第48話：俺だけの音
side：神原 彰
突然走り出したギターの音にフロアが盛り上がる。
此処から指の動きまで見えないが聞こえてくる繊細かつ力強く跳ねる音が激しさを表していた。
それはオレたちがいるステージ横にも熱が伝わってくるほどに。
まさかぶっつけ本番でマイクに直接生音を！？
もうダメだと、もう終わったと勝手に思っていたが無茶苦茶な方法で帰ってきやがった。
思わず笑みが零れてしまう。
「なんでなんで！？」
「嘘だぁ…」
横で驚愕の表情を浮かべている灰色の髪の二人はもうオレの視界に入らない様にしている。思わず殴ってしまいそうだから。
にしても、あいつのギターは変わらず、それどころか進化してやがる。
この芸当がオレにできるかと言われれば……できないだろう。オレからすればマイクなしで歌えって言ってるようなものだから。
負けていないと叫びたいが心のどこかではもう負けてしまっているような。
だけど決して眼は逸らさない。
――――――――――
♪～
上手くいくか心配だったけど形にはなってる。
耳に届く歓声からもそのことが分かる。
ならば次にやらないといけないのは。
『流石マイバディ！でも……ボクは容赦しないよ？』
ギラっと輝くブラウンの瞳が隣から圧を飛ばす。
『言ってろ！』
そんな圧に俺は屈しない。
喰われてたまるもんかとギターを弾く。
六本の弦がステージのライトに照らされ金属特有の光沢をみせる。
その上で自分の指を走らせる。
馬が走るかのように細かに激しく強く弦を弾いていく。
整えていた爪に傷がつくことなど気にしない。
冷や汗から変わった熱の帯びた汗が額を伝う。
返しの音などもない、耳を澄まして周りの音から自分の音を掴む。
「うおおおおおおお！！」
「すげぇ！！」
「ギターの指どうなってるの！？」
「てか音どうやって調整してんだ！？」
周りの音を確認すると同時にフロアから漏れ出す声も耳に届く。
大丈夫。俺の音は届いてる。
だから、このまま……
『もしかしてボクの横なのに現状維持って考えてない？』
歌声の声量が一回り大きくなった。
だが、決して叫んでいるわけでもなく綺麗な声を保っている。
それが迫力となりフロアを飲み込んでいく。隣の俺にとっては圧でしかないが……
とにかく前言撤回だ。
『いーや、俺はまだまだやるぞ？』
弦を弾くのを辞めネックの方へやる。
そして綺麗に並んだ弦をピアノのように弦を一本一本叩く。
タッピング奏法。
音が小さくなりやすい奏法をマイクとの距離で調整する。
俺のあまりに予想外な動きにフロアのボルテージが一段階上がった。
満足いく音が届けられない今、少しでも魅せないと。
今まで身につけて来たいくつもの奏法を混ぜ、バランスを整え曲に抑揚をつけていく。
そこに父の影などない。
俺だけの音。
俺だけの音楽。
今ここに確立する。
ピンチが生んだこのチャンス。
そして隣で歌う空色髪の少女が導いた俺だけの音楽。
これは決して真似事じゃない。
今までの事、学んだ音楽、過ごした時間が俺を形成し崖っぷちで開花した。
『ハハッ、これはボクの負けかな……でも、今回のことは一つ貸しだからね？』
歌乃のブラウンの瞳が俺に語る。
『あぁいつか返すよ』
今の俺達にはたった一瞬のアイコンタクト、ただそれだけで良い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます