秀だったという話ではなく、ただの点検不備があったと考えるほうが自然だった。
……まさか。
冷水をかぶったように血の気が引く。クローネの表情から余裕が消えていた。
失敗、手違いは誰にでもあることだ。一番経験豊富で技術があるアグですら数えるほどだが間違いを犯していた。だからミスを責めるような作業員はいない。
しかし人々の生活や安全を守る作業をしていることも事実だ。もし手違いでパイプが破裂し、その爆発に巻き込まれたら全身にひどいやけどを負うことだろう。それどころか衝撃で欄干から身を投げ出せば、百メートル以上落下する。その先に待っているのは奈落以外の何物でもない。
どこを点検したかは全て記憶に残っている。石のように表情を硬くして答えを待つクローネに、テンカはお前じゃないと慈母の笑みを浮かべていた。
「グスク」
「うっす」
「仮止めが甘かったぞ」
仮止めとは金属ベルトを固定するためにわざと緩く締めた状態だ。場所の当たりをつけて仮止めし、その後きつく本締めする。そうすることによって断熱材が歪むのを防いでいた。
ただ緩く締めればいいという訳では無い。緩すぎてもキツすぎても歪みの原因になる。パイプと断熱材の間に隙間が出来てしまえば、熱を上手く遮断できず、振動も吸収できない。振動とは厄介なものでパイプの損傷に直結する。異音はそのサインでもあった。
「すんません」
「なにやってんのよ」
ほらね、日頃の行いよ。クローネは口には出さずに目で訴えかける。
ただ安堵するのも束の間、テンカの顔がクローネへと向いていた。
嫌な予感がする。場を紛らわせるための浅い苦笑いを浮かべる彼女に、テンカが肩を叩く。
「クローネ、逆にお前は力入れすぎ。まっさん呆れてたぞ、手が痛えって。女だからって必要以上に力入れんな、手の寿命減るぞ」
「……はーい」
結局、グスクよりも言葉の多い注意になっていた。
悔しさを手に込めて強く握る。隣の同期がどんな顔をしているか容易に想像ついて、クローネは下を向くしかなかった。
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